本格的な作戦会議
ファミレス。
いつもの禁煙席。
ダイちゃんは落ち着かなそうに窓の外を眺め、何度も足を揺すっていた。
「……禁煙席って、やっぱ落ち着かねぇ。」
ぼやきながら、水を一気に飲み干す。
ひろと鈴木さんは苦笑した。
三人はドリンクバーの飲み物を前に、昨夜の夢を振り返っていた。
ひろがノートを開く。
「昨日分かったことを整理しよう。」
ダイちゃんは大きく息を吐く。
「ああ。」
「夢の中で推理するのは危険だ。」
「考えすぎると記憶に飲まれる。」
鈴木さんも続ける。
「それと、複数人の記憶が重なる場所は特に危ない。」
「早川先生と目が合った瞬間。」
「山田君、一気に引き込まれた。」
ひろはうなずく。
「あれは今までとは違った。」
「一人の記憶じゃなくて、複数人の記憶が重なったせいだと思う。」
ダイちゃんは腕を組む。
「結局、何も分かんなかったな。」
「いや。」
ひろは静かに首を横へ振る。
「収穫はあったよ。」
二人が顔を上げる。
「夢の中でルールを解明しようとするより。」
「現実で整理して、次に試す方が安全だ。」
鈴木さんも静かにうなずいた。
「役割分担ね。」
「夢では観察。」
「現実では分析。」
三人は自然と顔を見合わせる。
ようやく、自分たちなりの捜査方法が見え始めていた。
「となると。」
ひろはノートに視線を落とした。
「まずは夢の中で、しっかり捜査をしないと。」
「現実で整理する材料すら集まらない。」
そう呟くと、深く考え込む。
鈴木さんも腕を組み、ゆっくりと言った。
「でも。」
「次に、いつの記憶を見るのか分からない。」
「遠足かもしれない。」
「球技大会かもしれない。」
「もっと昔かもしれない。」
「だから、あらかじめ『今日はこれを調べよう』って決められないのよね。」
ひろは大きくうなずく。
「そこなんだ。」
そう言って頭を抱えた。
「夢が始まったら、まず状況を把握しようとする。」
「いつの記憶なのか。」
「誰がいるのか。」
「何が起きる場面なのか。」
「でも、その『思い出そう』って行為自体が危険なんだ。」
ダイちゃんが難しい顔をする。
「記憶を確認しようとすると、夢に飲まれる……。」
「厄介すぎるな。」
ひろはため息をつく。
「何か。」
「何かいい方法はないかな。」
三人は黙り込む。
ドリンクバーの氷が、カランと小さく音を立てた。
長い沈黙が続いた。
誰も答えを思いつかない。
やがて、ダイちゃんがぽつりと口を開く。
「……無理じゃね?」
ひろと鈴木さんが顔を上げる。
「思い出すなって言われてもさ。」
「人間、無理だろ。」
「思い出そうとするなって考えた時点で、もう思い出してる。」
二人は顔を見合わせた。
「……確かに。」
ダイちゃんは腕を組み、どこか得意げに胸を張る。
「俺が最初にやったタバコ。」
「あれの代わりになるもんを、それぞれ見つけて夢に持っていけばいいんじゃね?」
一瞬の静寂。
ひろは勢いよく立ち上がった。
「それだ!」
「思い出さないようにするんじゃない。」
「二十五歳の自分を思い出し続ければいいんだ。」
ダイちゃんはニヤリと笑う。
「だろ?」
鈴木さんは何度もうなずきながら、その考えを頭の中で整理していく。
「なるほど……。」
「夢に飲まれないようにするんじゃなくて。」
「現実の自分に繋ぎ止めるものを持つ。」
しばらく考え込んでから、小さく首を傾げた。
「でも。」
「夢に物を持ち込むのって、どうやるの?」
ひろはダイちゃんを見る。
「そうだ。」
「ダイちゃんって、どうやってタバコを夢に持ち込んだの?」
「ん?」
ダイちゃんは少し考えてから肩をすくめた。
「そりゃ、中身は二十五歳だからな。」
「夢が始まった瞬間、とりあえず一服しようと思ってポケットに手を突っ込んだ。」
「そしたら、普通に入ってた。」
ひろと鈴木さんは目を丸くする。
「最初から……?」
「おう。」
「違和感なんかなかったぞ。」
ダイちゃんは苦笑する。
「まあ、あの時はケースケに『タバコはだめだよ』って注意されてさ。」
「あっさり失敗したけどな。」
店内に小さな笑いが漏れる。
ひろは顎に手を当てた。
「……つまり。」
「夢に物を持ち込んだんじゃない。」
「二十五歳の自分なら当然持っている物だと、夢が勝手に補完した。」
鈴木さんもはっとしたように顔を上げる。
「ということは……。」
「私たちも、自分にとって当たり前の物なら持ち込めるかもしれない。」
三人は、同時に考え込み始めた。
しばらくの沈黙が続いた。
三人とも、それぞれの「アンカー」になりそうな物を頭の中で探している。
やがて、その静寂を破るようにひろが口を開いた。
「これなら。」
二人が顔を上げる。
「肌身離さず持っていて。」
「この時代には、まだ存在しなくて。」
「しかも、誰にも注意されない。」
ひろはポケットからスマホを取り出した。
テーブルの上にそっと置く。
ダイちゃんは目を丸くする。
「……スマホか。」
鈴木さんも息をのむ。
「確かに。」
「これを見れば、自分が二十五歳だって一瞬で思い出せる。」
ひろはうなずく。
「夢の中で使えるかは分からない。」
「でも、使う必要はない。」
「持っているだけでいい。」
「これを見るたびに、『ここは夢だ』『僕は二十五歳だ』って意識できる。」
ダイちゃんはニヤリと笑った。
「なるほどな。」
「現代の自分に繋ぎ止める錨ってわけか。」
ひろはスマホを見つめたまま、小さく笑う。
「今夜、試してみよう。」
三人は、その足で電気店へ向かっていた。
先頭を歩くのは鈴木さん。
迷いのない足取りで、ずんずん進んでいく。
ひろとダイちゃんは早足で追いかけた。
「おい、鈴木!」
ダイちゃんが声を張る。
「どうしたんだよ!」
鈴木さんは振り返りもせず答える。
「いいから、ついてきて。」
二人は顔を見合わせる。
「……。」
「仕方ないな。」
苦笑しながら、その後を追った。
⸻
しばらくして。
三人は電気店から出てきた。
それぞれの首には、ストラップで下げられたスマートフォン。
ダイちゃんが自分の胸元を見下ろす。
「これって。」
「女の子がよくやってるやつだろ?」
鈴木さんは満足そうに胸を張った。
「そう。」
「でも、それでいいの。」
二人は首をかしげる。
鈴木さんは、自分のスマホを軽く持ち上げた。
「これなら、夢の中でも首から下がっているはず。」
「しかも。」
「お互いのスマホも見える。」
ひろの目が少しずつ見開いていく。
鈴木さんは得意げに微笑んだ。
「自分のスマホだけじゃない。」
「二人のスマホも、お互いが現実の自分でいる証拠になる。」
「どう?」
「いい案でしょ?」
ひろは思わず笑みを浮かべる。
「……うん。」
「さすが鈴木さん。」
ダイちゃんも感心したように笑う。
「こういうのは、お前に敵わねぇな。」
鈴木さんは少し照れくさそうに笑いながら、首元のスマホをそっと握った。




