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閑話:ツツジ旅立つ7

竜人の里。


そこは世界でも類を見ない秘境だった。


北と東を世界最高峰と呼ばれる山々に囲まれ。


南と西には荒れ狂う海が広がっている。


外からこの里へ至る道は極めて少ない。


そして。


その秘境の中央。


巨大な屋敷が建っていた。


瓦屋根。


曲線を描く柱。


龍を模した装飾。


畳敷きの広間。


その一方で、壁には豪華な刺繍が施され、赤と金を基調とした装飾が並んでいる。


和と中華。


その二つを混ぜ合わせたような、独特の豪華さを持つ屋敷だった。


その最奥。


広間には大勢の竜人が集まっていた。


老人。


若者。


武人。


文官。


そして。


竜神と呼ばれるに相応しい力を持つ者達。


誰もが黙って中央を見つめている。


そこには。


巨大な布団が敷かれていた。


その上に。


一人の老竜人が横たわっている。


白髪。


長い髭。


痩せ細った身体。


まるで枯れ木そのものだった。


竜神宇兵衛。


この竜神家を長きにわたって支配してきた男だった。


その隣には。


白衣を着た中年の竜人が座っている。


医師だった。


医師は老竜人の顔をじっと見つめ。


やがて目を伏せた。


そして。


静かに頭を下げる。


「ご臨終です」


その瞬間。


老竜人の身体が。


淡い光を放った。


「……?」


誰かが声を漏らす。


次の瞬間。


身体そのものが光の粒へと変わっていく。


指先。


腕。


胸。


顔。


全てが無数の光へ変わり。


最後には。


布団だけが残った。


光の粒は天井へ舞い上がり。


しばらくの間。


雪のように降り注いだ。


そして。


消えた。


一瞬。


静寂。


次の瞬間。


「宇兵衛様ぁぁぁぁ!!」


「お父様ぁぁぁ!!」


「じい様ぁぁぁぁ!!」


慟哭が広間を埋め尽くした。


一方で。


「ついに……!」


「これで……!」


「我々の時代が……!」


なぜか歓声まで混ざる。


泣く者。


喜ぶ者。


抱き合う者。


頭を抱える者。


この一族。


あまりにも欲望に正直だった。


そんな中。


一人の竜人が立ち上がった。


丸眼鏡。


黒い衣。


細長い顔。


先ほどまで泣き崩れていた周囲を一瞥し。


咳払いをする。


「では」


「竜神宇兵衛様より」


「ご遺言を賜っております」


空気が変わった。


竜人達が一斉に顔を上げる。


眼鏡の竜人は一枚の巻物を取り出した。


「これは宇兵衛様ご自身が記されたものです」


「竜印も確認しております」


「正式な遺言状となります」


巻物が広げられる。


墨で書かれた文字。


そして。


中央には巨大な竜の印。


「それでは読み上げます」


眼鏡の竜人は淡々と読み始めた。


「我が竜神家の財産」


「権限」


「ならびに全権について」


「わが孫の一人」


「ドラコに譲るものとする…」


「おっしゃー!!」


突然。


一人の雌竜人が立ち上がった。


青い髪。


大きな翼。


そして。


満面の笑み。


「ドラコねぇ!」


「後は任せたぜ!」


「おれは一人旅に出る!」


その隣にいた別の雌竜人の顔が真っ青になる。


「え……」


「ちょっと待って」


しかし。


眼鏡の竜人は。


何事もなかったように咳払いをした。


「…続きを読みます」


「ドラコに譲るものとするということを伝えようとしたところ」


「喜んで立ち上がり逃げ出そうとしたギドラに」


「全権を引き継がせるものとする…」


「…………」


ギドラの動きが止まった。


「…………え?」


さっきまで青ざめていた雌竜人の顔色が。


一気に戻った。


逆に。


ギドラの顔から血の気が引いていく。


「いや」


「待ってくれ」


「今のは違うだろ」


「私はただ」


「旅に出ようと……」


眼鏡の竜人は巻物から目を離さない。


「いやいやいや!」


ギドラが叫ぶ。


その場で膝から崩れ落ちる。


「そんな話聞いてねぇぞぉぉぉ!!」


すると。


先ほどまで青い顔をしていた雌竜人が。


今度は満面の笑みを浮かべた。


「せいぜい頑張って」


「この竜神家を盛り上げてってね」


それを聞いた別の雌竜人が


「ギドラねぇ」


「私は竜神家なんて知らない」


「私は真実の恋を見つけに旅に出るから」


「ちょっと待てヤトノ!」


ギドラが叫ぶ。


だが。


ヤトノは既に立ち上がっていた。


眼鏡の竜人が再び咳払いをする。


「…続きを」


ヤトノが振り返る。


「え?」


眼鏡の竜人は淡々と読み上げる。


「ギドラに全権を引き継がせるとするとなった時」


「喜び勇んで立ち上がったヤトノに」


「全権を譲るものとする」


ヤトノの笑顔が消えた。


「…………」


ギドラが顔を上げる。


「…………」


二人の目が合う。


数秒。


そして。


「やったぁぁぁぁぁ!!」


「うそぉぉぉぉぉ!!」


先ほどまで青ざめていた者達が抱き合う。


一方。


ヤトノは膝から崩れ落ちた。


「そんな……」


「嘘だ……」


「おれはただ……」


「旅に……」


眼鏡の竜人は無情にも読み続ける。


「これは絶対の遺言であり」


「ここに集まった者全員がこれを聞いたことで成立する」


「覆すことはできないものとする」


ヤトノが床へ手をつく。


「宇兵衛じいちゃん……」


「最後の最後まで……」


「性格悪すぎだろ……」


誰も否定しなかった。


むしろ。


何人かが深く頷いていた。


眼鏡の竜人が最後の部分へ目を移す。


「なお」


「ヤトノは速やかに旅立ち」


「竜神家の誰も敵わぬ雄を一人選び」


「これを伴侶として連れ帰ること」


「その者と全面試合を行い」


「竜神家の者達を制した者を正式なつがいとするまで」


「この責務を負うものとする」


「…………」


ヤトノの顔が固まった。


「…………は?」


眼鏡の竜人は続ける。


「なお」


「期限は定めない」


「ただし」


「竜神家の名に相応しい雄であること」


「そして」


「竜神家の者達を真正面から打ち破れる力を有すること」


「以上」


ヤトノの口が。


ぱくぱくと動く。


「…………」


「…………」


「…………」


次の瞬間。


「ブクブクブク……」


泡を吹いた。


「ヤトノぉぉぉ!!」


「しっかりしろ!」


「誰か医者!」


「そこにいるぞ!」


先ほどまで歓喜していた竜人達が慌てて駆け寄る。


その騒ぎを眺めながら。


眼鏡の竜人は静かに巻物を畳んだ。


「以上です」


誰も聞いていなかった。


ただ一人。


白衣の医師だけが。


空になった布団を見つめながら。


ぽつりと呟いた。


「……最後まで楽しそうでしたな」


その言葉に。


誰も反論できなかった。

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