向こうから
ズシン。
ズシン。
床板そのものが揺れるような重い足音が、廊下の奥から響いてきた。
応接室の空気がわずかに張る。
蜘蛛娘の侍女たちが自然と道を空けた。
直後。
力強いオーラと力強い女性の声が響く。
「マダム!お目通り願います!」
両開きの重い扉が勢いよく開いた。
現れたのは。
屈強。
そんな言葉では到底足りない女だった。
肩幅は扉の二倍近く。
筋肉で盛り上がった大胸筋。
縄のように浮いた筋。
丸太のような四本腕。
下半身から覗く吸盤付きの触腕。
多腕のタコ娘だった。
そのうちの一本で。
緑色の小柄な魔物を、服の首元からぶら下げている。
「なんや離せやぁぁぁ!!」
ぶら下げられた小さな魔物が暴れていた。
ヴォイドがぽつりと呟く。
「……ゴブリン」
「なんやてワレェ!?」
緑色の魔物が即座に反応した。
「あたいがあの低能ゴブリンやと!?」
「あたいは史上最高の頭脳と技術を持つグレムリン!」
「クリエイたぁ私のことや!!」
吊られたまま胸を張る。
短い手足をばたつかせながら、やたら堂々としていた。
その姿を見たクライムが小さく漏らす。
「……ちっさ」
「ちっさい言うな!!」
「サイズで技術力測るな南の脳筋!!」
即座に返ってきた。
ディスナイズは眉をひそめる。
反応速度。
言語能力。
観察眼。
そして空気を読む速度。
一瞬で理解した。
──頭が回る。
かなり。
マダムは額に指を当て、深々とため息を吐いた。
「……ちょうど良かったわ」
「この子が古馴染みの技術者、クリエイよ」
「で、また何やったの?」
タコ娘が直立する。
軍人のように。
「ギャンブルによる負債が個人で金貨五十枚を突破」
「返済目途も立たずブラックリストより更に下位」
「ペンタブラックリストへ降格」
「加えて複数店舗での暴走行為」
「……ただし損害はゼロです」
マダムは手を合わせて声たかだかに誉める。
「偉い!」
クリエイが叫ぶ。
「褒めるとこそこかい!!」
タコ娘は無表情だった。
完全に慣れている。
マダムが再びこめかみを押さえる。
「あなたには毎回ちゃんと依頼料払ってるでしょう……?」
「どうしてそうなるのよ……」
「カードディーラーがズルいねん!」
「ルーレットの玉が最後弾かれた!」
「昨日負けたから今日は勝てる日やったんや!!」
「確率は収束するんや!!」
ディスナイズが静かに呟く。
「駄目な賭博師の典型ですね……」
「なんやその目!!」
「理論は完璧やろが!!」
タコ娘が無言で持ち上げ直す。
じたばた。
ぶらーん。
まるで吊られた猫だった。
しかしその瞬間。
クリエイの眼がヴォイドを捉えた。
ぴたりと止まる。
そして。
輝いた。
「……おお」
「おおおおおお!!」
身体をばたつかせる。
「あんさんがヴォイドっちゅうんか!!」
「映像見たで!!」
「あの爆走!!」
「あの魔導具の使い方!!」
「あの頭おかしい突撃!!」
「最高や!!」
ナイザーが小さく呟く。
「褒められてるのかこれ」
「半分くらいは」
ディスナイズが真顔で返した。
クリエイは更に暴れる。
「あたいを専属技術者として囲わへん!?」
「報酬次第でオーガの国を発展させたる!!」
「街!武器!防壁!輸送!」
「なんなら賭場まで作れる!!」
「砂漠横断用の道具も作ったるで!!」
ディスナイズの眉がわずかに動く。
危険。
胡散臭い。
だが。
間違いなく有能。
その場の全員が理解していた。
ヴォイドはしばらくクリエイを見ていた。
騒がしい。
小さい。
うるさい。
だが。
その眼だけは妙に真剣だった。
一拍。
「……腕は作れるか」
「?」
クリエイが瞬きをする。
「腕?」
「……国に」
「……腕を失ったのがいる」
「……代わりの腕」
「……作れるか」
その瞬間。
クリエイの眼が完全に変わった。
技術者の眼だった。
「よゆーや!!」
「そういう依頼大好物や!!」
「神経通すんは難しいけど!」
「動くだけならすぐや!!」
「金はかかるけどな!!」
だが。
マダムが即座に遮った。
「ダメ」
空気が止まる。
クリエイが固まった。
「……へ?」
「ここにいなさい」
「あなたはこのスパイダーウェブに必要なの」
「というか金貨五十枚ってあなたねぇ……人手紙か賭博闘技、闇送りでもまだ足りないわよ」
クリエイが暴れ出す。
「しゃーないやろ!!」
「あんさんの依頼毎回おかしいねん!!」
「サキュバスも全裸で逃げ出すあんな呪物とか!!」
「同性としても一生お世話になりたくないあんなもん!!」
「インキュバスが据え膳食わずに逃げ出すような衣装とか!!」
「グレムリンとしてのプライドが許さんわ!!」
「まぁ金払いええから助かっとるけど!!」
「あと三徹続きやぞ!!」
「寝たらこっちのグレムリン生が終わるような危険生物を素材にするなや!!」
マダムが冷たく言う。
「でも完成させたでしょう?」
「……そらまぁ」
「成功率百パーセントで」
「……そらまぁ」
「つまりあなたしかできないの」
「ぐぬぬぬぬ」
クリエイが悔しそうに唸る。
タコ娘はまだ吊っていた。
まったく下ろす気がない。
わちゃわちゃ。
騒音。
混沌。
先ほどまで漂っていた重苦しい空気が、完全に消えていた。
クライムが小声で言う。
「……この国、変なの多いな」
「な」
クロルが即答した。
ディスナイズは静かに目を閉じる。
蜘蛛の女帝。
多腕兵士。
借金まみれの天才技術者。
そして。
全部受け入れているヴォイド。
(……これからどうなるんだこの国は)
本気でそう思った。
だが同時に。
ほんの少しだけ。
面白くなりそうだとも感じていた。




