慰霊碑
カルトマイコン部隊を送り届けるより前。
オーガ国北方。
さらに北。
山岳地帯。
冷たい風が吹き抜ける岩場を、ヴォイドは一人歩いていた。
足音。
遠くに見える雪。
ごつごつした岩場。
巨大な体躯が進むたび、山道が軋む。
その日は、戦場を探していた。
魔王候補ジュワカボースとの、“戦闘”のための場所。
森。
街道。
山。
いくつもの場所を見て回り。
そして。
ヴォイドは、ある場所で足を止めた。
巨大な岩。
ヴォイドに何か惹かれる気持ちが芽生えた。
自分の背丈ほどもある。
半ば地面へ埋まり、長い年月をそこに在り続けたような岩だった。
ヴォイドは、しばらくそれを見ていた。
静かに。
何も言わず。
やがて。
岩へ手を伸ばす。
指が食い込む。
地面が軋む。
ゴゴゴゴゴ……
岩盤ごと、大地が持ち上がった。
山鳥が飛び立つ。
木々が揺れる。
そして。
ヴォイドはその巨大岩を、ゆっくり肩へ担いだ。
そのまま。
歩く。
ただ歩く。
山を下り。
川を越え。
森を抜け。
オーガ国まで。
巨大岩を担いだまま。
途中。
狩り帰りの若いオーガ達が、その姿を見て凍りついた。
「ヴ、ヴォイド様……」
「山持ってる……」
「いや岩だろ」
「いやどっちでも怖ぇよ」
オーガ達がざわつく。
ヴォイドは答えない。
そのまま歩く。
国へ戻る頃には、かなりの騒ぎになっていた。
「ヴォイド様が山を持って帰ってきた!」
「山じゃねえ岩だ!」
「どっちでもいい!」
ナイザーが額を押さえる。
「また始まった……」
ユリは目を輝かせていた。
「ヴォイド様、ヤマモチカエッタ」
昼番のナイザーは、しばらく黙って岩を見る。
「何するんです?」
ヴォイドは短く答えた。
「……墓」
その一言で、周囲が静かになる。
ヴォイドは、国の中央広場近くへ岩を置くと。
今度は素手で、その岩を削り始めた。
拳。
掌。
指。
岩が砕ける。
削れる。
粉が舞う。
若いオーガ達が、遠巻きに見ていた。
「鍛錬……か?」
「違うだろ」
「でも岩削ってるぞ」
「素手で……」
やがて。
形が見えてくる。
縦長。
滑らかな面。
石碑。
誰かが呟いた。
「お墓……」
空気が変わる。
オーガ達は知っている。
今回の戦争で、多くが死んだ。
人間も。
聖騎士も。
冒険者も。
ヴォイドは、何も言わない。
ただ削る。
黙々と。
その姿を見て、若いオーガ兵達の顔色が変わっていく。
「ヴォイド様……」
「敵まで弔うのか……」
「だから背負っていたのか……」
完全に勘違いしていた。
だが。
誰も否定しない。
————————
そして。
魔王との“決戦”翌日。
巨大悪魔との戦闘跡地。
大地には、未だ巨大な穴が残っていた。
ヴォイドは、完成した石碑を一人で担いでいた。
若い兵士達が駆け寄る。
「ヴォイド様!我々も運びます!」
だが。
ヴォイドは首を横へ振る。
「……これは」
少し間を置く。
「……俺が背負うものだから」
静寂。
誰も何も言えなかった。
ヴォイドはそのまま歩く。
巨大石碑を担ぎ。
戦場跡へ。
穴の中央。
そこへ。
ゆっくりと石碑を立てた。
ズゥゥゥン……
重い音が響く。
風が吹く。
周囲のオーガ達が、自然と頭を下げていた。
その時だった。
遠く。
北の山。
ほんの僅か。
山肌が動いた気がした。
だが。
誰も気づかない。
ヴォイドだけが、一瞬そちらを見た。
しかし。
何も言わなかった。
代わりに。
後ろへ立っていたナイザーを見る。
「……文字」
ナイザーが目を細める。
「俺が?」
ヴォイドは頷く。
しばらく考え。
ナイザーは石碑へ手を添えた。
短剣を抜く。
カリ……カリ……
石へ文字を刻み始める。
静かな音。
やがて。
文章が刻まれた。
『此処に眠るは、敵味方を問わず、
戦いに散った者達の魂である』
『その勇を忘れるな』
風が吹く。
オーガ兵達が、静かに拳を胸へ当てた。
ヴォイドは、しばらく石碑を見つめ。
そして。
何も言わず、踵を返した。
その背中を見ながら。
若いオーガ兵が呟く。
「……やっぱり」
「ヴォイド様って、すげぇよな」
誰も否定しなかった。




