No.17 本日のレクチャー『短時間で効率的、経済的な殲滅戦のやり方』
ノートとユリンがバルバリッチャに示唆された場所に向かうと、そこには小さな丘があった。
一見普通の丘に見えるが、丘の四方には妙に窪んだ場所があり野盗がウロウロしている、と言うのはノートから隠蔽状態になれるバフをもらい上空から軽く偵察したユリンの情報である。
「あの丘の窪みから丘の内部に入れるみたいだよ。中に基地でも作ってるんじゃないかな?」
「そうか、野営してる訳じゃなくていきなり本拠地にぶち当たったのか。これは叩き潰せば結構美味しいぞ。全滅ボーナスとかあったはずだ」
「だね、あと逃げられてもつまらないししっかり殲滅しちゃおう!」
「やるとすれば———————で、———————の方がいいだろ?」
「ならボクは———————」
野営奇襲から本拠地殲滅に作戦を移行し、ノート達は10分程話し合い作戦を決める。
◆
「(よし、ボクの準備はOK。では早速…………)」
作戦決定後、対象を隠蔽状態にする闇系魔法をノートよりかけてもらったユリンは静かにそして素早く丘の裏手に回り、森の中からで警備役らしき野盗がウロウロしている窪みをジッと注視する。よくよく目を凝らすと、そこにはわかりづらい色でドアが設置されていた。
ユリンが少しの間待機していると、警備交代のタイミングだったのかその固く閉ざされていたドアが開く。その瞬間、投擲スキルを使いながらタナトス作成の毒瓶をユリンは全力投球。ガシャーン!とガラスが派手に割れる音がすると、一拍間をおいて「敵襲ー!」と言う叫び声が上がり、野盗がワラワラと出てくる。
そのタイミングでユリンはもう一個のアイテムを投擲。ガチャの玉のような物がその出入口付近に狙い通り落下すると、玉は勢いよく炸裂し中にぎちぎちに詰められていた白い糸が爆散する。
「うわぁ、なんだこれ!?」
「触るんじゃねえぞ!張り付いて取れなくなる!」
「くそぅ!うまく切れねえ!剣が張り付いちまう!」
「だれか油と火ぃもってこい!」
それはアテナの作ったトラップアイテム。
ガチャのような玉は衝撃を与えると炸裂し、その中に込められていたアテナの作り出す強力な粘糸が周囲に撒き散らされて身動きが取れなくなるのだ。それを先程の出入口の様な狭い空間で爆散させると即席の粘着質な壁にすら成りえる。
外にいた見張りの野盗もその巻き添えを食らって動けなくなっており、ユリンはついでと言わんばかりにそれを投げナイフのヘッドショットで瞬殺しておく。
まるで特殊部隊の様に速やかに移動を開始するとユリンは未だ維持されている隠蔽状態で出入り口の近くまで直行。そこに大掛かりなもう一つの罠を設置していく。そしてその罠を設置し終わった瞬間を狙いすましたように、丘内部から叫び声が聞こえてくる。
「敵襲ーーーッ!敵襲ー!北口より突如スケルトンが大量発生、その数200です!」
「200だと!?」
「ビビんな!たかがスケルトンだ!すぐに粉屑にしてやる!」
ドタドタと慌ただしい足音が響く中、蜘蛛の巣壁をあっさり放置していなくなった野盗たち。予想外の展開にユリンは首をかしげるが、むしろ状況は好転していることを確信し、蜘蛛の巣の壁をスキルで破壊し中に入った後に再設置。ユリンはこうして予定外なレベルであっさりと丘内部に侵入した。
◆
「あらら、すんげぇすんげぇ」
丘の北側に小手調べとして適当にスケルトンを大量召喚したノート。だがそのスケルトンの実態はただの虚仮威し。MP消費が格段に少ない代わりに制御も全くできない案山子でしかないのだが、野盗たちは面白いようにそれにつられスケルトンに立ち向かっていく。
そして残りが少なくなったところで再び200のスケルトンを召喚。しかも数体は案山子じゃない奴を紛れ込ませる悪質なドッキリも仕掛けておく。
野盗たちはがむしゃらにスケルトンを倒していくが、野盗でも色の違う“上質なボロ布”を纏った指揮官のような野盗たちは「森の中にネクロマンサーが隠れているはずだ、探せー!」と叫んでいる。
「(NPCにしては知恵が回るな。感知能力は思ったより低くて助かったが)」
野盗の数が100を超えスケルトンの壁を突破し、彼らが森に入ってきたあたりでノートは作戦を次の段階へ。
あらかじめ木の影にインスタント召喚し待機させていた4体のバーサークファングスケルトン(シールドファングスケルトンの大剣持ちバージョン)に攻撃命令を出した。
