閑話:ツツジ旅立つ
朝。
オーガの国。
ヴォイド達がスパイダーウェブに向かう前。
訓練場。
金属音が響く。
若いオーガ達が武器を振るっていた。
以前とは違う。
隊列。
連携。
掛け声。
互いを庇う動き。
一人ではない。
仲間として戦う。
それが今のオーガ達だった。
少し離れた場所。
一本の槍を持った雌オーガが静かに眺めていた。
ツツジ。
雌オーガ序列第二位。
背は高く、青い髪に薄水色の肌。
誰よりも冷静で。
誰よりも周囲を見ているオーガだった。
強くなった。
本当に。
少し前までとは別の種族のようだった。
武器を持ち。
鎧を纏い。
隊列を組み。
学び。
考え。
勝つために戦う。
昔は違った。
強い者が生き。
弱い者が死ぬ。
それだけだった。
今は違う。
国がある。
仲間がいる。
魔王という後ろ盾もある。
どの国も。
簡単には手を出せない。
ヴォイド様が変えた。
ツツジは静かに空を見上げる。
だからこそ。
気になることがあった。
雌オーガ。
昔。
雌は守られる存在ではなかった。
数が少ない。
だから。
雄オーガが命を張る。
雌は強い雄を選び。
より強い子を産む。
それが当たり前だった。
今は違う。
危険な戦いへ雌が出ることは減った。
雄達が守る。
国が守る。
安心して暮らせる。
それは。
とても良いことだった。
だが。
だからこそ。
雌は何を目指せばいい。
若い雌達は。
今でも強さを競っている。
五人で勝手に順位を付けている。
だが。
それ以外の雌達は。
競うことも少なくなった。
私は。
何を目指す。
静かに目を閉じる。
強さだけではない。
外を知らない。
他国を知らない。
世界を知らない。
ヴォイド様は。
国を変えた。
なら。
私は世界を見よう。
他国を見よう。
ヴォイド国を知ってもらおう。
ヴォイド様を知らない者が。
愚かな真似をしないよう。
その目で見て。
その耳で聞いて。
必要なら。
拳で教えよう。
ツツジは頷いた。
決まった。
王の住まう広間。
ヴォイドは魔鶏肉を焼いていた。
じゅぅ……
いい音が鳴る。
隣ではナイザーが呆れている。
「ヴォイド様。」
ツツジが頭を下げた。
ヴォイドが振り向く。
「……」
「旅へ出たいです」
「修行と」
「他国の視察」
「ヴォイド国の特使として」
ヴォイドは少しだけ考えた。
「……」
肉をひっくり返す。
「……ん」
ツツジは静かに言った。
「許可をいただきに参りました」
ヴォイドは首を傾げる。
「……?」
ツツジは首を横に振った。
「必要です」
「上に立つ者への報告は」
「秩序になります」
ヴォイドは少しだけ考え。
小さく頷いた。
「……」
「……許可」
「ありがとうございます」
深く頭を下げる。
そのやり取りを見ていたディスナイズが静かに微笑んだ。
「お気を付けて」
「各地の情報も、可能であればお願いいたします」
「承知しました」
ナイザーが笑う。
「誰か連れて行くのか?」
ツツジは振り返る。
「同行者を募集します」
一瞬。
静まり返る。
クロル。
「俺、ヴォイド様とスパイダーウェブに行くから」
クライム。
「俺も」
ナイザー。
「訓練」
若いオーガ。
「鍛冶」
別のオーガ。
「肉」
さらに別のオーガ。
「今日は昼寝」
誰一人。
動かなかった。
ツツジは静かに頷く。
「……そうですか」
少しだけ間が空く。
ナイザーが苦笑した。
「一人旅も修行だろ」
「そうですね」
ツツジは荷物をまとめた。
槍。
剣。
予備の武器。
水。
干し肉。
保存食。
最低限だけ。
門の前。
見送りは多かった。
誰も同行はしない。
だが。
全員が笑っていた。
「行ってこい!」
「強くなって帰ってこい!」
「土産頼む!」
「がんばってな!」
ツツジは静かに頭を下げた。
そして。
国を振り返る。
オーガの国。
ヴォイド様が作った国。
帰ってくる場所。
その景色を目に焼き付ける。
「行ってまいります」
そう言って。
ツツジは一人。
世界へ向かって歩き出した。
ヴォイドが静かに口を開く。
「……生きて帰ってこい」
ツツジは目礼を返す。
この旅が。
やがて。
三つ首の漆黒の巨猫と。
ドラゴノイド王族第三王女を連れて帰る旅になることを。
まだ。
誰も知らなかった。




