第5話 全自動お掃除魔道具の錬成
名門貴族の屋敷というものは、無駄に広い。
無駄に廊下が長く、無駄に調度品が多く、そして無駄に埃が溜まる。
「……非効率ね」
朝食の絶品ムニエルを終えて廊下に出た私は、眉間に皺を寄せた。
箒で掃き、膝をついて床を磨き、脚立に乗って埃を払う侍女たち。
清潔さは快適ライフの絶対条件だが、この広大な屋敷を毎日人海戦術で掃除するのは、あまりにも労働力と時間の無駄だ。
「エルジェ、毎朝何人で掃除しているの?」
「二十名ほどが、半日かけて一通りでございますね。名門貴族のお屋敷では普通です」
「普通だから駄目なのよ。普通という名の不便は、かなり厄介な敵だわ」
前世の記憶を持つ私には、勝手に床を掃除してくれる丸い相棒「ロボット掃除機」の知識がある。
風魔法で吸引、土魔法で移動。魔法陣で条件分岐の論理回路を組めば、いける!
「エルジェ、物置を作業部屋にするわ。風魔石、土魔石、木箱、車輪、刷毛、不要な魔法陣の板を集めてちょうだい!」
「お嬢様、本日は何と戦われるのですか……?」
「埃よ。全自動お掃除魔道具を作るの!」
▲▽▲▽▲▽▲▽
作業部屋に並べたガラクタ(私にとっては宝の山)を前に、私は魔法陣の板へ細い彫刻刀で線を引いていく。
前方への風の反射で障害物を感知し、ぶつかりそうなら車輪を逆回転させて方向転換。吸引した埃は内部の布袋へ。
もはやプログラミングだ。働き者の小さな相棒に、私はワクワクが止まらない。
「何をしている」
突然、低い声が響いた。
薪割りを終えたファルカシュが、当然のような顔で入ってきたのだ。彼は私の魔法陣を覗き込み、鋭い目を細めた。
「……命令を分岐させているのか。正面に敵がいれば後退、右が塞がっていれば左へ。まるで戦術図だな」
「埃との戦いですから」
「小型の魔物か? 封印具は必要か? 討伐してよいか?」
「絶対に駄目です。お掃除魔道具『ポルカ』の第一号機ですから」
私は完成した木箱の上部にある魔石を押した。
淡い光と共に風魔石が唸り、車輪がコトコトと動き出す。
前面の刷毛がくるくると回り、障害物を感知して見事に方向転換した。
「避けました! お嬢様、天才です!」
エルジェが大歓声を上げる。
「小さいのに働く。新兵より優秀かもしれん。……よし、斥候に使おう」
「駄目です。掃除用です」
「敵陣に忍ばせれば――」
「掃除用です」
私がファルカシュの物騒な提案を却下した、その時だった。
ポルカが部屋の隅に落ちていた大きな布を巻き込んだ。
ギュルルルルルルッ!
布が車輪に絡まり、ポルカが苦しげな音を立ててその場で高速回転を始めた。
「待って、想定外の巻き込み事故――」
バインッ!
ポルカが大きく跳ね、布を引きずったまま部屋中を暴走し始めた。
「ポルカぁぁぁ!?」
「暴走しているぞ! 討伐する!」
「しないでぇぇ!」
暴れ狂う木箱は本棚の下に突撃し、凄まじい勢いで埃を吸い込み、限界を迎えて「ピーッ!」と甲高い通知音を鳴らした。
ファルカシュが踏み込み、足でポルカの進路を塞いで無言で捕獲する。
ギュルギュルと空回りする車輪を見つめ、彼は真顔で言った。
「やはり小型魔物では? 鳴いて暴れたぞ」
「布袋満杯通知音と、改善前の挙動です」
「……お前の作る物は、なぜ毎回一度は暴れるのだ」
「試作機とは暴れるものだからです」
「そうか」
なぜか孤高の騎士団長は深く納得してしまった。
▲▽▲▽▲▽▲▽
すぐに巻き込み防止の格子と、異常検知時の自動停止回路を追加した。
改良版ポルカは今度こそ静かに床を進み、壁や家具を滑らかに避け、見事に床をピカピカに磨き上げた。
「すごいです……これで侍女たちの負担が本当に減ります……!」
「ポルカちゃん、頑張って!」
様子を見に来た侍女たちが、健気に働くポルカを見て小動物を愛でるように歓声を上げている。
人間がやらなくていい単純作業は道具に任せ、人はもっと自分にしかできない仕事をすればいいのだ。
「量産するなら、騎士団の訓練場の掃除にも――」
「掃除用としてならいいわよ」
私の許可に、ファルカシュが満足げに頷く。
「さて、次は昼食ね。今日の昼は、鶏肉を皮はパリッと、身はしっとりと焼き上げる予定よ」
「……」
ファルカシュの喉が、ゴクリと大きく動いた。
「それは、危険物か? ならば毒見が必要だな」
「便利な毒見ですこと。では、食材運びを手伝ってくださいませ」
「了解した」
孤高の狼は即答し、迷いなく厨房へ向かって歩き出した。
私は笑いながら、こつこつと床を綺麗にしていくポルカを見送る。
今日も私の快適ライフは、最高に順調だ。
――だが、この時私はまだ知らなかった。
ポルカの異常なほど洗練された魔力回路を遠方から感知した『変人筆頭魔術師』が、研究魂に盛大な火をつけられ、我が家の壁をぶち破って襲来しようとしていることを。
ぜひとも、ブックマーク、評価、よろしくお願いいたします!!!
がんばります!
感想もお願いします。感想来たらすごくうれしいです。




