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時効  作者: Patriot


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13/16

夢:合流

いつもの森。


木々の隙間から、月明かりが静かに差し込んでいる。


また、この森か。


意識がゆっくりと沈んでいく。


木の葉を踏む音。


木の枝を踏みしめる乾いた音だけが、静かな森に響いていた。



ひろはゆっくりと目を開く。


真っ先に首元へ手を伸ばす。


指先に触れたストラップの感触。


胸元には、見慣れたスマホが下がっていた。


「……よかった。」


思わず安堵の息が漏れる。


隣を見ると、ダイちゃんもまったく同じように首元へ手を伸ばし、スマホを確認していた。


目が合う。


二人は同時に吹き出す。


「考えること、一緒かよ。」


「そっちこそ。」


小さく笑い合う。


ひろは辺りを見回した。


「あれ。」


「鈴木さんがいない。」


教室を見渡しても、その姿はない。


ダイちゃんは腕を組み、少し考える。


「多分、習い事だろ。」


「放課後は、よく先に帰ってた。」


ひろもすぐにうなずく。


「……ってことは。」


「今は放課後だね。」


二人は教室の窓から外を見る。


夕日に染まり始めた校庭。


部活動へ向かう子どもたち。


そして、静かになり始めた校舎。


二人は無言で顔を見合わせた。


夢はまた、新しい記憶から始まろうとしていた。


教室を見回す。


黒板は、すでに日直によってきれいに消されていた。


日付も。


曜日も。


何一つ残っていない。


教室には、二人以外誰もいなかった。


ひろは小さくため息をつく。


「いつの放課後だ……。」


ダイちゃんも窓の外を眺めながら首をかしげる。


「職員室に行けば、カレンダーくらいありそうだけど。」


ひろはすぐに首を横へ振った。


「いや。」


「危ない。」


「問題は、あるかどうかじゃない。」


「僕たちが、この日に職員室へ入った記憶があるかどうかだ。」


ダイちゃんもすぐに表情を引き締める。


「……なるほど。」


「記憶がない場所に踏み込むのは危険か。」


ひろは教室の扉へ視線を向ける。


「行けるかもしれない。」


「でも、その瞬間に夢がどう反応するか分からない。」


「今は、確実に覚えている場所だけを辿ろう。」


二人は静かにうなずいた。


夢の中では、行ける場所ではなく、思い出せる場所だけが安全だった。


ひろはしばらく考えたあと、小さく口を開いた。


「鈴木さんと合流できれば。」


「最低限、曜日は分かるよ。」


ダイちゃんは一瞬きょとんとしたあと、ぽんと手を打った。


「そうか!」


「習い事!」


ひろはうなずく。


「習い事の曜日は決まってる。」


「鈴木さんなら、自分がどの習い事へ向かう日なのか分かるはずだ。」


「それだけで曜日を特定できる。」


「なるほどな。」


ダイちゃんは感心したように笑う。


だが、その笑みはすぐに曇る。


「……でもさ。」


「どうやって合流するんだ?」


ひろは口元を緩めた。


珍しく、自信ありげな笑みだった。


「中央公園だよ。」


「え?」


「学校から習い事へ行く時。」


「鈴木さん、いつも中央公園を通ってた。」


ダイちゃんは目を丸くする。


「お前……。」


「そんなことまで覚えてんのか。」


ひろは肩をすくめた。


「覚えてるんじゃない。」


「毎日、見てたからね。」


二人は顔を見合わせる。


行き先は決まった。


中央公園。


そこへ行けば、鈴木さんと合流できる可能性が高い。






二人は中央公園へとやって来た。


ブランコ。


滑り台。


砂場。


あの頃と何一つ変わらない景色が広がっている。


ひろは首から下げたスマホをぎゅっと握りしめた。


「ダイちゃん。」


「懐かしがるなよ。」


「スマホ、ちゃんと握っときな。」


ダイちゃんは呆れたようにひろを見た。


「お前さ。」


「自分の顔、鏡で見てから言えよ。」


「え?」


ひろはきょとんとする。


ダイちゃんは吹き出した。


「顔、引きつってるぞ。」


「必死すぎ。」


ひろはそこで初めて、自分の手が震えていることに気付いた。


スマホを握る手には力が入りすぎ、指先が白くなっている。


胸の奥から込み上げる懐かしさ。


ここで遊んだ記憶。


笑い声。


夕暮れ。


そのすべてが夢へ引きずり込もうとしてくる。


(だめだ。)


