第2話:狂気の合致
昨夜の悪夢の不気味な余韻を引きずったまま、影一は午前8時前にオフィスが入るビルの前に到着した。
だが、いつもと様子が違う。
ビルの前には数台のパトカーが赤色灯を無言で回転させ、黄色い立ち入り禁止テープが張り巡らされていた。
人だかりと野次馬のひそひそ話、そして物々しい警察官たちの姿。
「……え?」
呆然と立ち尽くす影一の肩を、同僚が青ざめた顔で叩いた。
「佐藤……知ってるか? 鬼塚課長が、死んだらしい」
「……は?」
「昨日の深夜、会社に残って一人で作業してたらしいんだよ。今朝、掃除の業者が第一発見者で……頭をめちゃくちゃに殴られてたって」
脳内で、昨夜見た夢がフラッシュバックする。
チラつく蛍光灯、ポマードの臭い、重厚なガラスの灰皿、そして手応えとともに響いた鈍い砕骨音。
影一の背筋を、激しい寒気が駆け抜けた。
(嘘だろ……? あれは、ただの夢だ。俺は自分の部屋で寝ていたはずだ)
昼過ぎ、全社員が近くの警察署へ任意の事情聴取のために集められた。
影一の順番になり、取調室に入る。担当の刑事が厳しい眼差しで影一を見つめていた。
「佐藤さん、昨日の深夜1時頃、どこにいましたか?」
「自分のアパートで寝ていました。終電で帰って、疲れていてすぐ……」
「鬼塚課長の推定殺害時刻は深夜0時半から1時半の間です。現場からは、凶器とみられるオフィス用のガラス製灰皿が発見されています。頭部を何度も強打されたことによる失血死です」
刑事の言葉が、ひとつひとつ影一の胸を抉る。
――深夜1時。
――現場はオフィス。
――凶器はガラスの灰皿。
――頭部への執拗な打撃。
すべてが、夢で見た光景と寸分狂わず合致していた。
「……あの、現場の防犯カメラとかは……」
影一が震える声で尋ねると、刑事は深いため息をついた。
「ビルの裏口の防犯カメラが、落雷の影響で昨夜は故障していたんです。犯人の出入りは確認できていません。佐藤さん、鬼塚課長から日常的に強い叱責を受けていたそうですね?」
「……ですが、僕は本当に家で寝ていました! アリバイなんて、一人暮らしだから証明できませんけど……!」
必死に訴えながら、影一は自分の右手を見つめた。
掌に残る赤紫色の鬱血痕。それは、夢の中で灰皿を死に物狂いで握りしめていた場所とまったく同じだった。
(俺は……本当に夢を見ていただけなのか?)
恐怖で胃が引きちぎられそうだった。
自分が寝ている間に会社へ行き、上司を殴り殺して、何事もなかったかのように部屋に戻ってベッドに入ったとでもいうのか。
その夜、アパートに帰った影一は、電気を消すことができなかった。
眠れば、また誰かを殺してしまうかもしれない。
だが、60時間を超える残業と尋常じゃない精神的ストレスで極限に達した脳は、影一の意思を容赦なく裏切る。
まぶたが猛烈に重くなり、視界が急速に暗転していった。




