閑話:ツツジ旅立つ8
そんなこんなで。
ヤトノは。
竜人の里において。
腫れ物のように扱われるようになった。
ただし。
敬われてもいた。
竜神家の全権を背負う者。
そして。
自らに課せられた使命を果たすまで。
決して逃げることのできない者。
それがヤトノだった。
雄の竜人達は。
ヤトノと目が合うだけで緊張した。
「ヤトノ様…」
「なんだ?」
「いえ……」
「私だけは決して選ばれたくない所存ですので」
「……」
ヤトノは無言で相手を見る。
雄の竜人は震えながら頭を下げた。
「どうか別のものを……」
「当たり前だ」
「即答ですか!?」
ヤトノはそっぽを向いた。
竜人の里における全面試合。
それは冗談ではない。
ヤトノが選んだ雄は。
竜神家の誰よりも強くなければならない。
そして。
竜神家の者達全員を相手に。
最後まで立っていなければならない。
そんな男を。
探してこなければならない。
一方。
雌の竜人達は。
ヤトノを見ると。
優しく笑った。
「ヤトノ」
「頑張ってね」
「……」
「素敵な殿方を見つけてくるのよ」
「……」
「まあ」
「うちの旦那は無理だけど」
「最初から期待してない」
「ふふ…」
「はやくしないと、このあたりの雄はいなくなっちゃうわよ」
ヤトノは。
何度目か分からないため息をついた。
こうして。
ヤトノは。
竜神家の全権を背負いながら。
一生をかけて伴侶を探すという。
途方もない使命を背負うことになった。
そして。
しばらく。
自暴自棄になった。
「もうどうでもいい」
そう言いながら。
鍛えた。
毎日。
鍛えた。
走った。
飛んだ。
岩を砕いた。
山を削った。
海へ飛び込んだ。
それでも。
頭の中から。
あの遺言が消えない。
「竜神家の誰にも負けない雄……」
ヤトノは空を見上げる。
「そんな奴いるのかよ」
その時だった。
空から。
何かが飛んできた。
「ん?」
それは。
目玉だった。
ただし。
翼が生えている。
ぱたぱたと翼を動かしながら。
ヤトノの頭上を旋回する。
「なんだこいつ」
次の瞬間。
目玉の魔物から。
光が放たれた。
空中に。
巨大な映像が浮かび上がる。
ヤトノは目を細める。
そこに映っていたのは。
巨大なオーガだった。
百人くらいの武装兵に囲まれている。
大地が揺れる。
「オーガ……?」
ヤトノは眉をひそめた。
人間。
それは知っている。
弱い生き物だ。
しかし。
その弱い人間達を。
一方的に蹂躙している。
「なんだこいつ」
「弱いものいじめか?」
興味を失いかけた。
だが。
映像が変わった。
今度は。
悪魔。
四体。
そして。
簡単に粉砕された。
しかし、魔王候補と名乗った少女が手をかざし。
それらが融合した。
巨大な悪魔。
その前に。
先ほどのオーガが立っている。
ヤトノの目が変わった。
「……ほう」
オーガが。
悪魔へ向かっていく。
大地が砕ける。
拳が振るわれる。
悪魔の攻撃を受け。
それでも立ち上がる。
さらに。
巨大な悪魔へ挑む。
「……あれが」
「同じ奴か?」
映像の中で。
オーガは戦い続けていた。
そして。
最後には。
魔王候補と呼ばれる雌の魔族と向かい合っていた。
その戦いは。
オーガの敗北で終わった。
だが。
ヤトノは笑っていた。
「負けたのか」
「だが」
「こいつなら」
ヤトノは。
自分の身体を見下ろす。
竜人。
竜神家。
この里にいる者達。
誰もが強い。
自分自身も。
決して弱くはない。
だが。
映像の中のオーガを見て。
初めて。
自分の胸が高鳴った。
「こいつだ」
「こいつなら」
「竜神家全員を相手にしても」
「不思議じゃない」
そして。
もう一つ。
重要なことに気づいた。
「こいつを連れて帰れば」
ヤトノの目が輝く。
「全権をそいつに渡せる」
「私は自由になれる」
「完璧じゃねぇか!」
その日のうちに。
ヤトノは旅支度を始めた。
周囲の竜人達も。
なぜか止めなかった。
むしろ。
「頑張って!」
「絶対見つけてきてね!」
「帰ってくるんじゃないぞ!」
「いや最後のはおかしいだろ!」
そんな声援を背に。
ヤトノは旅立った。
目指すのは。
北。
北の大地。
東には最高峰の山々。
西には荒れ狂う海。
その境目を進み。
強者を探す。
強者と戦う。
そして。
世界を見る。
「まずは北だ」
「そこで強い奴を探す」
「そいつを倒して」
「もっと強い奴を探す」
「それを繰り返せばいい」
ヤトノにとって。
それは。
旅というより。
壮大な伴侶探しだった。
そして。
数日後。
ヤトノは。
一つの土地へ降り立った。
そこには。
人間の町があった。
しかし。
ヤトノが想像していたものとは違った。
町の外。
何人もの兵士が倒れている。
鎧は傷だらけ。
盾は砕け。
武器は折れていた。
誰も。
ヤトノに近づこうとしない。
「S級のドラゴノイドだ……」
「無理だ」
「俺達じゃ手に負えない」
「誰か応援を……!」
ヤトノは。
ぽかんとした。
「……これが」
「人間の兵士?」
目の前には。
いい歳をした男達が何人もいる。
しかし。
成人したばかりの自分一人に。
何もできずにいる。
「世界は」
「ずいぶん落ちたもんだな」
ヤトノは呆れた。
その時。
背後から。
足音が聞こえた。
「……?」
ヤトノが振り返る。
森の向こう。
ゆっくりと。
誰かが歩いてくる。
長い青色の髪。
巨大な身体。
静かな眼差し。
手には武器。
歩き方に無駄がない。
ヤトノは。
その姿を見た瞬間。
息を呑んだ。
「……なんだ」
身体が。
勝手に反応している。
強い。
理屈ではない。
本能が。
そう告げている。
ヤトノの喉が。
小さく鳴った。
ごくり。
「……こいつ」
「強い」
青い髪のオーガが。
こちらへ歩いてくる。
ヤトノは。
無意識に構えた。
そして。
二人は。
真正面から向き合った。




