智将
「こちらになります」
蜘蛛娘が扉を開いた。
重い。
古い。
湿った紙と革の匂い。
そこは。
図書館。
というより。
墓場だった。
積み上がる本。
巻物。
羊皮紙。
鍵付きの箱。
机の上には封蝋が割られていない手紙まである。
「賭博で流れてきたものです」
「貴族同士の秘密」
「借金証文」
「闇のレシピ」
「財宝の隠し場所」
「愛人への手紙」
「隠し通路の図面」
蜘蛛娘が肩を竦める。
「売れるものは全部売るのがこの国ですので」
ディスナイズは静かに部屋を見渡した。
一拍。
「……素晴らしい」
蜘蛛娘達は顔を見合わせる。
その顔には薄い嘲笑があった。
オーガ。
文字など読めるわけがない。
そう思っている顔だった。
「すべてお読みになります?」
「つまむ程度ですが」
ディスナイズは穏やかに笑った。
そして。
歩き出す。
棚の間を。
まっすぐ。
迷いなく。
蜘蛛娘達は後ろをついていく。
(読まないの?)
(見栄張っただけ?)
(サボりかしら)
そんな視線。
だが。
ディスナイズは止まらない。
ただ。
歩く。
歩いて。
歩いて。
部屋の中央を少し過ぎた辺りで。
止まった。
そのまま。
視線より少し上。
一冊を抜き出す。
古い本だった。
革はひび割れ。
背表紙の文字も掠れている。
だが。
ディスナイズは迷わなかった。
「植物辞典……?」
蜘蛛娘が呟く。
「これを?この本の山の中から…」
ディスナイズは返事をしない。
本を開く。
その瞬間だった。
サァァァァァ――――ッ。
ページが流れた。
速い。
速すぎる。
めくるというより滑っている。
だが。
ディスナイズの目は。
さらに速かった。
左右。
上下。
行間。
挿絵。
注釈。
索引。
信じられない速度で動く。
蜘蛛娘の一人が思わず後ずさる。
「な……」
「なにしてるの……?」
ディスナイズは止まらない。
数十秒。
本を閉じた。
戻す。
また歩く。
次。
また抜く。
紙を、頁を流す。
戻す。
歩く。
流す。
流す。
流す。
蜘蛛娘達の顔から笑みが消えていく。
十冊目。
閉じる。
戻す。
ディスナイズは静かに言った。
「……こちらは読み終わりました」
「え?」
「他にもありますか?」
蜘蛛娘が口を開けたまま固まる。
「よ、読み終わった……?」
「はい」
「全部……?」
「必要箇所は」
必要箇所。
その言葉が妙に恐ろしかった。
————————
マダムへの報告後。
ディスナイズは再び図書室へ戻っていた。
「冷茶を用意して差し上げて」
マダムの指示。
蜘蛛娘が盆を持って戻る。
その途中。
また。
サァァァァァ――――ッ。
ページの流れる音。
蜘蛛娘が呆然とする。
入口近く。
ディスナイズが。
今度は最初の棚から順に読んでいた。
「……まさか」
「最初から……?」
別の蜘蛛娘が青ざめる。
「全部読む気……?」
冷茶を机へ置く。
ディスナイズは本を閉じた。
「ありがとうございます」
静かに席へ座る。
冷茶を飲む。
茶菓子を口へ運ぶ。
その仕草は妙に丁寧だった。
蜘蛛娘達は困惑していた。
怪物。
なのに。
礼儀正しい。
静か。
知的。
オーガなのに。
しばらくして。
ぽたり。
雫が落ちた。
蜘蛛娘が目を見開く。
「……え?」
ディスナイズが涙を流していた。
「どうかなさいました?」
ディスナイズは少し目を伏せる。
「二十ニ冊前に読んだ物語に感動しまして」
「二十ニ冊前……?」
「貧しい家の姉の話です」
「親が病で働けず」
「姉が妹の学費を稼ぎ」
「妹を立身出世させるため尽力する物語でした」
静かに。
本当に静かに語る。
「妹が最後」
『姉さんの手は、世界で一番綺麗だ』
と語る場面がありまして」
ディスナイズは目を閉じた。
「……素晴らしかった」
蜘蛛娘達は絶句していた。
二十冊前。
内容を。
全部覚えている。
しかも。
感情まで乗せて。
蜘蛛娘の一人が小さく呟く。
「……こいつ」
「只者じゃない」
だが。
ディスナイズはもう次の本を開いていた。
サァァァァァ――――ッ。
紙の音だけが。
静かな図書館へ響いていた。




