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時効  作者: Patriot


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11/16

夢:飲まれる

鬱蒼とした森。


木々の隙間から月明かりが静かに差し込んでいる。


最近、夢の始まりはいつもこの景色だった。


(また、この森か。)


そう思った瞬間、意識はさらに深く夢の中へと沈んでいく。



三人は保健室に立っていた。


昨日、保健室で交わした会話など、この世界の先生はもちろん覚えていない。


ひろたちは軽く会釈だけすると、足早に部屋を出る。


「あれ? もういいのかい?」


先生の声が背中に飛ぶ。


三人は振り返ることなく廊下を歩き続けた。


しばらく沈黙が続いたあと、ダイちゃんが難しい顔で口を開く。


「あと三ヶ月。」


「何から探せばいいんだ?」


鈴木さんは少し考え込んでから答えた。


「別行動を取るのはどう?」


ひろは間髪入れずに首を横へ振る。


「だめ。」


「今こうして三人で会話してるから意識を保ててる。」


「一人になったら、すぐ夢に飲まれる。」


鈴木さんは納得したようにうなずく。


しかし、すぐに顔を上げた。


「でも、それだけの価値はあると思わない?」


「三人が別々の記憶を辿れば、一日で三倍の情報が集まるかもしれない。」


ひろは立ち止まり、廊下の天井を見上げる。


深く考え込む。


やがて静かに口を開いた。


「……いや。」


「デメリットの方が大きい。」


「誰か一人でも夢に飲まれたら、その日は全部無駄になる。」


「僕たちには、あと三ヶ月しかない。」


「堅実に行こう。」


ダイちゃんは腕を組んだまま、大きくうなずく。


「俺もそう思う。」


ひろは歩きながら続けた。


「よくあるでしょ。」


「二度寝した時、夢の中では何時間も過ごした気がするのに、現実では数分しか経ってないこと。」


二人は黙って聞いている。


「夢の中の時間は、現実とは流れ方が違う。」


「だから、意識さえ保てれば。」


「僕たちは実質、いくらでも捜査できる。」


ひろは前を向いた。


「焦らない。」


「一日一日を、大事に使おう。」


二人は静かにうなずき、誰もいない廊下をゆっくりと歩き始めた。


三人は自然と運動場へ戻っていた。


ひろは、これが殺人事件の捜査であることは分かっていた。


それでも。


懐かしさに浸ることだけは、どうしてもやめられなかった。


校舎。


砂埃。


遠くから聞こえる子どもたちの歓声。


自然と笑みがこぼれる。


鈴木さんが振り返り、優しく微笑んだ。


「懐かしいね。」


ダイちゃんも照れくさそうに頭をかく。


「だな。」


ひろは二人を見つめる。


体操服姿の鈴木さん。


珍しいな。


……いや。


待て。


ひろの表情が一変する。


「夢に飲まれた!」


二人が同時に振り返る。


「えっ!?」


「油断してた。」


ひろは辺りを見回しながら早口で言う。


「さっきまでは二十五歳同士として会話してた。」


「だから意識を保ててた。」


「でも今は違う。」


「三人とも昔を懐かしんだ。」


「その瞬間、夢が僕たちの記憶を優先し始めたんだ。」


ダイちゃんは周囲を見回す。


「なんでだ? まだ球技大会だろ?」


その言葉に、鈴木さんもはっと顔を上げた。


「……違う。」


「私。」


自分の体操服を見下ろす。


「球技大会の日は、体操服なんて着てない。」


喘息だった鈴木さんは、あの日、一日中教室にいた。


着替える必要すらなかった。


二人は同時に顔を見合わせる。


夢は、球技大会の日ではない。


もっと昔の。


三人が揃って運動場にいた、別の日の記憶へと切り替わってしまったのだ。


「鈴木さんが体操服を着た日……。」


ひろは思わず考え始める。


「いつだ?」


「いつ着てた?」


「二人とも!」


鈴木さんの鋭い声が響いた。


「考えないで!」


「思い出さないで!」


ダイちゃんとひろは、はっと顔を上げる。


危なかった。


また夢に飲まれるところだった。


鈴木さんは小さく息を吐くと、ゆっくりと運動場を指差した。


二人もその先を見る。


そこには、クラスごとに並ぶ子どもたち。


全員がリュックを背負い、出発前の高揚感に包まれていた。


ひろは周囲を見回し、小さく笑う。


「ああ……。」


「そうか。」


「遠足だ。」


ダイちゃんもすぐに思い出したようにうなずく。


「なるほどな。」


三人は自然と列の後ろへ歩き始める。


しばらく歩いていると、ダイちゃんがふと思いついたように口を開いた。


「なあ。」


「一つ気になることがある。」


ひろが振り向く。


「夢に飲まれたあとさ。」


「こうやって別の場面に切り替わる時と。」


「そのまま目が覚める時。」


ダイちゃんは腕を組み、空を見上げた。


「その違いって、何なんだろうな。」


ひろは答えなかった。


その問いは、今まで一度も考えたことのないものだった。

夢には、まだ自分たちの知らない法則があるのかもしれない。


ひろは足を止め、静かに考え込んだ。


ダイちゃんも鈴木さんも何も言わず、その答えを待つ。


しばらくして。


鈴木さんが不安そうにひろの顔を覗き込んだ。


「山田君……?」


「大丈夫?」


ひろはその表情を見て、ふっと笑う。


「大丈夫。」


「夢に飲まれたりしないよ。」


鈴木さんはほっと胸をなで下ろす。


ひろは前を向いたまま続ける。


「今考えてるのは、昔の記憶じゃない。」


「この夢のルールを整理してるだけだから。」


「記憶を思い出すんじゃなくて、今まで分かったことを論理的に考えてる。」


「だから、飲まれない。」


ダイちゃんは感心したように口笛を吹く。


「なるほどな。」


「思い出すのは危険だけど、分析するのはセーフってわけか。」


ひろは小さくうなずいた。


「多分ね。」


「この違いを見失ったら、僕たちはすぐ夢に飲まれる。」


二人が周囲を警戒する中、ひろは頭の中を整理し始める。


(駄菓子屋の前……。)