(飲まれるな。)


ひろはスマホをさらに強く握りしめた。


画面に映る黒いガラス。


それだけが、自分が二十五歳であることを繋ぎ止めてくれていた。


「……あそこ。」


ダイちゃんが小さく声を上げた。


公園のベンチを指差す。


夕日に照らされたベンチに、一人の少年が座っていた。


俯き、じっと地面を見つめている。


ひろとダイちゃんは顔を見合わせる。


言葉はいらなかった。


二人は同時に駆け出す。


足音に気付いた少年が、ゆっくりと顔を上げた。


「あ……。」


少し考えるように二人を見つめる。


「確か。」


「隣のクラスの……ダイちゃん?」


ダイちゃんは軽く手を挙げた。


「おう。」


少年は今度はひろを見る。


首を傾げ、困ったように笑う。


「あと。」


「いつも一緒にいる……。」


「……ごめん。」


「分かんないや。」


その顔を見て、ひろは確信した。


ケースケだ。


二人は自然に目を合わせる。


そして、小さくうなずいた。


(この日。)


(僕たちはケースケと会っている。)


それだけは間違いなかった。


夢はまた一つ、失われた記憶へと繋がっていた。


「何してんだ?」


ダイちゃんがベンチの前で足を止めた。


「こんなところで。」


ケースケは少し驚いたように顔を上げる。


それから、少し寂しそうに笑った。


「この時間は、家に誰もいないから。」


「お父さんもお母さんも仕事なんだ。」


「でも。」


「まだ友達がいないし。」


ケースケは公園を見回した。


「こうして座って、親が帰ってくるのを待ってる。」


ダイちゃんは少しだけ黙る。


そして、何かを決めたように笑った。


「じゃあ。」


「俺が友達になってやる!」


そう言って、ケースケへ向かって手を差し出した。


ケースケは目を丸くする。


やがて、その表情がゆっくりとほころんだ。


「……うん。」


小さくうなずき、その手を握る。


その光景を見つめながら、ひろの胸の奥で何かがほどけた。


(そうか。)


(こうやって。)


(たまに遊ぶようになったんだ。)


ケースケに友達ができるまで。


ダイちゃんは何度も、この公園へ来ていた。


失っていた記憶が、少しずつ繋がっていく。


そして、もう一つ。


忘れていた自分の気持ちも思い出した。


(あの頃の僕は。)


(ケースケと仲良くしなかった。)


ダイちゃんを取られてしまう気がしたから。


そんな子どもじみた嫉妬を、ずっと胸の奥に抱えていたのだった。


ダイちゃんとケースケが楽しそうに遊ぶ姿を、ひろは少し離れた場所から見つめていた。


頭の中で、ゆっくりと情報を整理する。


ケースケは、転校してきてすぐに人気者になった。


ということは。


これは、それまでのほんの数日間の記憶だ。


球技大会は五月の初め。


なら、この日は――


「四月上旬あたりか……。」


ひろが小さく呟いた、その時だった。


「四月十四日よ。」


聞き慣れた声が背後から聞こえる。


ひろは驚いて振り返った。


そこに立っていたのは、鈴木さん。


淡い色の着物姿だった。


首からは、しっかりとスマホが下がっている。


「ああ。」


ひろは思わず笑みを浮かべる。


「茶道の日か。」


鈴木さんはうなずいた。


「毎月十四日は、お茶のお稽古だったの。」


「だから、間違いない。」


ひろは感心したように息を吐く。


「曜日だけじゃなくて、日付まで特定できた。」


「大きな収穫だね。」


鈴木さんは少し得意げに微笑んだ。


「私にも、役に立てることがあるでしょ?」


その笑顔を見て、ひろも自然と笑みを返した。


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