軽食
視線。
絡め取られるようだった。
マダムの無数の眼。
額。
頬。
首。
腕。
手の甲。
青い宝石のような瞳達が、
それぞれ別方向を見ながら、
オーガ達を観察している。
クロルが眉をひそめる。
「……なんか見られてんな」
クライムが鼻を鳴らした。
「全部こっち見てるぞ」
ナイザーは無言。
ディスナイズだけが、
マダムを見返していた。
この女。
ただ美しいだけではない。
観察している。
値踏みしている。
そう理解していた。
マダムは静かに微笑む。
「まずはお疲れ様」
声が柔らかい。
だが。
妙に耳へ残る声だった。
「遠路はるばる、
ここまで来てくださって、
ありがとうございますね」
長い袖が揺れる。
「本当なら、
わたくしから赴くべきなのだけれど……」
小さく肩を竦める。
「わたくし、
この国を離れると危ない、
よわぁい個体ですので」
クロルが吹き出しそうになる。
だが。
ディスナイズは笑わなかった。
この女。
自身が弱いなど、欠片も思っていない。
「大変お疲れでしょう?」
マダムがベルを鳴らす。
チリン。
「少し緊張を解しましょう」
「軽食にいたしましょうか」
蜘蛛娘達が静かに現れる。
「ここではなんですので」
案内された。
さらに奥。
豪華な食事室。
白い長机。
燭台。
金。
銀。
だが。
嫌味ではない。
洗練されていた。
マダムが振り返る。
「オーガの食事事情に詳しくなくて」
「何がお好み?」
ディスナイズが即座に頭を下げた。
「ご配慮、感謝いたします」
静かな声。
「ですが」
「我々は、友誼を結ぶ相談の元に参りました」
「ですので――」
一拍。
「同じものをいただきたい」
空気が少し止まる。
蜘蛛娘達の目が動く。
マダムの額の目が細くなった。
魔族流。
“対等”。
それを意味する言葉。
つまり。
新興国家オーガ国は、スパイダーウェブと同格になりたい。
そう宣言した。
クロルが汗をかく。
(怒られねぇかこれ)
だが。
マダムは笑った。
「……素敵」
その笑みは、少しだけ本物に見えた。
「では」
綺麗な手が上がる。
蜘蛛娘達が料理を運び始めた。
「軽食ですし」
「この後、お話もありますから」
「一気に運んでちょうだい」
料理が並ぶ。
豪華な皿。
純銀。
美しいフォーク。
スプーン。
ナイフ。
完璧な配置。
マダムは微笑む。
「ここには、
我々しかいないのだから」
「堅苦しいマナーなんて不要よ」
「好きに召し上がって」
ディスナイズは思う。
(マナーは不要と言っておきながら、この配置か)
つまり。
これは試験。
どう扱うかを見ている。
ディスナイズは頭を下げる。
「では先に、我々の文化をお伝えします」
全員が見る。
「我々は、食べられるものを最後まで食べます」
「苦手なものには手を付けません」
「ですが、食べると決めたものは残しません」
「そちらの、“少し残す礼儀”には反するかもしれませんが」
「ご理解いただければ幸いです」
マダムは静かに頷いた。
「文化を先に伝える」
「相手の文化も理解している」
「素晴らしいわ」
「嫌いじゃない」
料理が運ばれる。
蜘蛛娘達が、一言一句間違えず料理名を告げる。
「紅豆原種の温サラダ」
小皿。
美しい盛り付け。
赤い紅豆がたくさん蒸されている。
上には半熟卵。
オペラ鳥の卵。
さらに。
魔猪の最上肉を、胡椒燻製にした小間切れ。
粉雪のように、大量の白い削りチーズ。
ディスナイズの眉が、僅かに動く。
(紅豆原種……?)
紅豆。
一粒から万粒になる作物。
だが。
味は落ちる。
そして育成が難しい。
しかし、その内の1粒、元種と呼ばれる豆は1万倍の美味さであるとされる豆。
大量使用など、普通はありえない。
次。
「キングシュリンプ稚海老のサラダ」
ダークエルフ領産。
透明感のある小海老。
香草。
油。
香りが異常に良い。
キングシュリンプ。
成体は一メートル超え。
だが。
稚海老は小指を丸めたくらいのサイズ。
つまり。
鮮度維持したまま、超長距離輸送した。
ディスナイズは理解する。
(物流が異常だ)
次。
巨大皿。
「オペラ鳥若鶏の香蒸焼き」
六本。
香辛料まみれ。
表面はカリカリだが、中から肉汁があふれている。
湯気。
クロルの腹が鳴った。
「腹にくるかおりだ……」
クライムも見入っている。
オペラ鳥。
親鳥ですら危険。
雛を狙えば、群れ全体が狂暴化する。
その若鶏。
しかも大量。
次。
深皿。
細麺。
信じられないほど細い。
揃っている。
上品。
黄金色の油。
「マツバキ香油和え細麺」
添えられた赤。
魔鷹の爪。
香りだけで腹が減る。
ヴォイドが言った。
「……うまそう」
ナイザーが吹き出した。
ディスナイズは、静かに計算していた。
(この食卓だけで……)
(一人あたり銀貨五十枚は下らない)
一人前。
普通の人の半年分の金額。
軽食。
しかも。
惜しげもなく出す。
つまり。
この国は。
金を“見せるために使える”。
それが恐ろしかった。
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食事は静かに始まった。
マダムは、ほとんど食べない。
ただ。
オーガ達を見る。
食べ方。
反応。
視線。
全部観察していた。
その時。
ヴォイドは2番目のフォークのみで食べ進める。
ヴォイドが、若鶏を掴む。
豪快に齧る。
肉汁。
香辛料。
煙香。
ヴォイドの目が少し開いた。
「……うまい」
静寂。
麺をすすり流し込む。
マダムが笑った。
今度は。
少しだけ、嬉しそうだった。
「それは良かったわ」
青い眼達が、ゆっくり細まる。
「では――」
「食べながら、お話を始めましょうか」
欲望の国。
スパイダーウェブ。
その宴が、静かに始まった。
なんの料理を参考にしたかは…おわかりいただけただろうかw




