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第6話 変人魔術師、壁をぶち破る

「やはり階段対策は必須ね」

 私は作業部屋の床で健気に埃を吸い続けるお掃除魔道具『ポルカ』の試作一号機を眺めながら、腕を組んだ。

 昨日の暴走から改良を重ね、今やポルカは家具を滑らかに避け、布袋がいっぱいになれば「もきゅっ」と愛らしく鳴いて止まるまでになった。侍女たちからはすでに小動物のように愛でられているが、二階の掃除を任せるには段差からの落下防止機能が不可欠だ。


「ならば、前方の落差を検知させればいい。風を下へ送り、戻りがなければ穴か段差と判断する」

 部屋の隅から、監視という名目で朝から薪を完璧な規格サイズに割り終えたファルカシュが、真顔で的確なアドバイスをしてきた。

「それ採用。……騎士団長閣下、意外と魔道具開発に向いていましてよ?」

「戦場で落とし穴を避ける考え方を応用しただけだ」

「掃除道具に戦場理論が入りましたね」とエルジェが横で的確なツッコミを入れる。


 私は早速、魔法陣の余白に下方探査用の微弱風の術式を刻み始めた。

「よし、これで階段落下は防げるはず――」


 その時だった。


 ドォォォォォンッ!!


 凄まじい轟音と共に、作業部屋の壁が内側に向かって盛大に吹き飛んだ。

 石と木片と埃が猛烈な勢いで舞い上がり、ポルカが驚いたように「もきゅっ!」と鳴く。

「伏せろ!」

 ファルカシュが瞬時に私の前へ飛び出し、降り注ぐ瓦礫を弾き飛ばしながら剣を抜いた。


「何者だ!」

 土煙が晴れた穴の向こうに立っていたのは、ぼさぼさの黒髪に、インクと埃まみれの白衣めいた長衣を纏った男だった。目は睡眠不足で窪んでいるのに、その奥には狂気じみた歓喜の光が爛々と燃え盛っている。

(後から聞いた話だが、彼は王宮の魔力観測盤でポルカの異常に洗練された術式を感知し、興奮のあまり玄関を通る時間を惜しんで『最短距離の空間転移』で壁をぶち破ってきたらしい。正気の沙汰ではない)


「見つけた……!」

 男は部屋を見渡し、こつこつと動くポルカを視界に捉えた瞬間、両膝から崩れ落ちて床に這いつくばった。

「美しい……! なんという無駄のない条件分岐! 風と土の魔石が互いの呼吸を読み、完璧な同期で駆動している! 魔術塔の連中は無駄な装飾式で魔力を浪費するばかりだというのに、これは極限まで実用に振り切った芸術だ!」

「……ポルカの仕事を増やしたのは、あなたですか?」

「素晴らしい! 名を与えるとは、道具への圧倒的な愛だ!」

「壁を壊した人に愛を語られたくありません」


 私の冷ややかな正論に、男はハッとして立ち上がった。

「ゾルターン。なぜ貴様がここにいる」

 ファルカシュが剣を構えたまま低く唸る。エルジェが青ざめながら「お嬢様、あの方は王宮筆頭魔術師のゾルターン様です……」と耳打ちしてきた。偉い人らしいが、壁を壊す偉い人などただの不審者である。


「ファルカシュか。私はこの天才的な自律清掃魔道具の術式を追ってきたのだ。さあ令嬢、私と共同研究してくれ!」

「お断りします」

「なぜだ! 私は王国最高の――」

「壁を壊したからです。埃が舞い、ポルカの仕事が増えました。迷惑です」

「ぐっ、正論が鋭い……! すまない、すぐ直す!」


 ゾルターンが杖を振ると、魔法陣が展開し、散らばった瓦礫が逆再生のように壁へ戻って一瞬で穴が塞がった。さすがは筆頭魔術師、壊すのも直すのも手慣れたものだ。

 彼は再び床に這いつくばり、ポルカの動きを鼻先が触れるほどの距離で凝視し始めた。

「この風路の短さ! 吸引と感知を同じ魔石から分岐させ、出力の拍をずらして干渉を防いでいるのか! 天才の所業だ!」


 さらに、私が昨日改造した『熱湯と氷水しか出ない欠陥シャワーバルブ』の話を聞きつけるや否や、ゾルターンは私の足元にすがりついて図面を要求してきた。

 手渡した図面(ハイナ式サーモスタット混合機構)を見た瞬間、彼は震える手で紙を握りしめ、静かに涙ぐんだ。

「感応石を介して混合後の温度変化を戻し、自動で出力を制御する……。皆が破壊力ばかりを競う魔術塔において、君は朝のシャワーと快適な生活のために術式を組む。これこそが、魔術の本来あるべき姿かもしれない……」


 その言葉は、変人らしからぬ真っ直ぐな熱を帯びていて、私は少しだけ彼を見直した。

「……邪魔をしないこと。壁を壊さないこと。倒れられると面倒だから、研究中はしっかり食事を摂ること。この条件でなら、必要な時だけ技術協力してもいいわよ」

「契約成立だ!」


 その瞬間、ゾルターンの腹が『ぐうううううっ』と盛大に鳴り響いた。

 ファルカシュの目がスッと細くなる。

「……今日の昼食は、鶏肉の香草焼きですわ」

 私が告げると、ゾルターンは満面の笑みを浮かべた。

「人間の胃は最も正直な観測器だ。昼食も共同研究の一環として――」

「絶対に違います。昼食の毒見は私の任務だ。貴様は不要だ」

「何だその楽しそうな任務は! 私もやる!」

「独占欲が強いぞファルカシュ! 斬る気か!」


 最強の騎士団長と最高の魔術師が、私の昼食を巡って子供のようにバチバチと火花を散らし始めた。私は「喧嘩するなら食事抜きよ」と一喝して二人を黙らせ、厨房へ向かった。


 ▲▽▲▽▲▽▲▽


 昼食の時間。

 厨房には、香草と焼けた鶏肉の暴力的なまでの匂いが充満していた。

 魔石の火力を完璧にコントロールし、皮は極限までパリッと、中はしっとりと肉汁を閉じ込めた絶妙な火加減。鶏の旨味を凝縮し、果実の酸味で後味を爽やかに引き締めた特製ソース。


「どうぞ」

 私の許可が出た瞬間、二人の男は鶏肉に食らいついた。

 サクッ。ジュワァァァッ。

 小気味よい音と共に、溢れ出す肉汁と香草の香りが口内を蹂躙する。


「……美味い」

 ファルカシュが目を閉じ、限界まで絞り出すような低い声で唸る。

「何だこれは!? 皮が魔法障壁のように砕け、中から肉汁が魔力奔流のように溢れ出す! ソースの酸味が全体の味覚を完璧に安定化させている!」

「食レポが魔術寄りですわね」

「美味い、で十分だ。黙って味わえ」


 黙々と咀嚼の快楽に沈む騎士団長と、感動を早口で言語化し続ける変人魔術師。

 私はフォークで鶏肉を切り分けながら、ふと息を吐いた。

 家名を捨て、一人で静かに快適なおひとり様スローライフを送るはずだったのに。気づけば私の周りには、最強のインフラ設備(男たち)が集い、異常なほどの賑わいを見せている。

 まあいい。魔道具の改良にはゾルターンの頭脳が、火力の安定にはファルカシュの薪割りが役に立つ。この騒がしさも、究極の快適ライフへの『必要経費』というわけだ。


 王子や実家のことなど、ポルカが吸い込む背景の埃よりも、もはやどうでもよかった。

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