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お手紙

オーガ国。


魔王騒動より、約一ヶ月後。


国は大きく変わり始めていた。


丸太を積み上げただけだった外壁は一度解体され。


新たな城壁工事が始まっている。


ドワーフ職人の指示が飛び、若いオーガが走り回る。


鍛冶区画。


食料庫。


住居区。


見張り台。


道。


オーガ達は、ようやく“国”を作り始めていた。


そんな昼。


見張り台の若いオーガ兵が、慌てた声を上げた。


「北門!!」


「誰か来るぞ!!」


土煙。


二つ。


いや。


二人。


人影。


走っている。


走ってはいるが普通に歩くより遅い。


いや。


転がるように進んでいた。


門前。


若いオーガ兵達が武器を構える。


だが。


近づくにつれ、様子がおかしいことに気づく。


痩せている。


ボロ布。


裸足。


血だらけ。


片方は獣人。


もう片方は人間だった。


二人は門へ辿り着くと、

その場へ崩れ落ちた。


「た……の……」


息が切れている。


背中。


そこを見た瞬間。


若いオーガ兵達の顔色が変わった。


焼印。


いや。


文字。


背中全面へ、びっしりと刻まれている。


赤黒く焼け爛れた皮膚。


その上へ。


契約印。


番号。


紋章。


そして。


文章。


オーガ兵の一人が、震える声で読み上げる。


「……スパイダーウェブ統括支配人」


「マダム ドーメック=グランチョより……」


周囲が静まり返る。


さらに下。


『友誼を結びたく候』


『加えて相談あり』


『こちらへ来訪願いたい』


『なお、使者の命については契約保証済』


空気が凍る。


保証済。


荷物のようだった。


ナイザーが現れる。


背中を見る。


表情が消えた。


「……誰がやった」


獣人の男が、苦しそうに笑う。


「契約……です」


「これで……家族が……助かる……」


若いオーガ兵が叫ぶ。


「こんなのまともじゃねぇ!!」


だが。


人間の使者は、

必死に首を振った。


「違う……」


「払われる……」


「ちゃんと……払われる……」


「だから……」


そこまで言って。


崩れる。


ユリが現れた。


無言。


背中を見る。


焼印。


周囲の皮膚から数十日経ったものとわかる。


ユリの顔から、表情が消える。


メントが遅れて到着する。


状況を見る。


そして。


静かに武器へ手をかけた。


「……どこの国だ」


ディスナイズが後ろから答える。


「賭博国家スパイダーウェブ」


「中央山脈を越え」


「さらに砂漠を越えた先」


「魔族領北部最大の経済国家です」


リナイズが、興味深そうに焼印を見る。


「ほぅ……」


「人手紙ですか」


若いオーガ兵達がざわつく。


「人手紙……?」


ニズムが静かに説明した。


「奴隷」


「債務者」


「契約者」


「そういった者へ、直接情報を刻み込む文化です」


「逃亡防止」


「契約保証」


「所有権表示」


「向こうでは珍しくありません」


空気が悪くなる。


ナイザーが吐き捨てた。


「クソみてぇな国だな」


だが。


獣人の使者は、弱々しく笑った。


「でも……」


「仕事は……仕事だ……」


「五人で出た……」


「二人……着いた……」


「行くに……決まってる……だろ……」


そのまま倒れた。


気絶。


若いオーガ達が、完全に黙る。


そこへ。


重い足音。


ヴォイドだった。


周囲のオーガ達が道を開ける。


ヴォイドは、倒れた二人を見る。


焼印を見る。


ゆっくり近づく。


そして。


焼けた背中へ、そっと触れた。


誰も喋れなかった。


ヴォイドは怒鳴らない。


叫ばない。


ただ。


静かだった。


その静けさが、逆に怖かった。


メントが低く言う。


「ヴォイド様」


「向かいますか」


ヴォイドは短く答えた。


「……ああ」


若いオーガ兵達が、

一気にざわつく。


「行く!?」


「砂漠越えですよ!?」


「遠すぎる!!」


「敵国なのかもしれない!」


ディスナイズが地図を広げる。


「通常移動で片道二十日前後」


「中央山脈を突破後、寒冷高原」


「さらに北砂漠」


「補給地点は少ない」


ニズムが続ける。


「ですが価値はあります」


「世界最大級の物流国家」


「情報」


「金貨」


「契約市場」


「魔族領外交」


「すべてが集まる場所です」


リナイズが笑った。


「あと、めちゃくちゃ面白い国ですよ?」


「一晩で王になる奴もいれば」


「次の日には奴隷になる」


「酒場で国境線が決まったり」


「賭場で暗殺依頼が成立したり」


若いオーガ達が嫌そうな顔をする。


「怖ぇよ」


「意味わかんねぇ……」


メントが腕を組む。


「殴っていいのか?」


ニズムが即答した。


「ダメです」


「この国では、暴力より契約の方が強い」


「場合によっては、殴った側が全部奪われます」


若いオーガ兵達が青ざめる。


「怖っ」


「何その国……」


ヴォイドは黙っていた。


その時。


獣人の使者が、うっすら目を開ける。


血だらけの顔。


震える声。


「……マダムが……」


「会いたがってる……」


「面白い……って……」


そこで再び意識を失った。


静寂。


風が吹く。


遠く。


北。


山脈の向こう。


さらにその先。


砂漠。


そして。


賭博国家スパイダーウェブ。


金。


欲望。


契約。


嘘。


歓声。


悲鳴。


すべてが渦巻く街。


その最上階。


巨大な窓の前。


長い脚を組み。


煙管を咥えた女が、ゆっくり笑っていた。


マダム・ドーメック=グランチョ。


机の上。


ヴォイドの映像。


悪魔を殴り潰す姿。


魔王と戦う姿。


マダムは笑う。


「ふふ……」


「面白い男」


赤い瞳が細くなる。


「早く来なさいな」


「退屈してるのよ」


背後。


無数の蜘蛛糸が、

都市全体へ広がっていた。

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