カルトマイコン講和条約
※100話目!
宗教国家カルトマイコン。
中央大神殿。
その最奥。
巨大な円卓を囲み、
重苦しい沈黙が広がっていた。
高位司祭。
枢機卿。
各地の大司教。
そして。
オーガ国より派遣された三智将。
ディスナイズ。
リナイズ。
ニズム。
背後には、
五武人とオーガ兵達。
さらに。
敗残した聖十三字軍の生き残り達もいた。
空気は重い。
誰もが理解していた。
本来なら。
ここは、
“降伏文書”が置かれる場だ。
だが。
宗教国家カルトマイコンは、
それを認めなかった。
円卓の最上席。
枢機卿が口を開く。
「まず」
「この度の悲劇的衝突において、
失われた命へ祈りを捧げる」
静かな声。
だが。
その目だけは死んでいない。
「今回の件は、我々宗教国家カルトマイコンによる、
亜人地域への調査活動の延長において発生した、不幸な武力衝突である」
空気が張る。
「我々はオーガを、魔族ではなく“亜人種”として再定義する」
ざわめき。
司祭達が顔を上げる。
「よって」
「此度の出兵は、亜人地域への指導、および治安維持行動であった」
オーガ兵達が無言で聞いている。
「双方に、悲しい行き違いがあった」
「実に痛ましいことだ」
枢機卿は続ける。
「だが」
「これは敗北ではない」
その瞬間。
会議室の空気が凍った。
「たかだか、局地的衝突において後退しただけに過ぎん」
「カルトマイコンは健在である」
「継戦能力も失ってはいない」
「よって」
「賠償金の支払い、属国化、謝罪要求、それら一切を認めない」
沈黙。
誰も口を開かない。
ただ。
枢機卿だけが、必死に立っていた。
その姿は。
どこか。
転びそうになりながら、必死に威厳を保つ老人のようだった。
周囲の司祭達ですら、目を逸らしている。
その中で。
ディスナイズが静かに口を開く。
「承知いたしました」
あまりにも穏やかな声だった。
枢機卿が僅かに眉を動かす。
ディスナイズは続ける。
「我々としても、これ以上の流血は望みません」
「オーガ国は、貴国による“亜人国家認定”を受理いたします」
ざわめき。
あまりにもあっさりしていた。
もっと要求される。
誰もがそう思っていた。
だが。
オーガ達は。
気にしていなかった。
リナイズが小さく肩を竦める。
「土地と民が守られれば、こちらとしては十分ですよ」
「ねぇ?」
五武人達が頷く。
ニズムは書類へ視線を落としたまま言う。
「周辺地域からの撤兵確認後、我々も撤収を開始します」
淡々。
あまりにも淡々としていた。
それが逆に。
この場にいる全員へ、圧力となっていた。
誰も。
“勝者らしくない”。
なのに。
圧倒的だった。
枢機卿が机を握る。
血管が浮いていた。
だが。
それ以上は何も言えなかった。
その時。
後方で、小さな声が上がる。
「首輪は……」
聖女ダラクだった。
首元。
魔力封印の首輪。
ジシレ。
コースイ。
魔法使い達。
皆、同じものを付けられている。
オーガ側は、外し方を知っている。
だが。
誰も動かなかった。
ダラクが恐る恐る聞く。
「外して……いただけないのでしょうか……」
静寂。
リナイズが、少しだけ困った顔をした。
だが。
答えたのはニズムだった。
「枢機卿様のお考えなので」
冷たい声。
それだけ。
ジシレが俯く。
コースイが歯を食いしばる。
ダラクは、静かに目を閉じた。
理解してしまった。
オーガ達は。
復讐しているわけではない。
ただ。
責任を返しただけだ。
自分達が、首輪を付けた。
だから。
外すかどうかも、自分達で決めろ。
そういうことだった。
会議終了後。
大神殿外では、大量の負傷者搬送が続いていた。
女騎士オーレナイは、机へ向かったまま手と首を動かす。
羊皮紙。
報告書。
死亡者一覧。
行方不明者。
避難区域。
支援要請。
山積みだった。
「隊長!」
「東区で食料不足です!」
「南通りで暴動未遂!」
「孤児院が足りません!」
次々飛ぶ報告。
オーレナイは頭を押さえる。
考える暇など無い。
だから。
動く。
「炊き出しを増やせ!」
「神殿備蓄を開放!」
「負傷兵は北棟へ!」
「子供を優先しろ!」
叫ぶ。
走る。
また書類。
ふと。
机の端に置かれた紙が目に入った。
“副魔王ヴォイド”
その文字。
オーレナイは数秒だけ止まり。
そして。
紙を裏返した。
「……今は後だ」
呟き、再び仕事へ戻る。
広場では。
聖女ダラクが、静かに空を見ていた。
隣にはジシレ。
コースイ。
ダラクが小さく言う。
「私は……旅へ出ようと思います」
二人が顔を上げる。
「聖女として、私はあまりにも世界を知らなかった」
「明るい場所しか、見ていなかったのです」
首輪へ触れる。
「力を失った今だからこそ、見えるものがある気がします」
ジシレが何か言おうとする。
だが。
言葉にならない。
ダラクは、少しだけ笑った。
「新しい聖女候補へ、役目を譲ろうと思います」
「私は……」
「もう少し、世界を知りたい」
風が吹く。
遠く。
オーガ軍が撤収を始めていた。
静かだった。
叫ばない。
奪わない。
笑わない。
ただ。
黙々と帰っていく。
荷車。
武器。
負傷兵。
死者。
全てを運びながら。
広場の人々が、道の端からそれを見る。
怯える者。
祈る者。
泣く者。
頭を下げる者。
だが。
オーガ達は、誰も見ていなかった。
先頭。
ディスナイズが歩く。
「外交はさらに面倒になりますね」
ニズムが答える。
「ですが抑止力としては十分です」
リナイズは、後ろを振り返った。
崩れた街。
泣いている子供。
疲弊した人々。
静かに目を伏せる。
「……戦争は嫌いなんですよ」
その時。
若いオーガ兵が駆け寄る。
「三智将様!」
「ヴォイド様、本当に副魔王になるんですか!?」
周囲のオーガ兵達も耳を立てる。
リナイズが笑った。
「さぁ?」
「でも、ヴォイド様なら何やっても驚かないでしょ」
オーガ兵達が笑う。
空気が少し和らぐ。
一人の若いオーガ兵が布を広げ、何かを置いていく。
そのまま。
巨大な軍勢は去っていく。
まるで。
嵐が通り過ぎた後のように。
そして。
広場の隅。
小さな子供が、地面へ置かれていた干し肉を見つけた。
母親が慌てて止める。
だが。
子供の腹が鳴った。
しばらく沈黙し。
母親は震える手で、その干し肉を拾う。
涙を流しながら。
小さく。
「……いただきます」
と呟いた。
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