欲望の国
砂漠。
巨大木船が、
長い滑走の末に停止した。
ギギギギギ……
鈍い音。
砂煙。
静寂。
最初に降りたのはクロルだった。
飛び降りる。
砂へ着地。
そのまま船体を覗き込む。
「おー……」
木材。
薄い。
向こうが透けそうなほど削れていた。
クライムも降りてくる。
「危なかったな」
クロルが笑う。
「一回きりだったなこりゃ」
「もう少し重かったら割れてた」
「距離長くても終わってた」
ヴォイドは木船を見ていた。
クロルは静かに頷く。
「次は補強が必要だ」
ディスナイズが即答する。
「次を想定しているのですか」
人間の使者が、
砂へ膝をついた。
「おぇぇぇぇ……!!」
胃液。
砂へぶちまける。
獣人も白目だった。
「死ぬ……」
「内臓全部揺れた……」
だが。
二人とも笑っていた。
「帰ってきた……!」
「これで借金が消える……!」
「家族が助かる……!」
その顔は、本気だった。
スパイダーウェブ。
それは。
人を地獄へ落とす国。
同時に。
一攫千金を与える国。
だから誰も逃げない。
オーガ達は歩き出した。
巨大門。
金。
銀。
宝石。
近くで見ると、異様だった。
趣味が悪い。
だが。
圧倒的に金が掛かっている。
門前。
ひときわ巨大な男が立っていた。
豪華な鎧。
金装飾。
恰幅の良い身体。
ヴォイドと同じくらい大きい。
男は笑みを浮かべた。
「ようこそ」
低く。
よく通る声。
「オーガ国…すみません、ヴォイド国…」
「ヴォイド国国王、
ヴォイド王とお見受けする」
ヴォイドは静かに頷く。
男は胸へ手を当てた。
「このスパイダーウェブ統治者、
マダム・ドーメック=グランチョ様が、
お会いしたがっております」
「案内させていただきます」
人の良さそうな笑顔。
だが。
その背後。
兵士達は、全員弓を手に持ったままだった。
血走った目。
殺気。
いつでも射れる。
そんな空気。
ナイザーが小さく呟く。
「歓迎ねぇ……」
ディスナイズは周囲を見ていた。
「……徹底していますね」
門が開く。
重厚音。
オーガ達は中へ入った。
全員が通過した瞬間。
ズゴォォォン……
門が閉まる。
重い音。
砂漠が遮断された。
逃げ道。
消失。
クロルが後ろを見て笑う。
「閉じ込められたな」
クライムが肩を鳴らす。
「壊せば開くだろ」
周囲の兵士が青ざめた。
人間と獣人は、門入口近くで別室へ案内された。
二人とも、嬉しそうだった。
「きっと家族も……」
「やっと終わる……」
蜘蛛娘達が静かに案内していく。
ディスナイズだけが、
その背を見ていた。
(……我々を信じている顔ではない)
街。
凄まじかった。
光。
宝石。
酒。
香辛料。
笑い声。
怒号。
悲鳴。
泣き声。
全部混ざっている。
だが。
道だけは異様に綺麗だった。
磨かれた白石。
歩きやすい。
目が痛くなるほど眩しい。
周囲の視線が刺さる。
人間。
獣人。
蜘蛛人。
蜥蜴人。
多種族。
全員。
オーガ達を見ている。
警戒。
恐怖。
好奇。
値踏み。
その中。
キョロキョロしているのは、
ヴォイドだけだった。
(あれはなんだ)
(あの匂いは肉か)
(高い)
(光ってる)
何も言ってはいないがヴォイドの表情がそう語っている。
ナイザーが顔を覆った。
「…ヴォイド様から目を離してはいけない」
やがて。
中央。
最も巨大な建物へ到着する。
白。
黒。
金。
蜘蛛模様。
塔。
豪華というより、狂気だった。
案内された応接室。
広い。
柔らかい絨毯。
豪華な絵画。
魔族。
風景。
戦争。
全部、高価な額縁入り。
クロルが絵を見る。
「これ売ったらいくらだ?」
ディスナイズが即答する。
「国が買えますね」
クライムが吹き出した。
その時。
蜘蛛娘達が先に入室する。
静か。
脚音無し。
その後。
空気が変わった。
全員の視線が、入口へ向く。
女。
黒。
高級生地。
和装。
だが。
十二単のように重ねられた異様な服。
袖。
薄い。
向こうが透ける。
顔にも黒布。
それでも。
美しいとわかった。
妖艶だった。
そして。
“目”。
蜘蛛娘達は多眼だった。
普通の目。
さらに横目。
だが。
この女は違う。
赤い宝石のような瞳。
その周囲。
額。
頬。
首。
腕。
手の甲。
青い宝石のような眼。
生きていた。
瞬きする。
別々に動く。
右頬の目がナイザーを見る。
首の目がディスナイズを見る。
手の甲の目がクロルを見る。
そして。
額の目だけが。
ずっと。
ヴォイドを見ていた。
静寂。
マダムが口を開く。
「まあ……」
鈴のような声。
だが。
どこか冷たい。
「本当にこんな短時間で来られたのね」
その一言。
ディスナイズの目が細くなる。
(まず移動速度を確認するか)
マダムは微笑んだ。
「歓迎するわ」
「ヴォイド王」
「そして――」
青い眼達が、一斉にオーガ達を見る。
「ようこそ」
「欲望の国、スパイダーウェブへ」




