国の評価
スパイダーウェブ。
応接室。
契約書への手形印も終わり。
残る議題は。
最後の一つだけだった。
マダムが紅茶を置く。
ゆっくりと。
ヴォイドを見る。
「ヴォイド」
「最後の五回戦」
「あなたの勝ちよ」
静かな声。
だが。
その重みは大きかった。
「国家予算の何百倍もの金貨が動いた」
「そして」
「私は商品になると言った」
「断られたけれど」
「賭博国家として」
「勝敗だけは曖昧にできないの」
「示しがつかないもの」
部屋が静まる。
ヴォイドは少し考えた。
そして。
ぽつり。
「……マダムはいらない」
「……自由に生きて」
蜘蛛娘達が顔を見合わせる。
マダムも小さく笑った。
「ありがとう」
「でも、それでは駄目なのよ」
「勝負は勝負」
「賭け金は賭け金」
「負けた者は払う」
「それだけは譲れないわ」
ヴォイドは困った顔になる。
しばらく沈黙。
その時。
ディスナイズが静かに口を開いた。
「提案がございます」
全員が見る。
ディスナイズは一礼した。
「今回の勝ち金」
「その内訳は公表せず」
「ヴォイド国の宣伝事業として」
「スパイダーウェブ国民へ還元されてはいかがでしょうか」
マダムが目を細める。
「……続けて」
ディスナイズは目礼しながらいう。
「生活支援」
「商業振興」
「雇用創出」
「子育て支援」
「借財返済補助」
「これらへ充てます」
「配られた貨幣は」
「必ず市場へ流れます」
「市場は活性化し」
「商人は利益を得て」
「税収も増えます」
「結果として」
「スパイダーウェブはさらに豊かになるでしょう」
一拍。
「そして」
「国民は知ります」
「その始まりが」
「ヴォイド国からの支援であったことを」
「宣伝費としては」
「金貨十枚が百枚」
「百枚が千枚」
「それ以上の価値を生むでしょう」
マダムは少し驚いた顔をした。
「……あら?」
「それでいいの?」
「半分どころか」
「十分の一も使わないわよ?」
ディスナイズは静かに頷く。
「問題ありません」
「残る九割以上の価値は」
「人々の記憶に残ります」
「それは金貨では買えません」
マダムは椅子へ深く座り直した。
「恐ろしい外交官ね」
「商人の私でも」
「少し感心したわ」
ディスナイズはヴォイドを見る。
「ヴォイド様」
「よろしいでしょうか」
返事は一瞬だった。
「……任せる」
その一言。
ディスナイズは微笑んだ。
「承知いたしました」
すぐに書類を書き始める。
蜘蛛娘が受け取り。
マダムも確認する。
そして。
手形印を押した。
契約成立。
実際に。
莫大な金貨が運ばれた訳ではない。
巨大金庫。
地下倉庫。
長年眠っていた金貨。
銀貨。
銅貨。
それらが。
一斉に街へ放たれる。
翌日。
市場。
肉屋。
「今日は豪勢にいくか!」
普段より高い肉が売れる。
鍛冶屋。
「前から欲しかった槌を買うぞ!」
道具が新調される。
仕立屋。
「娘に晴れ着を」
服が売れる。
子供達。
両手いっぱいのお菓子。
笑顔。
借金を抱えた者は。
返済に向かう。
帳簿を閉じ。
涙ぐむ者もいた。
「これでやり直せる……」
若い夫婦。
「子供のために貯めよう」
小さな箱へ。
銀貨をしまう。
旅商人。
「今日は景気がいい!」
露店は行列。
酒場は満席。
笑い声。
音楽。
拍手。
街全体が。
生き返ったようだった。
ただ一人。
配布名簿を見たクリエイだけは。
固まっていた。
「……あれ?」
「ワイの名前ない」
蜘蛛娘が書類を指差す。
「クリエイさん」
「支給予定額」
「借金返済へ充当」
「残高」
「金貨零枚」
静寂。
「えぇぇぇぇぇぇぇぇ!!?」
「ワイだけ支給なしぃぃぃぃ!!」
蜘蛛娘達が笑う。
マダムも笑う。
ディスナイズも肩を震わせる。
ヴォイドだけは。
理由がよく分からず。
首を傾げていた。
数日後。
執務室。
市場報告。
税収報告。
商業報告。
全てが上向いていた。
マダムは窓から街を見る。
活気。
笑顔。
人の流れ。
静かに呟く。
「……恐れ入ったわ」
「あの王は」
「何も欲しがらない」
「だから」
「一番大きなものを手に入れるのね」
その頃。
街では。
こんな噂が流れていた。
「オーガって気前いいらしいぞ」
「ニクマイの国だろ?」
「今度行ってみようかな」
その一言が。
金貨何万枚よりも価値ある宣伝になっていた。




