振られたマダム
スパイダーウェブ。
裏VIPエリア。
そのさらに奥。
主催者専用室。
豪華な調度品。
厚い絨毯。
静かな空気。
外の歓声だけが遠く響いていた。
マダムはゆっくりと椅子へ腰掛ける。
足を組む。
ワイングラスを揺らす。
そして。
小さくため息をついた。
「……振られちゃったわねぇ」
「私もまだまだかしら」
その時。
扉が三度叩かれる。
コン。
コン。
コン。
「失礼いたします。」
入ってきたのは。
先ほどのディーラー。
蜘蛛娘だった。
扉が閉まる。
護衛達も退室する。
部屋には二人だけ。
マダムは首を傾げた。
「お話って、なぁに?」
ディーラーは静かに前へ出る。
胸へ右手を当てた。
そして。
深く頭を下げる。
「私は」
「魔王様とマダムに誓います」
「今回の賭博において」
「ヴォイド殿へ情報を流した事実」
「誘導」
「合図」
「一切ございません」
部屋が静かになる。
マダムはその姿を見つめた。
そして。
ふぅ、と息を吐く。
「……信じているわ」
「あなたはそういう娘じゃないもの」
「でも」
「ならどうしてなのかしら?」
「説明がつかないのよ」
ディーラーは顔を上げる。
その瞳には。
まだ緊張が残っていた。
「私は」
「配置前の札を見ることを許された唯一の者です」
「断言できます」
「ヴォイド殿は」
「カードの数字を理解していました」
マダムの指が止まる。
グラスが揺れる。
「……数字を?」
「はい」
「絵柄だけが違いました」
「あの二枚」
「数字だけ一致していました」
「つまり」
「数字は読めていた」
「絵柄だけ読めなかった」
沈黙。
マダムは静かに目を閉じる。
「そんな馬鹿な」
「新品の札よ?」
ディーラーは頷く。
「はい」
「新品でした」
「私が箱を開封しました」
「誰も触れていません」
「そして」
「四戦目までは」
「ヴォイド殿は私を見ておりませんでした」
マダムがゆっくり目を開く。
「……私を見ていた」
「はい」
「正確には」
「マダムだけを」
「私は一度も視線を感じませんでした」
ディーラーは拳を握る。
「最終戦」
「初めて」
「私を見ました」
「その瞬間」
「背筋が凍りました」
静かな声。
だが。
わずかに震えている。
「カードを切る」
「混ぜる」
「流す」
「配る」
「あの高速の動き」
「普通なら」
「目で追うことすら不可能です」
「それは私の人生すべてをかけてきた自身と誇りがあります」
マダムは知っている。
彼女は。
スパイダーウェブ最高峰のディーラー。
蜘蛛娘の中でも。
選び抜かれた存在。
その技術は。
芸術。
誰にも真似できない。
そのはずだった。
「ですが」
ディーラーは続ける。
「あの方は」
「見ていました」
「正確には」
「流れを見ていました」
「札そのものではありません」
「動きです」
「私の癖」
「手首の返し」
「指先の角度」
「配る順番」
「混ぜる回数」
「全て」
「観察していました」
マダムの表情が消える。
「……まさか」
ディーラーは静かに頷く。
「私は」
「最後の宣言を聞いた時」
「表情へ出さないことだけに集中しました」
「今までで」
「一番汗をかきました」
小さく笑う。
「見えないように」
「背中だけはびっしょりでした」
「必死でした」
「顔」
「額」
「指先」
「全部止めました」
「もし」
「僅かでも反応したら」
「あの方は」
「さらに確信したでしょう」
部屋が静まり返る。
マダムは。
ゆっくりと天井を見上げた。
長い沈黙。
やがて。
くすりと笑う。
「……そう」
「負けたのね」
ディーラーは首を振る。
「いいえ」
「私達全員が」
「見抜かれていました」
マダムは笑う。
その笑みは。
悔しさより。
懐かしさが混じっていた。
「あの人も」
「昔そうだったわ」
「何も知らない顔をして」
「全部見ていた」
ディーラーは黙って聞いている。
マダムはワインを一口飲む。
そして。
窓の外。
まだ騒ぎ続ける裏VIPエリアを眺めた。
「私をどうしたいの?」
そう聞いた時。
返ってきた言葉。
『……特に』
『……義手を作ってもらいたい』
『……よろしくお願いします』
思い出して。
思わず吹き出す。
「本当に」
「怪物ね」
「……でも」
「嫌いじゃないわ」
遠く。
歓声が上がる。
新しい勝負が始まったのだろう。
マダムは静かに立ち上がる。
口元に笑みを浮かべた。
「さて」
「次は私が」
「どうやって驚かせてあげようかしら」




