告白する
この世界には魔法が存在する。
その存在起源や理由については詳しいことは解明されていないし、現在も調査研究は続けられている。魔法は個々の人間に一つだけ授けられた、神の贈り物とでもいえる特別なものだ。炎の魔法を使う者、水の魔法を使う者、あるいは時空を歪めるほどの強大な魔法を使う者。その種は数えきれたものではない。
かといって、魔法を使える者、つまり魔法使いが、魔法を使えない人間より優っているかといえば、そうでもない。一人が一つの魔法しか使えない以上、弱点は必ずある。ゆえに魔法使いは世界にとって脅威でもあり、弱者でもある。
と、そんな大前提はさておいて。そんな魔法世界の一国、レーゲンバーグ王国の第一皇子であるカイは、珍しく城から外に出向いていた。
今まで城の外から、というより自室から滅多に出ようとしなかった彼は、とある教育係によってその内向的な性格を随分変えることができた。勿論すべてが教育係のお陰ではないのだが、彼女の役目における功績は、彼を前進させるには充分な力を発揮したことだろう。
とはいえ、幾ら前よりも前向きな性格になれたとはいえ、気軽に外を出歩けるまでの勇気を手にしたわけではない。彼は内心、まだ怯えていた。自分の知らない外の世界はいつだって恐いものだ。
ましてや、たった一人で外を出歩いているのだから。
「やっぱり帰るか……いや、さすがにここまで来た以上は……」
人に聞き取れないほど小さな声で葛藤しながら、国民で賑わう城下町を歩いていく。ちなみに周りの国民は皆、町を一国の王子が歩いているなどと思いもしないだろう。足までの長さのマントを羽織り、頭をすっぽりとフードで覆うこの少年を、誰も王子だなんて思わないだろう。
これはいわゆるお忍びというものだ。
この平和な国で正体を隠す必要は恐らくないだろうが、なるべく注目されるのを避けなければいけなかった。単なるお忍びではない、誰にも知られてはいけないのだ。
そう、誰にも。城の者にも一切知られてはいけない、カイだけの秘密である。
つまるところ、彼は城から逃げ出してきたのだ。今頃、城では王子が失踪したと慌ただしい様子になっているに違いない。下手をすれば、すでに捜索部隊が町まで進行しているかもしれない。そんな状況下で今、国民に素性が割れようものなら、すぐにでも兵士達に情報が行き渡ることだろう。
見つかれば、きっとしばらくは外に出ることは困難になる。
そもそもなぜ一国の王子であるカイが一人、城を抜けて町を歩いているのか。その理由は、周囲にとっては小さな理由かもしれないが、彼にとっては重大な使命だった。
運命の人を見つけるのである。
城からだいぶ離れた閑静な街並み。城下町ほどの活気はなく、店も少ない代わりに人々の住居地が寄り集まっている。国境付近でもあるこの町に足を踏み入れることはあまりない。
運命の人を見つける、なんて壮大な目標を抱えてはいるが、実際心当たりはない。覚えているのは顔と名前、そして声といった、外見的な情報のみ。あまりに必要条件が足りていないのは熟知しているが、何も行動せずに待っているには、あまりに時間が掛かりすぎる。
そもそも、どうして急に運命の人を見つけるなどと決意したのか。それもまた、おとぎ話のような生暖かい理由とは程遠いものだ。
つい先日、カイのもとに再び縁談の話が届いたからだ。
以前会いに行った縁談の相手は、不本意とはいえ容姿も整った王女だった。しかし性格の不一致やその他諸々の事情で、縁談自体は白紙と化してしまった。
お互いの性格に関しては致し方ないことだが、しかしカイも年頃の王子。いつまでも嫌々と駄々をこねている場合ではない。いずれは王の座を継ぐ者として、妻がいないというのは王族的に問題があるのだ。
そこで、新たに耳に入ってきた縁談の話に戻そう。
新たに飛び込んできた縁談に対して、やはりいい気分はしないものの、以前の失態もあるので話だけは聞くことにした。なんでも、遠方の秘境の先にある王族の家系の女性らしい。歳も近いというし、容姿はわからないが悪い話ではないとのことだった。
だが、問題がある。問題視しているのは容姿だけではない、それ以前に一つ、大きな問題があった。
カイにはすでに、好きな人がいるのだ。
「勝手に飛び出してきたのはいいけど……国にいるのかどうかもわからないってのに、どうやって探せばいいんだよ」
無責任な自分の行動に怒りを覚えつつ、ただ歩き続ける。
縁談の前に運命の人を探してしまえば、この縁談もまた破棄されるはずだ。あとは王子の権限を使ってどこまでも押し通せばいい。自分には愛している人がいるのだと。
こんな無謀な探し方をしなくとも、兵を使って探すことだってできる。あるいは自分だけが使える魔法、召喚の魔法を使ってこちらから呼び寄せることだってできなくはない話だ。
しかし、そのどれも成功の確率が高いとはいえなかった。召喚魔法は以前何回か失敗しているし、思い人のために城の兵士を使うのも忍びない。
だから、自分の足で探すしかなかった。
必ず探すと決めた相手を、見つかるまで探すしかなかった。
さすがに無謀な計画に心が折れかけていた最中、目に入ったのは周りの建物より一際大きな建造物。
「……学び舎?」
周囲からは子供たちの声が聞こえ、それだけで楽しそうな雰囲気に包まれている。
城で一切の学習を教え込まれてきたカイにとっては無縁の世界に、少しだけ虚しさを感じながらも、なぜか自然と足は学び舎へと向かっていた。
子供なんて好きでもないけれど、自然と引き寄せられる感覚。まるでここに何かがある、そう告げられているような気がした。
建物は多少老朽化が目立つものの、しかし小汚さを感じさせない、子供が好きそうな造りだ。きっとここで幾人もの国民が物を学び、そして大人になっていったのだろう。
さすがに人目もあるため中へは入れなかったが、外から様子を覗いてみる。教室では何十人かの子供たちが、一人の教師を相手に真剣な眼差しで勉学に励んでいた。
そこでカイの目は一点に止まる。
思わず目を見張ったのは生徒達ではなく、彼らに教えを説く一人の教師だ。歳はまだ若く、新米教師だろうか。
その容姿に、表情に、声に、覚えがあった。
一度脳を支配した感情は常識など二の次で、気が付けばカイは外から教室の窓を開けていた。突然外から開けられた窓に、その場にいる大勢の瞳がこちらに向けられる。
教師の女性は、困った表情で恐る恐る声を掛けた。
「あの……どちら様ですか?」
突然フードを目深に被った少年が現れれば、驚かずにはいられないだろう。しかし、そんなことは今はどうでもいい。そんなことは、今は考える必要はないのだ。
今目の前にいる彼女は、ついこの前までカイの教育係として傍にいた彼女そのものなのだから。例え記憶がなくても、実際に面識などなくても、その事実は変わらない。
となれば、聞くことはただ一つ。
「あんた、名前は?」
「……アンナですけど。それより、あなた誰ですか?」
「俺はカイ。あんたを迎えに来た」
少し前の自分なら、こんな言葉を使う勇気もなかっただろう。
今だって勇気に溢れているかといえば、自信を持って否定できる。自分は臆病で捻くれ者で、王に向いているとは思わない。しかし、それでもいい。それでもいいと、彼女は教えてくれた。それが自分なのだから、受け入れるしかないのだ。
だからせめて、彼女にだけは小さな勇気を振り絞って伝えたい。
「好きだ、アンナ」




