疑惑
ファミレス。
いつもの禁煙席。
三人はドリンクバーのグラスを前に、夢で得た情報を整理していた。
しばらくノートを見つめていたひろが、不意に口を開く。
「一つ。」
「ずっと引っかかってることがある。」
ダイちゃんと鈴木さんが同時に顔を上げた。
「二日目の夢。」
「ケースケを学校から連れ出して、駄菓子屋へ行った時。」
ひろはノートの一ページを指でなぞる。
「何で、あの時は歪まなかったんだろう。」
店内が静まり返る。
ダイちゃんが腕を組む。
「確かにな。」
「あれは完全に記憶にない行動だった。」
「違うよ。」
ひろは静かに首を横へ振った。
「あれは、僕の記憶だ。」
ダイちゃんと鈴木さんが、同時に目を見開く。
「え?」
ひろはダイちゃんへ顔を向けた。
「駄菓子屋に着いた時。」
「ダイちゃんは、ポケットから出したタバコを咥えながら歩いてきたんだよね?」
ダイちゃんは思い返すように目を細める。
「ああ。」
「そうだったな。」
ひろは続けた。
「でも。」
「体操服にポケットはないよ。」
一瞬の沈黙。
ダイちゃんと鈴木さんが、自分の記憶を確かめるように顔を見合わせる。
「あっ!」
二人の声が重なった。
ひろは大きくうなずく。
「そう。」
「僕がケースケ君を学校から連れ出した時。」
「夢は、そのまま球技大会の続きを作ったんじゃない。」
「あの瞬間に、場面が切り替わったんだ。」
ひろはノートの上を指でなぞる。
「球技大会の日から。」
「本当に僕とケースケ君が駄菓子屋へ行った日の記憶に。」
ダイちゃんは咥えようとしていたタバコを止める。
鈴木さんも驚いたまま、ひろを見つめている。
「だから景色は歪まなかった。」
「記憶にない未来へ進んだんじゃない。」
「僕の中に残っていた、別の記憶へ移っただけだったんだ。」
しばらく沈黙が続いた。
誰も口を開かない。
コップの中の氷が、最後の一つまで溶け切る。
カラン、と小さな音が店内に響いた。
その静寂を破ったのは、ダイちゃんだった。
「なあ。」
腕を組み、ひろを見る。
「俺らは、ずっと球技大会の日だと思ってた。」
「でも実際は、途中で別の日の記憶に切り替わってた。」
ひろは静かにうなずく。
ダイちゃんは続けた。
「じゃあ。」
「あれは、いつの記憶なんだ?」
ひろは少し考え込む。
そして、小さく首を横へ振った。
「分からないよ。」
その一言に、二人は黙って耳を傾ける。
「正直。」
「ケースケ君のことは、ほとんど覚えていないんだ。」
「夢を見るたびに。」
「少しずつ思い出しているだけ。」
ひろは苦笑する。
「だから、あの駄菓子屋の日がいつなのかも分からない。」
「ただ。」
「僕とケースケ君が、実際に二人で駄菓子屋へ行った記憶だった。」
「それだけは確信できる。」
再び沈黙が流れる。
夢は、失われた記憶を見せてくれる。
だが、その記憶がいつの出来事なのか。
それすら、自分たちで探していかなければならなかった。
「とにかく。」
ひろはノートを開いた。
「昨日の情報を整理しよう。」
二人がうなずく。
「何でもいい。」
「気になったことはある?」
鈴木さんは申し訳なさそうに首を横へ振る。
「正直……。」
「私は習い事へ行って、帰ってきただけだから。」
「何も収穫はないわ。」
ひろもうなずく。
「僕も同じ。」
「ダイちゃんとケースケ君が遊んでいるのを見ながら、日付を推測していただけだった。」
「四月十四日だと分かったのは収穫だけど。」
「だからといって、新しい事実が見つかったわけじゃない。」
三人は黙り込む。
やがて、ダイちゃんがぽつりと口を開いた。
「あいつさ。」
「あの時、言ってたよな。」
二人が顔を上げる。
「家に帰っても、誰もいないからって。」
ひろはその言葉を頭の中で繰り返す。
次の瞬間。
勢いよく立ち上がった。
「……っ!」
店内の視線が一瞬だけ集まる。
ひろは構わず言った。
「ってことは。」
「ケースケ君が不登校になった時も。」
「昼間は家にいなかった可能性がある?」
ダイちゃんとはっと目を見開く。
鈴木さんも息をのんだ。
「みんな。」
「ケースケ君は家に閉じこもっていたと思い込んでた。」
「でも、もし違うなら。」
ひろは静かに言葉を続ける。
「昼間、誰にも見つからない場所へ行っていた可能性がある。」




