閑話:ツツジ旅立つ10
ヤトノは。
ツツジの後ろを歩いていた。
正確には。
ついて回っていた。
「姉御」
「……」
「姉御、水は私が持ちます」
「いらない」
「では荷物を」
「いらない」
「では道案内を」
「私の方が詳しい」
「では肩を」
「必要ない」
「そうですか!」
ヤトノは嬉しそうだった。
ツツジは。
何も言わなかった。
先ほどまで。
竜人の里では。
自分こそ強者だと思っていた。
それが。
たった一度。
拳を受けただけで。
完全に価値観が変わっていた。
「姉御」
「なんだ」
「姉御はやっぱり凄いです」
「そうか」
「私もいつか姉御のように」
「無理だろう」
「即答!?」
ツツジは歩き続ける。
その先に。
小さな水たまりがあった。
ツツジが避けようとすると。
ヤトノが先に走った。
「姉御!」
ドサッ。
ヤトノが。
水たまりへ横たわった。
「どうぞ!」
「……」
「わたくしめを踏んでいってください!」
ツツジは。
水たまりを見る。
ヤトノを見る。
もう一度。
水たまりを見る。
そして。
何も言わず。
横たわるヤトノを避けて歩いていった。
「姉御!?」
返事はなかった。
そんな旅を続け。
二人は。
一つの村へ立ち寄った。
村人達は。
二人を見るなり。
警戒した。
だが。
ツツジが名乗ると。
少しずつ態度が変わっていった。
「ヴォイド国のオーガ様ですか」
「そうだ」
「実は」
村長が。
困った顔で話し始めた。
「近くの山に魔獣が出まして」
「家畜が襲われ」
「森へ入った者も戻ってこないのです」
「どんな魔獣だ」
「それが……」
村長は。
首を振った。
「よく分からないのです」
「姿を見た者がいません」
「ただ」
「山から恐ろしい声が聞こえる」
「そうですか」
ツツジは。
少し考えた。
「それで」
「村ではどうするつもりだった」
村長は。
言いにくそうに答えた。
「……人柱を」
「人柱?」
「魔獣が誰か一人を食べれば」
「村を襲わなくなるのではないかと」
ツツジの表情が。
僅かに険しくなった。
「それは解決とは言わない」
村長は。
黙った。
「私が行く」
「え?」
「ヴォイド国のオーガ」
「ツツジがその魔獣を退治しよう」
「しかし」
「案内だけ頼む」
その日のうちに。
ツツジとヤトノは。
山へ入った。
しばらく進むと。
空気が変わった。
鳥の声が消えた。
風が止まった。
ヤトノが。
足を止める。
「姉御」
「なんだ」
「……何かいます」
ツツジも。
感じていた。
前方。
森の奥。
黒い影が動いた。
ズズズ。
地面を踏む音。
そして。
木々の間から。
それが姿を現した。
漆黒。
全身を。
黒い毛が覆っている。
大きい。
立ち上がれば。
ツツジの背丈ほどもある。
そして。
首が三つ。
三つとも。
猫の顔をしている。
目も。
耳も。
鼻も。
ひげも。
口の中まで。
何もかも黒い。
闇そのものが。
獣の姿を取ったようだった。
三つの首が。
ゆっくりとヤトノを見る。
「……」
ヤトノの顔から。
血の気が引いた。
「姉御」
「なんだ」
「ここは」
「私が!」
ヤトノが。
前へ出た。
翼を広げる。
漆黒の鱗へ魔力を巡らせる。
「私がやります!」
「そうか」
ツツジは。
一歩下がった。
ヤトノは。
目の前の魔獣を睨む。
恐ろしい。
今まで見たことのない覇気。
「これほどの魔獣がいるとは……」
ヤトノは。
自分の未熟さを痛感した。
「井の中の竜」
「外界を知らずとは」
「よく言ったものだ」
それでも。
退くつもりはなかった。
「ですが」
「姉御だけは」
「私が守る!」
魔獣が。
三つの首を持ち上げた。
ヤトノが構える。
そして。
魔獣が。
口を開いた。
「ねこーーーー」
「…………」
ヤトノの思考が。
止まった。
右の首が。
叫ぶ。
「ねこーーーー」
左の首が。
続く。
「ねこーーーー」
三方向から。
凄まじい音圧が押し寄せた。
「うわああああああああ!」
ヤトノの身体が。
吹き飛んだ。
ドサッ。
地面へ転がる。
「……」
立ち上がろうとする。
だが。
足に力が入らない。
「……」
ヤトノの顔が。
青ざめた。
そして。
本人の意思とは関係なく。
股のあたりが。
じわりと黄色く染まった。
ツツジは。
無言だった。
ヤトノも。
無言だった。
三つ首の魔獣だけが。
首を傾げている。
「……ねこ?」
ツツジが。
一歩前へ出た。
武器を構える。
空気が。
変わった。
オーラが。
ゆっくりと広がる。
魔獣の三つの首が。
同時に震えた。
「ねこっ」
「ねこっ」
「ねこっ」
魔獣が。
後ずさる。
ツツジは。
さらに一歩進んだ。
魔獣は。
とうとう地面へ伏せた。
ズシン。
腹を見せて。
動かなくなる。
あまりにも黒い。
背中なのか。
腹なのか。
よく分からない。
しかし。
四本の足。
三つの頭。
尻尾。
そして。
腹を見せるように倒れていることから。
おそらく。
降参しているのだろう。
ツツジは。
首を傾げた。
「……お前」
「ここにいても」
「村に迷惑だな」
三つの首が。
じっとツツジを見る。
「私と来い」
少しの沈黙。
そして。
三つの首が。
同時に鳴いた。
「ねこっ」
「ねこっ」
「ねこっ」
ツツジは。
歩き始めた。
魔獣も。
その後ろをついてくる。
「……」
ヤトノは。
地面に座り込んだままだった。
立てない。
腰が抜けていた。
ツツジは。
ヤトノを見た。
「歩けるか」
「……少々」
「そうか」
ツツジは。
魔獣を見る。
そして。
もう一度ヤトノを見る。
「今日はここで休む」
「……はい」
その夜。
二人は山中で一夜を過ごした。
ヤトノは。
村から借りた衣服へ着替えた。
ツツジは。
何も聞かなかった。
ヤトノも。
何も言わなかった。
そして翌朝。
ツツジ。
ヤトノ。
そして。
三つ首の黒い魔獣。
奇妙な一行は。
再び歩き始めた。
やがて。
遠くに。
巨大な門が見えてきた。
オーガの国。
ヴォイド国。
門番が。
遠くから歩いてくる影を見つける。
「……あれ?」
目を凝らす。
青い髪のオーガ。
その後ろに。
見慣れない竜人。
そして。
さらにその後ろ。
漆黒の。
巨大な。
三つ首の猫。
「……」
門番は。
しばらく固まった。
そして。
叫んだ。
「ツツジ様がお戻りになったぞ!」
門の周囲が。
一気に騒がしくなる。
「本当か!」
「ツツジだ!」
「……あれ?」
「後ろのは誰だ?」
「その後ろの魔獣は何だ!?」
そんな声の中。
ツツジは。
いつものように。
静かに歩いていた。
その後ろを。
ヤトノがついていく。
さらにその後ろを。
三つ首の黒猫が。
「「「ねこっ」」」
小さく鳴きながら。
ついていった。
本当はもっと短くなる予定だったんですw
本編がうまくおもいついていなくて伸びましたw




