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閑話:ツツジ旅立つ6

帰らずの森。


夜明け。


鳥のさえずりが森に戻っていた。


昨夜まで漂っていた血の匂いは薄れ、風が木々を揺らしている。


ツツジは静かに槍を肩へ担ぎ、村へ戻っていた。


その頃。


村では。


昨夜助けられた行商人が必死に村人へ話していた。


「本当なんだ!」


「あのオーガの女が助けてくれたんだ!」


「化け物みたいなオーガと真正面から戦って……!」


「逃がしてくれたんだ!」


しかし。


村人達は顔を見合わせるだけだった。


「本当に……?」


「オーガがオーガを倒すなんて……」


「罠じゃないのか?」


恐怖は簡単には消えない。


そこへ。


村の若者が数人立ち上がった。


「俺達が見てくる。」


「本当に終わったのか確かめよう。」


行商人は頷く。


「あの場所だ」


「帰らずの森……街道沿いだ」


若者達は馬を借り、森へ駆けていった。


静かな時間が流れる。


ツツジは村の入口へ戻ってきた。


武器にも鎧にも大きな傷はない。


まるで散歩から戻ってきたようだった。


村人達は思わず道を開ける。


ツツジは静かに村長を見る。


「終わりました」


「もう問題はありません」


村長は恐る恐る尋ねた。


「……あのオーガは」


ツツジは静かに首を振る。


「我がヴォイド国の者ではありません」


「はぐれオーガです」


「昔」


「ヴォイド様の統率に従わず、自ら去った者でした」


村人達がざわつく。


ツツジは続けた。


「我がヴォイド国では」


「理由なき殺傷」


「略奪」


「他者への暴力」


「すべて禁じられています」


「違えた者は厳しく裁かれます」


静かな声だった。


だが。


誰一人として口を挟めなかった。


「ルインズ王国との戦」


「エルフ国との国交」


「宗教国家との戦闘」


「そして現在は魔王国の庇護下」


「オーガは変わりました」


「少なくとも」


「ヴォイド様の治める国では」


その言葉を聞き。


村人達の表情が少しだけ変わる。


まだ信じ切れない。


だが。


目の前の雌オーガだけは違う。


そう思い始めていた。


その時だった。


遠くから馬の音が響く。


若者達が帰ってくる。


馬から飛び降りるなり。


一人が叫んだ。


「終わった……!」


村中が静まり返る。


若者は息を切らせながら続けた。


「本当に終わった!」


「もう……夜を怖がらなくていい!」


その瞬間。


張り詰めていた空気が崩れた。


泣き出す者。


抱き合う者。


その中で。


一人の若者だけは震えていた。


ゆっくり。


ツツジの前まで歩いてくる。


その手には。


古びた上着が握られていた。


「洞窟も見た」


「骨も……」


「家畜も……」


「食べられた跡も……」


声が震える。


「あと……」


「親父がいつも着てた服があった」


言葉が詰まる。


涙が落ちた。


「もう帰ってこないって……」


「やっと分かった」


ツツジは静かに目を閉じる。


若者はそのままツツジの手を強く握った。


「ありがとう……」


「ありがとう……!」


「本当に……ありがとう!」


村人達も次々と頭を下げる。


ツツジは少しだけ困ったように笑った。


「礼には及びません」


「私は」


「オーガとして当然のことをしただけです」


その言葉に。


誰も返せなかった。


村長が涙を拭きながら言う。


「今日は宴にしましょう!」


「この村が助かった祝いです!」


「ぜひ一緒に!」


周囲も一斉に頷く。


「恩人だ!」


「肉も酒も出す!」


「泊まっていってくれ!」


ツツジは静かに首を横へ振った。


「お気持ちだけいただきます」


「私は旅の途中です」


「今日の宴は」


「私のためではありません」


村人達が静まる。


「亡くなられた方々を偲び」


「そして」


「生き残った皆さんが」


「笑うための宴にしてください」


村長は深く頭を下げた。


「……分かりました」


ツツジは槍を肩へ担ぎ直す。


そのまま村を出ようと歩き始める。


背中へ。


幼い声が響いた。


「お姉ちゃん!」


ツツジが振り返る。


昨日まで怯えていた小さな子どもだった。


その子は満面の笑みで叫ぶ。


「ありがとう!」


ツツジはほんの少しだけ微笑んだ。


「……どういたしまして」


再び歩き出す。


朝日が背中を照らす。


後ろでは。


宴の準備が始まっていた。


笑い声が聞こえる。


子ども達が走り回る。


今夜。


この村で。


夜を恐れて眠れない者は、もう一人もいなかった。

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