過去そして時効
仕事中も、ひろの頭の中は夢のことでいっぱいだった。
パソコンを見ていても。
気が付けば、考えているのはあの二日間の夢だった。
なぜ、自分は記憶を失っているのか。
ケースケが死体で発見された、その前後だけが、ぽっかりと抜け落ちている。
六年生の記憶はある。
受験勉強をして、私立中学へ進学した。
ダイちゃんは県内一の不良校へ進んだ。
そして、お互い自然と疎遠になった。
……いや。
ひろは作業の手を止める。
違う。
「自然と疎遠になった」なんて、本当にそうだったか?
六年生になってから。
ダイちゃんと遊んだ記憶が、一度もない。
卒業式は?
最後に話したのは?
中学へ進学する前、何を話した?
思い出そうとするほど、頭の中に靄がかかる。
何も出てこない。
ダイちゃんは喧嘩っ早かった。
でも、優しい奴だった。
困っている子がいたら、真っ先に助けに行く。
そんな人間が、本当に県内一の不良校へ進むだろうか。
それも、何の理由もなく。
ひろは眉をひそめた。
何かがおかしい。
記憶がないんじゃない。
自分の脳が、一番都合のいい形に記憶を繋ぎ合わせている。
そんな、拭いきれない違和感だけが残っていた。
気づけば昨日のファミレスにダイちゃんを呼び出していた。
ダイちゃんは煙草をくわえ、ゆっくりと煙を天井へ吐き出した。
しばらく黙っていたが、やがて静かに口を開く。
「一年間。」
「取り調べ受けてたんだよ。」
「少年課に。」
ひろは息をのむ。
「……一年も?」
ダイちゃんは苦笑した。
「ああ。」
「『お前がやったんだろ。』ってな。」
「球技大会でケースケに食ってかかったの、俺だけだったから。」
ひろは何も言えなかった。
知らない。
本当に、何一つ知らなかった。
でも、一つだけ腑に落ちることがあった。
六年生になってから、ダイちゃんと遊んだ記憶がない。
ずっと「自然と疎遠になった」と思い込んでいた。
違う。
会えなかったんだ。
「……ごめん。」
ひろは俯いた。
「本当に、覚えてないんだ。」
ダイちゃんは首を横に振る。
「いいんだ。」
「お前は、ケースケが死んでから何か月も──。」
少し言葉を探すように視線を落とす。
「……心神喪失みたいな状態だったらしい。」
「俺も詳しくは知らねぇ。」
「でも、お前のお袋さんがそう言ってた。」
ひろはゆっくりと顔を上げた。
母さんが……?
胸の奥で、何かが音を立てて繋がり始める。
夢。
失われた記憶。
そして、母が電話で言った言葉。
『忘れな。思い出してもいいことないよ。』
あれは、事件を隠そうとした言葉ではなかった。
息子を守ろうとした言葉だったのかもしれない。
ダイちゃんの話を聞き、ひろは少しだけ腑に落ちた。
なぜダイちゃんが不良校へ進んだのか。
なぜ六年生になってから、一度も遊んだ記憶がないのか。
「自然と疎遠になった。」
そう思い込んでいた記憶は、自分の脳が勝手に作り上げた都合のいい答えだった。
事件が、二人を引き離したのだ。
しばらく沈黙が流れる。
ダイちゃんは煙草を灰皿に押しつけ、大きく息を吐いた。
「……そんなことより。」
真っ直ぐひろを見る。
「夢のことなんだけどよ。」
ひろも姿勢を正す。
ダイちゃんは少し考えるように視線を落とし、ゆっくりと言った。
「多分、僕らは勘違いしている。」
ひろは静かに切り出した。
ダイちゃんが眉をひそめる。
「勘違い?」
「ああ。」
ひろは真っ直ぐダイちゃんを見る。
「冷静になって考えてみてよ。」
「夢の中でケースケを助けたとして、それで何になる?」
ダイちゃんは言葉を失う。
「…………。」
しばらく考え込んだあと、小さくうなずいた。
「……確かにな。」
ひろは続ける。
「僕らがやるべきことは違う。」
「夢の中で、僕の失われた記憶を取り戻すこと。」
「そして。」
「犯人を見つけることだ。」
そう言ってスマートフォンを取り出し、ダイちゃんへ画面を向ける。
検索結果には、大きく表示されていた。
『殺人事件 公訴時効 十五年』
ダイちゃんは画面とひろを交互に見る。
ひろは静かに告げた。
「あと三か月しかない。」
その一言で、テーブルの空気が凍りついた。




