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閑話:ツツジ旅立つ3

村の集会所。


木造の古い建物。


長年使われてきたのであろう机には、幾つもの傷が刻まれていた。


ツツジは静かに腰を下ろす。


向かいには村長。


その後ろには数人の村人。


誰もが緊張した面持ちだった。


村長が重く息を吐く。


「……話を聞いてくださいますか」


ツツジは小さく頷いた。


「聞こう」


村長はゆっくり語り始める。


「数年前からです」


「夜になると現れるようになりました」


「家畜を襲い」


「畑を荒らし」


「やがて、人まで襲うようになりました」


村人達が俯く。


「兵士も向かいました」


「冒険者も依頼を受けました」


「村の若い男達も武器を取りました」


村長は拳を握る。


「……皆、帰ってきませんでした」


沈黙。


部屋の空気が重くなる。


一人の老人が震える声で呟く。


「潰されるんです……」


「腕も」


「足も」


「鎧ごと」


「まるで岩でも砕くみたいに」


若い母親が子どもを抱き締めた。


「だから……」


「オーガを見た瞬間」


「怖かったんです……」


ツツジは黙って聞いていた。


誰も責めない。


誰も否定しない。


村人達がオーガを恐れる理由は十分にあった。


静かに立ち上がる。


その姿勢は真っ直ぐだった。


「私は」


「オーガの国」


「ヴォイド国より参った」


村人達が息を呑む。


「我が国では」


「理由無き略奪」


「暴行」


「殺害」


「その全てを禁じている」


「ヴォイド様の配下が、そのような行為を行うことはあり得ない」


その声に迷いはなかった。


「だからこそ」


「放置はできない」


ツツジは胸へ拳を当てた。


「ヴォイド国の名を背負う者として」


「この件は私が調べる」


「そして」


「そのオーガが我が国の者であろうとなかろうと」


「私が討伐、あるいは無力化する」


村長が目を見開く。


ツツジは続けた。


「もし生け捕りにできたなら」


「身柄はこの村へ引き渡そう」


「裁くのは、この村の掟に従っていただいて構わない」


村人達がざわめく。


「本当に……?」


「そんなことまで……」


ツツジは頷く。


「オーガが迷惑を掛けた」


「ならば」


「オーガが責任を取る」


短い言葉だった。


だが、その一言には確かな重みがあった。


村長はゆっくり立ち上がる。


そして村人達へ向き直った。


「皆、聞いてくれ」


「この方はヴォイド国から来られた」


「我々を襲っているオーガとは無関係だ」


「そして」


「暴れオーガを討伐してくださる」


「どうか」


「力を貸していただこう」


最初は静かだった。


やがて。


一人。


また一人。


頭を下げる。


「お願いします」


「お願いします」


「助けてください」


ツツジは一人ひとりへ静かに頷いた。


その日の午後。


ツツジは村中を歩いた。


襲われた家。


壊れた柵。


踏み荒らされた畑。


武器庫。


錆びた剣。


曲がった槍。


刃こぼれした斧。


農具も同じだった。


鍬は曲がり。


鋤は欠け。


荷車は車輪が外れている。


家屋も柱が細い。


壁には隙間風が入り込む。


村人達は工夫して暮らしていた。


だが。


限界だった。


ツツジは静かに懐から紙を取り出した。


ドワーフ国でもらった便箋。


筆を走らせる。


『ヴォイド国友好使節、ツツジより』


『近隣村にてオーガ被害を確認』


『農具、武器、建材の支援を願いたい』


『可能であれば家屋構造を指導できる職人も派遣していただきたい』


『費用は私が帰国後、責任を持って支払う』


『不足があればヴォイド国へ請求願う』


最後に一行だけ付け加えた。


『これは国家命令ではない。一人のオーガとしての願いである』


紙を丁寧に折る。


封をする。


村長へ手渡した。


「ドワーフ国へ届けてほしい」


村長は戸惑う。


「しかし……」


「費用は……」


「高いでしょう……」


ツツジは静かに首を振る。


「ドワーフは義理を重んじる」


「届ければ必ず動いてくれる」


「代金は私が払う」


「もし足りなければ」


「ヴォイド国が責任を持つ」


村長は何度も何度も頭を下げた。


「ありがとうございます……」


「本当に……」


ツツジは小さく首を振る。


「礼はいらない」


「余計なお世話かもしれない」


「失礼かもしれない」


「だが」


「一人のオーガとして」


「オーガに苦しめられた人達へ」


「せめてもの償いをしたい」


その言葉に。


村人達はもう誰もオーガを見る目をしていなかった。


夕暮れ。


村外れ。


ツツジは村人達から聞いた場所へ向かう。


『帰らずの森』


そう呼ばれる深い森。


一歩足を踏み入れる。


空気が変わる。


静かだった。


鳥の声もない。


風も止まる。


歩き続ける。


やがて。


一本の大木が見えた。


その幹は。


内側から砕けるように粉々になっていた。


さらに先。


巨大な岩。


何者かの拳で殴られたように。


中心から放射状に砕け散っている。


地面には。


人間の鎧。


潰れ。


ひしゃげ。


原形を留めていなかった。


その横には。


通常のオーガよりも一回り大きな足跡。


ツツジはしゃがみ込む。


静かに地面へ触れる。


「……拳」


「なるほど」


ゆっくり立ち上がる。


その瞳は静かだった。


しかし。


ほんの僅かだけ。


怒りが宿っていた。


「待っていろ」


「オーガの名を汚す者」


「私が終わらせる」


帰らずの森の奥から。


低く。


獣のような笑い声が響いた。

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