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お話

豪奢な食事が終わる頃には、

部屋の空気は最初よりも幾分柔らかくなっていた。


どこからきた、何日かかった、砂漠はどう超えた、食料と水は

あの映像は、この国は、魔族にもいろいろあるのねぇなど、談笑が進む。


しばらくして。


銀食器は片付けられ、

紅茶にも似た香草茶だけが残される。


マダムは静かに指を鳴らした。


控えていた蜘蛛娘達が、

一斉に頭を下げる。


「ここから先は外してちょうだい」


「……ですが、マダム」


「外して」


柔らかい声だった。


だが、逆らえる響きではなかった。


蜘蛛娘達は無言で下がる。


ディスナイズ達にもマダムは目線を送る。


ディスナイズは眉を寄せる。


「ヴォイド様、お一人は――」


「心配いらないわ」


マダムが笑った。


「国家間の話ではないし、取り決めはしないと誓うわ、ただの未亡人の昔話がしたいだけだもの」


「ですが――」


「それとも」


マダムの青い眼が、

静かにディスナイズを見る。


「私があなた達をここで害すると?」


ディスナイズは黙る。


その沈黙だけで、十分だった。


「……失礼しました」


「いいのよ。忠臣は嫌いじゃないわ」


ディスナイズは最後にヴォイドを見る。


ヴォイドは静かに頷いた。


それを確認し、ディスナイズ達は部屋を出る。


重い扉が閉まった。


部屋には、ヴォイドとマダムだけが残る。


静かだった。


広い部屋なのに、音が沈む。


マダムは湯気の立つ茶器を持ち上げた。


「……まずは、お礼を言わせて」


「あなた達の映像記録。あれは素晴らしかったわ」


ヴォイドは静かにうなずく。


「ええ。久しぶりに“本物”を見た」


マダムの額の眼が、ゆっくりと細くなる。


「この街にはね、偽物しか来ないの」


「強いふりをした者。金を持つふりをした者。余裕があるふりをした者」


「でも、あなた達は違った」


マダムは笑う。


「だから興味が湧いたのよ」


沈黙。


その後、マダムは静かに布越しに自分の頬へ触れた。


「……私の見た目が、他の蜘蛛娘と違うのはわかるでしょう?」


ヴォイドは頷く。


青い眼。


額。


頬。


首。


手の甲。


まるで宝石が埋め込まれているようだった。


だが、時折それらは、別々の方向を見る。


生きている。


「これはね、私の眼じゃないの」


静かな声だった。


「昔、愛した男がいたわ」


「幼馴染みだった」


「私には商才があった。あの人には武力があった」


「私は人の欲望を見るのが上手かった。あの人は戦うのが上手かった」


「だから思ったの。二人なら最強になれるって」


マダムは少し笑った。


懐かしむように。


「周囲は反対したわ。当然よね」


「戦士長と商人。しかも若造同士」


「でも、私達は全部黙らせた」


「反対する者には、反対できなくなるだけの金と力を見せつけた」


「若かったのよ」


「……結婚した」


「この街で、一番豪華な式を挙げたわ」


部屋の灯りが揺れる。


マダムの声は穏やかだった。


だが、どこか壊れている。


「初夜だった」


「……暗殺者が入り込んでいたの」


ヴォイドは黙って聞く。


「誰も気づかなかった」


「警備も、糸も、眼も、全部抜けた」


「彼は少し酔っていたわ。珍しくね」


「でも――」


マダムの指が止まる。


「気づいたのよ」


「戦士の勘だったんでしょうね」


「私の部屋に入る直前、急に振り返った」


「その直後だった」


ドン――


マダムが、机を指で軽く叩く。


「もの凄い音がした」


「壁が揺れて、扉が震えて」


「私は部屋の中で、ずっと動けなかった」


「音は続いたわ」


「何時間にも感じた」


「でも、本当は一瞬だったんでしょうね」


静寂。


「音が止んだの」


「私は怖くて、でも気になって、扉に手をかけた」


「……開かなかった」


マダムの青い眼が、静かに揺れる。


「彼の身体が、扉を塞いでいたの」


沈黙。


「最後まで、私を護っていた」


「蜘蛛娘達が来て、やっと外を見れた」


「糸いぼは焼け落ち、腕は飛び、爪も散っていた」


「胸と眉間に穴が開いていたわ」


「助からないって、すぐにわかった」


マダムは笑った。


だが、声は震えていた。


「初夜もまだだったのに」


「私は未亡人になっちゃった」


ヴォイドは何も言わない。


だから、マダムは話せる。


「その時、昔からの知り合いを思い出したの」


「技術屋の娘」


「変な子だったわ」


「倫理なんて言葉、踏み潰して笑うような子」


「でも腕は本物だった」


「私はすぐ呼ばせた」


「生き返らせる方法はないって、最初からわかってた」


「でも、何か欲しかった」


「縋れる何かが」


マダムは、そっと自身の眼へ触れる。


「その娘が言ったの」


『生き返らせるのは到底無理や』


『せやけど、綺麗な眼やなぁ』


