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閑話:ツツジ旅立つ4

夜。


二つの月が満ちていた。


白い月。


青い月。


その光が帰らずの森を静かに照らしている。


昼間とは違う。


森全体が青白く浮かび上がり、不気味なほど明るかった。


ツツジは森の入口近くの岩陰に身を潜める。


村人の話では。


あのオーガは夜しか現れない。


獲物を求め。


森から出てくる。


静かに耳を澄ませる。


風。


虫。


木々の揺れる音。


そして。


遠くから。


ガラガラ……


車輪の音が聞こえた。


街道。


荷馬車だった。


一頭立ての馬。


荷を満載にした行商人が鼻歌交じりに村へ向かっている。


その時だった。


ドォン!!


森の奥から大地を叩くような音が響く。


鳥達が一斉に飛び立った。


次の瞬間。


黒い巨体が森から飛び出した。


「なっ……!」


行商人の顔が青ざめる。


オーガ。


二メートルを優に超える巨体。


筋肉で膨れ上がった身体。


赤黒い皮膚。


黄色く濁った瞳。


右腕には乾ききった血が幾重にもこびり付いていた。


はぐれオーガは荷馬車を見るなり牙を剥いた。


「グォォォォッ!!」


荷馬車へ一直線に跳ぶ。


その瞬間。


一本の槍が地面へ突き刺さった。


ドゴォッ!!


土煙が舞う。


オーガの進路が塞がれる。


ツツジだった。


「村へ急げ」


短く言う。


「ここは私が止める」


行商人は一瞬呆然とした。


だが。


すぐに手綱を握り直す。


「す、すまねぇ!!」


馬が駆け出す。


荷馬車は全速力で村へ走っていった。


はぐれオーガは追い掛けようとして。


止まる。


鼻を鳴らした。


「……メス」


鼻をひくつかせる。


「メス……ノ……ニオイ」


ゆっくり振り返る。


月明かりの中。


二体のオーガが向かい合った。


ツツジは槍を構えたまま問い掛ける。


「お前が」


「この村を襲っていたオーガか」


はぐれオーガは答えない。


代わりに。


いやらしく笑った。


「オマエ……ツヨソウ」


「オデノコ……ウム」


「オデ……ツヨイ」


「サイキョウニ……ナル」


ツツジの表情は変わらない。


「答えになっていない」


はぐれオーガは肩を鳴らす。


「オデ」


「ツヨイ」


「ダカラ」


「スキナヨウニイキル」


拳を握る。


「ムラ」


「ニンゲン」


「ヨワイ」


「クウ」


「コドモノコス」


「マタオトナガクル」


「ソレモクウ」


嬉しそうに笑った。


「アタマイイ」


ツツジは静かに目を閉じた。


昔。


オーガ達もそうだった。


力だけを信じ。


奪い。


食らい。


生きていた。


ヴォイドが現れる前の。


オーガそのものだった。


「オマエモ」


「メス」


「オデニツイテコイ」


「ツヨイコウメ」


「サイキョウ」


ツツジは首を横へ振る。


「断る」


はぐれオーガは鼻を鳴らした。


「ヴォイド」


「アノガキ」


「ヨワイ」


「オデヨリヨワイ」


「ナノニ」


「ウエニタトウトシタ」


「メスヲカコッタ」


「ダカラ」


「オデハデタ」


「ヒトリデイキラレル」


「ヒトリガサイキョウ」


ツツジの瞳が細くなる。


「……今の言葉」


「取り消せ」


はぐれオーガは笑う。


「オデ」


「シュギョウシタ」


両拳をゆっくり構える。


腰を落とす。


「オーガケン」


「ダカラサイキョウ」


「マケナイ」


「オーガモタオセル」


「オデガ」


「サイキョウ」


地面を蹴った。


爆音。


巨体とは思えない跳躍。


一直線。


拳がツツジの膝を狙う。


関節。


急所。


人体を壊すためだけに磨かれた拳。


ツツジは静かに横へ半歩。


避ける。


ドォォン!!


拳が地面へめり込んだ。


土が吹き飛ぶ。


岩が砕ける。


人間なら。


騎士でも。


一撃で脚を失う威力だった。


ツツジは静かに観察する。


「なるほど」


「関節」


「急所」


「一点集中」


「悪くない」


はぐれオーガが笑う。


「ハヤイ」


「デモ」


「ウゴキ」


「ワカル」


「オデ」


「ツヨイダロウ?」


ツツジは槍を下ろした。


ゆっくりと。


地面へ突き立てる。


カンッ……


静かな音が森へ響いた。


「……槍では」


「もったいない」


腰へ手を添える。


武器ではない。


拳。


その姿を見たはぐれオーガが牙を剥く。


ツツジは小さく呟いた。


「少しだけ」


「勉強させてもらう」


二体のオーガ。


満月の下。


静かに拳を構える。


帰らずの森に。


再び静寂は訪れなかった。

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