タバコを咥えたダイちゃん。


それを見つけたケースケ君。


注意されて、僕とダイちゃんは別の場面へ飛んだ。


そして。


ケースケ君が教室の扉に手をかけた瞬間――目が覚めた。


(次は……。)


僕が教室の扉を蹴り飛ばした時。


あの時は場面が切り替わった。


しかも、球技大会準決勝まで巻き戻った。


そのあと鈴木さんと教室へ行き、三人で話をした。


そして、保健室へ行き、


先生の手を掴んだ。


あの瞬間も、目が覚めた。


(そして今日。)


運動場へ向かう途中。


三人とも昔を懐かしみ、遠足の日へ大きく巻き戻った。


ひろは腕を組む。


(……いや。)


(何かが違う。)


目を閉じて、さっきの感覚を思い返す。


(今回は。)


(景色が歪まなかった。)


今まで場面が切り替わる時は、世界が揺らぎ、視界が歪む感覚があった。


だが今回は違う。


まるで最初から遠足の日だったかのように、ごく自然に景色が繋がっていた。


「ひろ。」


ダイちゃんが声をかける。


「なんか分かったか?」


ひろは頭をくしゃくしゃと掻き、何度か首を振った。


「だめだ。」


「全然分からない。」


苦笑いを浮かべる。


「こういうのは鈴木さんに任せよう。」


「それに、夢の中だと、なんだか集中できない。」


二人は納得したようにうなずく。


ダイちゃんは運動場を見渡しながら言った。


「でもさ。」


「夢の中って異常に目がいいよな。」


「音もやたら聞こえる。」


「異変を探すには、もってこいだ。」


「そうね。」


鈴木さんも静かに続ける。


「夢で、お互いの記憶の中から違和感や異変を探す。」


「そして現実で集まって、情報を整理する。」


「……ん?」


ひろが首をかしげる。


「集まる必要ある?」


「メッセージでよくない?」


一瞬、時間が止まった。


鈴木さんの頬がみるみる赤く染まっていく。


「そ、それは……。」


言葉が続かない。


ダイちゃんは何も言わず、額に手を当てた。


「……。」


深いため息だけが漏れる。


ひろは二人を見比べ、不思議そうに首をかしげる。


「え?」


「なんでそんな反応なの?」


ダイちゃんは空を仰ぎ、小さくつぶやいた。


「こいつ、本当に分かってねぇ……。」


三人は周囲の景色を注意深く観察しながら、遠足の列に紛れて歩いていた。


校舎。


運動場。


先生たち。


子どもたちの笑い声。


すべてが鮮明だった。


ダイちゃんが小さく顎で後ろを示す。


「保健室の先生。」


ひろもちらりと視線を向ける。


先生は、後ろのクラスの最後尾を歩いていた。


ダイちゃんが声を潜める。


「後ろ行ったらまずいか?」


その問いに、ひろは少しだけ笑った。


ダイちゃんも、ようやく夢のルールを掴み始めている。


進行方向の後ろ。


そこは、自分たちがほとんど記憶していない景色だった。


もちろん、振り返ったことはある。


だから、「後ろのクラスに先生がいた」くらいの記憶は残っている。


だが、それだけだ。


どんな表情をしていたのか。


誰と話していたのか。


何をしていたのか。


そこまでは覚えていない。


ひろは静かに首を横へ振った。


「やめた方がいいね。」


「記憶が曖昧な場所に近づけば、夢がどう反応するか分からない。」


「今は、僕たちがはっきり覚えている範囲だけを歩こう。」


ダイちゃんは素直にうなずいた。


「了解。」


三人は無理に後ろには行かず、列の流れに合わせて歩き続けた。


その時だった。


後ろから聞き慣れた声が飛ぶ。


「大崎! 鈴木! 山田!」


「三列になるな!」


三人は反射的に振り返る。


ダイちゃんが小さく笑った。


「俺のことを苗字で呼ぶの、この人しかいねぇ。」


そこに立っていたのは、担任の早川先生だった。


その瞬間。


「だめよ。」


鈴木さんが小さく、しかし鋭く言った。


「考えないで。」


ひろとダイちゃんは、はっと我に返る。


危うく、また記憶を辿るところだった。


二人は照れくさそうに頭を掻く。


「悪い。」


ダイちゃんが苦笑する。


「鈴木、慣れすぎだろ。」


鈴木さんは肩をすくめた。


「あなたたちが頼りなさすぎるのよ。」


そのやり取りを見ていた早川先生が笑う。


「相変わらず鈴木は賢いな。」


「習い事をたくさんしていた嬢様だったな。」


そしてダイちゃんを見て苦笑する。


「それに比べて大崎は、相変わらずバカ丸出しだ。」


「ひでぇな。」


ダイちゃんが笑って返す。


ひろも思わず振り返った。


早川先生と目が合う。


その瞬間だった。


(まずい。)


頭の奥で、何かが軋む。


(早川先生の記憶。)


(鈴木さんの記憶。)


(ダイちゃんの記憶。)


三つの記憶が、一度に流れ込んでくる。


「っ……!」


世界が、大きく歪んだ。


景色が波打ち、音が伸びる。


立っていられない。


そのまま、ひろの意識は暗闇へと落ちていった。



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