『誰かに移したら、いかし残るんちゃう?』


「……あの人の眼は特別だった」


「普通の蜘蛛族は四つ」


「でもあの人は十六」


「全部で敵を見る。全部で未来を見る」


「だから最強だった」


マダムは、ゆっくりヴォイドを見る。


「私は思い出したの」


『二人で最強になろう』


って言ったこと。


「だから頼んだわ」


『私に全部移植して』


『あの人を、私の中に残して』


「成功した」


青い眼が、同時にヴォイドを見る。


ぞわりと、空気が震えた。


「それから私は、この街を握った」


「金を集め、情報を集め、人を集めた」


「全部、あの暗殺者を探すため」


マダムは笑う。


「でもね」


「見つからないの」


「どれだけ金を積んでも。どれだけ人を使っても」


「まるで、最初から存在していなかったみたいに」


静かだった。


マダムは茶を飲む。


マダムは静かに笑った。


だがその笑みは、先ほどまでの妖艶なものではない。


どこか、長年抱えていた棘が抜けたような顔だった。


「だけど…情報は集まった…暗殺者は見つかったわ」


ゆっくりと、黒い布越しの視線がヴォイドへ向く。


額の眼。

頬の眼。

首筋の眼。


青い宝石のような瞳達が、一斉にヴォイドを見つめていた。


大金を使って、ようやく辿り着いた情報だった。


魔法使い暗殺者――『サタモ』


成功率百パーセント。


依頼失敗無し。


「あのボーダイ家の私兵百人と共に、貴方が最後に倒した一人」


「あの映像。魔王候補ジュワカボース様が見せてくれた戦場」


「あの顔を見た瞬間、全部繋がったの」


静かに、マダムは頭を下げた。


この国で。


この街で。


マダム・ドーメック=グランチョが、誰かに頭を下げる。


それはあり得ない光景だった。


「ありがとう」


「それだけは、どうしても伝えたかったの」


短い沈黙。


ヴォイドは静かに見ていた。


マダムはふっと肩を竦める。


「さて」


「感謝と身の上話はこれでおしまい!」


空気を切り替えるように、

ぱん、と手を叩く。


それを合図に控えていた蜘蛛娘たち、

オーガ達が入室する。


再び交渉の場に空気が変わる。


「ここからは、お願いのお話よ」


ディスナイズが僅かに目を細めた。


交渉。


本題に入る。


「私ねぇ、この身体になってから困ったことがあるの」


「この街から西側一帯に、『オーガ草』って植物が繁茂してるのよ」


ナイザーは顔をしかめる。

 

「……嫌な名前だな」


クライムもあわせる。

 

「絶対ロクでもねぇ」


マダムは目をつむって答える。

 

「大正解」


マダムは即答した。


「まず花粉」


「この眼、全部花粉症になるの」


その瞬間。


額の眼が涙目になった。


頬の眼がぱちぱち瞬きする。


首筋の眼まで潤んでいる。


クロムとクライムが同時に感想をこぼす。


「うわぁ……」


「見てるだけで辛そうだな……」


「辛いなんてもんじゃないわよ」


「寝れない。集中できない。痒い。涙止まらない」


「最悪よ」


ディスナイズが同情する。

 

「……それは災難ですな」


マダムは続ける。

 

「しかもねぇ、このオーガ草、繁殖力も頭おかしいの」


「他の植物に花粉が付くと、寄生するみたいに侵食して、

養分奪って、全部オーガ草に変えるのよ」


ナイザーが噴き出す。

 

「雑草ってレベルじゃねぇな」


マダムはあわせて興奮するように言い連ねる。

 

「しかも実が硬い!重い!デカい!振り回したら武器になるくらい!」


クロルが乗り出す。

 

「それはちょっと興味あるな」


マダムもあわせて身を乗り出し説明する。

 

「茎も硬いわよ。切れば刃が駄目になるし、

根は深いし、互いに絡むし、砂漠でも普通に生えるし。

燃やしても、水分多すぎて燃え続けない。

塩撒くのも試したけど、効かないし風で街まで飛んでくる。

もう本当に最悪」


そこまで言って、

マダムは大きく息を吐いた。


「……というわけで。どうにかならないかしら?」


部屋が静かになる。


ディスナイズが考え込む。


ナイザーは腕を組む。


クロルは武器素材として見始めている。


クライムは、

「名前の時点で嫌だな」

という顔をしている。


そして。


ヴォイドだけが。


少しだけ興味深そうにしていた。


マダムの眼が、それを見逃さなかった。


「何か思いついた顔ね?」


「……見たい。」


「現物を?」


ヴォイドは頷く。


マダムは、くすりと笑った。


「好きよ。そういうの」


「まず見て、触って、壊してから考えるタイプ」


「もし解決してくれたら――」


マダムはベルを鳴らした。


澄んだ音が部屋に響く。


「その時は、友誼でも、資金でも、兵でも」


「好きなだけ持っていきなさい」


マダムは再び、妖艶な笑みを浮かべる。


「さぁ皆様ここからは正式なお話にしましょうか。」

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