夢:夢の中での行動
鬱蒼とした森。
月明かりが木々の隙間から差し込み、白く地面を照らしている。
その景色がゆっくりと霞んでいく。
気が付くと、ひろは校舎の廊下に立っていた。
その先には、教室の扉に手をかけたケースケの姿。
隣にはダイちゃんが立っている。
二人は無言で目を合わせ、小さくうなずいた。
ゆっくりとケースケへ歩み寄る。
「ダイちゃん。」
ひろは小声で言う。
「何が聞こえても、早まった真似はしないでね。」
「記憶にないことをすると、夢が壊れる。」
「ああ。」
ダイちゃんも静かにうなずく。
「分かってる。」
二人はケースケの後ろまでたどり着いた。
教室の中から、子どもたちの声が聞こえてくる。
悪意はない。
だからこそ残酷だった。
「あいつがPK外したせいで負けたんだよ。」
「ちょっとカッコいいからってさ、『みんなで優勝しよう!』なんて言っちゃって。」
「転校生のくせに、リーダー気取りだったよな。」
教室中に笑い声が響く。
その瞬間だった。
ドンッ!!
凄まじい音とともに、教室の扉が吹き飛んだ。
「お、おい! ひろ!」
ダイちゃんが慌てて叫ぶ。
「何やってんだ!」
ひろは自分の足を見下ろいた。
扉を蹴り飛ばしていた。
「……しまった。」
思わず声が漏れる。
感情が先に動いてしまった。
この教室の中は、自分の記憶にない。
記憶にない場所へ踏み込んだ。
「やばい……。」
目の前の景色がぐにゃりと歪む。
床が波打ち、教室がゆっくりと溶け始める。
夢が壊れる。
その時だった。
ケースケがゆっくりと振り返る。
そして、ひろを見つめる。
優しく。
どこか安心したように。
微笑んだ。
「……えっ?」
サッカーボールに足を乗せていた。
ピーッ。
ホイッスルが鳴り響く。
「……なんだ?」
ひろは周囲を見回す。
校庭。
白線。
歓声。
試合中だった。
「おい! 山田!」
「来てるぞ!」
クラスメートの声で我に返る。
一瞬遅れた。
ボールを奪われる。
「何やってんだよ!」
「ぼーっとしてんじゃねぇ!」
観戦していた子どもたちからヤジが飛ぶ。
ひろは慌てて周囲を見渡した。
ダイちゃん。
どこだ。
見つけた。
ダイちゃんはベンチの前でビブスを脱ぎ、交代したばかりだった。
「え?」
ひろは思わず声を漏らす。
「ダイちゃん?」
「始まったばっかだよ?」
ひろもすぐに先生の方へ駆け寄る。
「先生! 交代!」
先生は怪訝そうな顔をしたが、試合を止めて交代を認めた。
ベンチへ腰を下ろす。
その瞬間、ダイちゃんが笑った。
「準決勝だな。」
ひろは苦笑する。
「ごめん。」
「だいぶ戻されたね。」
ダイちゃんは首を横に振る。
「いや。」
「これで分かった。」
「夢は先へ進むだけじゃねぇ。」
「過去にも戻れる。」
ひろは息をのむ。
記憶は一本道じゃない。
必要なら、何度でも遡れる。
ダイちゃんはニヤリと笑う。
「それと。」
「さっきはカッコよかったぜ。」
「ひろ。」
ひろは照れくさそうに笑った。
「夢壊しかけたけどね。」
「バカ。」
ダイちゃんは吹き出す。
「でも、お前らしかった。」
ひろとダイちゃんは校庭をゆっくり歩く。
夢のルールは分かっている。
記憶のない場所へ踏み込めば、夢は壊れる。
だから二人は、自分たちの記憶の範囲から出ないよう慎重に歩いていた。
「確か……。」
ひろは試合を眺める。
「ダイちゃんはフルタイムで出てるよね。」
「僕はどうだったっけ。」
ダイちゃんは吹き出した。
「この試合、負けたんだよな。」
「お前のせいで。」
「え?」
ひろは目を丸くする。
「そうだっけ?」
ダイちゃんは呆れたように笑う。
「忘れんなよ。」
「ひろが足つって交代したんだ。」
「司令塔がいなくなってさ。」
「あれから前線の俺に全然パスが来なくなった。」
「ああ……。」
ひろもようやく思い出す。
運動神経は決して良くなかった。
でも、不思議と周りだけはよく見えていた。
幼い頃から一緒に遊んできたからこそ、ダイちゃんがどこへ走るのかは考えなくても分かる。
「俺が走れば、お前が出す。」
「お前が持てば、俺が走る。」
それが当たり前だった。
球技大会では、二人の連携はクラスの鉄板だった。
ダイちゃんは照れくさそうに鼻をこする。
「まぁ、お前がいないと俺は何もできなかったけどな。」
ひろは笑う。
「嘘つけ。」
「お前が点取ってたじゃん。」
「点を取るだけならな。」
ダイちゃんは肩をすくめた。
「ボールが来なきゃ始まんねぇ。」
ダイちゃんの表情から笑みが消えた。
さっきまでの懐かしそうな空気が、一瞬で張り詰める。
「……そういや。」
ひろを見る。
「交代したあと、お前。」
「保健室行ってたよな。」
ひろも動きを止める。
「……。」
記憶をたどる。
足がつった。
先生に交代を言われた。
そのあと――。
そこから先が、思い出せない。
ひろはゆっくりとダイちゃんを見る。
ダイちゃんも同じことを考えていた。
二人は無言で顔を見合わせる。
「……行ってみるか。」
ダイちゃんが静かに言った。
ひろは小さくうなずく。
「うん。」
二人は歩き出す。
校庭から校舎へ。
昇降口に着く。
二人は運動靴を脱ぎ、靴下のまま校舎へ上がる。
ダイちゃんは脱いだ靴をその場に置いたまま歩き出そうとした。
「ダイちゃん。」
ひろが呼び止める。
「靴、持って。」
ダイちゃんは首を傾げた。
「夢なんだから、別にいいだろ。」
「いや。」
ひろは首を横に振る。
「多分、それがまずい。」
「え?」
「途中で絶対、靴のこと考え始める。」
「なくしたらどうしよう、とか。」
「誰かに持っていかれたら、とか。」
「そういう小学生らしい考えに引っ張られる。」
ダイちゃんは一瞬黙る。
そして、苦笑した。
「……確かに。」
「ありそうだな。」
「だから。」
ひろは自分の靴を手に取る。
「普通に行動しよう。」
「夢だからって、夢らしいことはしない。」
「現実と同じように。」
ダイちゃんは嫌そうな顔をしながら靴を拾い上げた。
「面倒くせぇ夢だな。」
「ほんとに。」
ひろは苦笑しながら答えた。
二人は靴を手に持ち、静かな廊下を歩き始めた。