バーサーク系は指示がほぼ通らず敵を見つければ無差別に暴れまわる厄介なMOBだが、そのかわり基礎ステータスは目を見張るものがあり、そのコストにしては恐ろしい殲滅能力を持ってしてたったの四体で100人以上いる野盗を押し込んでいく。
「間違いない!木の奥に大元がいる!其奴を叩き潰せ!」
だが野盗も必死の抵抗を見せ、バーサークファングスケルトンを拠点に近づかせず、魔法を使える野盗たちが遠距離からダメージを蓄積させていく。
「よぉし、このままーーーー!」
このままいけばどうにか倒しきれる。状況は悪くはない。野盗どもの表情も絶望感は一切なかった。だが高揚した野盗の頭から水を被せるような声が丘内部から響く。
「敵襲ーー!南口より敵1人侵入!1人だがとんでもなく強えぞ!」
「(あれ?ユリンがもう侵入した?随分早いな。ま、やることは変わらんか)」
ノートはその侵入者がユリンであると当たりをつけ、次の召喚をする。
丘の東側と西側の両サイドに同時に巨大な魔方陣が出現。バーサーク化した犬のゾンビが各50体ずつ召喚され、手薄となった丘の窪みめがけて我先にと突撃していく。
「うわぁ、ゾンビが、くるなぁ!ア゛ーーーーーーーーー!」
見張りをしていた野盗たちは数の暴力で手も足もでず。野盗は一瞬で喰い殺され、どんどん犬型ゾンビは迷路のような丘内部へ侵入していく。
「(よしよし、突破口ができた…………あれ?反応が消えていくな。中に残ってる方がやっぱり強いか) 」
死霊術師は自分で召喚した死霊の位置や残数をザックリと把握できる。術士と死霊が近いほどそれはより精度が高くなり、遠ければ精度は落ちる。だがどういうカラクリか、ノートは丘内部の犬ゾンビの動きを精細に把握できていた。お陰で丘内部の構造もザックリ把握できた訳だが、分散した犬ゾンビは次々と各個撃破されて反応が消失していく。
「(瞬殺されたのと少し時間が空いて死んだのがいるから、強い奴だけじゃなくてトラップでもあるのか?うーん、もう一波いくか)」
MPの残量を見つつ再び50ずつ召喚し突っ込ませるが、結果はあまり変わらず。その段階で漸く北側で奮戦していた野盗たちに犬ゾンビが丘内部に既に侵入して暴れていることが伝わる。彼らはドタドタと慌てて丘内部に引き返そうとするが、丘の出入り口に巨大な魔方陣が展開し、鎧を着た巨大なメタリックスケルトンの上半身のみが現れてその巨腕を振るう。
後衛だったはずの魔法使い型の野盗たちはその一撃で全滅。魔法の脅威から解き放たれたバーサークファングスケルトンは、HPが減れば減るほど逆に強化されていく効果をバーサーク系の魔物はもっているので、瀕死状態のバーサーク系アンデッドが暴れ出したら普通の野盗では止められず、再び一方的に蹂躙される。
「くそっ、術士はどこだ!?なんで丘の近くに直接召喚できるんだ!?」
「術士を探せ!じゃねぇと殺されるぞ!」
だが彼等の奮闘むなしく、5分もしないうちに北口の100人程度の野盗は全滅。召喚時間限界でバーサークファングスケルトンも消滅する。
「(術士を探すところまでは良かったけど、ま、わかる訳ないよね)」
ノートはのうのうとマナポーションを数本呷りMPを回復させておき、東側と西側に新たな死霊を召喚する。それも簡易召喚ではない本召喚の死霊だ。
2つの魔法陣から現れたのは、黒い鍵爪と蛇革の革鎧を装備したラミア型のスケルトンだ。
「(グラプララミアスケルトン…………少し異色の死霊に思えるが、どうなるかな?)」
ラミアのスケルトンはスルスルっと窪みに潜入。途端に丘内部から断末魔が響き始める。それに犬ゾンビ以上のスピードで内部を這っていく。
犬ゾンビによって判明しているトラップありの可能性が高い場所は避けるように指示しながら(死霊はよほど離れていなければ心の中で命じるだけでも命令は通る。そのかわり命令に対する反応速度が少し落ちる)ラミアを暴れさせていると、タタタタと“駆け上がる”足音がする。
「ノート兄、南側は準備おっけーだよ!」
胡座をかいて余裕の表情のノートに後ろから飛びついたのはユリンだ。ノートとユリンが“見下ろす”のは南側。中にいた野盗たちが我先にと逃げだし…………バラバラになって死んでいく。
「待て待て押すな!ここに何かあっ」
「止まれ!とま」
漸く野盗達が我に帰る頃には、バラバラ死体の山積みがポリゴンになって舞い上がる光景を目撃するのである。
「なんだこれ!?」
「北だ!北から逃げれば……!」
だがそこで窪みからヌッとラミアが入り口を塞ぐように現れた。
「畜生!やってやらー!!お前ら続けー!」
そして彼らは絶望的な戦いに身を投じることとなる。