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第2話 最悪な水回りとの戦い

 王宮から屋敷へ戻る馬車の中で、ハイナは真剣な顔で告げた。

「欠陥バルブを許さない」

 婚約破棄されたばかりの令嬢が口にする言葉ではない。向かいに座る侍女のエルジェが青ざめるのも無理はなかった。


「お嬢様、やはり頭を強く打たれたのでは……」

「エルジェ。屋敷に戻ったら、まず浴室へ行くわ」

「浴室?」

「戦場よ」

「戦場!? どちらの軍勢と戦われるおつもりで!?」

「熱湯と氷水」

「水!?」


 前世の記憶(日本の素晴らしい水回り)を取り戻した私にとって、あの欠陥シャワーは人類の尊厳に関わる問題だ。恋愛なんかより、まず水回りである。


 ▲▽▲▽▲▽▲▽


 屋敷に戻るなり、私は自室へ直行した。

「お嬢様、まずは旦那様へご報告を――」

「あとで」

「せめてお召し替えを! そのドレスは王宮用の――」

「今やる」

 私は机の裁ち鋏を手に取り、ドレスの脇腹に迷いなく刃を入れた。

 ジョキン。

「きゃあああああああ!? 金貨百枚の特注ドレスがぁぁ!」

「可動域を殺し、呼吸を妨げる欠陥品よ。吸水性は良さそうだから残りは雑巾にするわ」

「ドレスを雑巾に!?」


 エルジェの悲鳴をBGMに、私は動きやすい室内着へ着替え、髪を結んだ。

 呼吸ができるって素晴らしい。

「行くわよ、エルジェ」

「どちらへ……?」

「浴室。今夜、私は人類の尊厳を取り戻す」

 片手には愛用の工具箱。恋に狂っていた時分から、なぜか私の部屋にはドライバーやレンチが揃っていた。DIYの素質は十分だ。


 ▲▽▲▽▲▽▲▽


 コヴァーチ家の浴室。

 優雅な石造りの壁に、魔石を組み込んだシャワー設備がある。

「問題はこの魔導噴水調整弁シャワーバルブよ。少し捻ればぬるま湯、もう少し捻れば熱湯。慌てて冷水を足せば氷水」

「皆様、気合で避けておられます」

「毎秒そんな根性試したくないわ」


 私は手早く導刻調整筆ドライバーで外装と取っ手を外した。

「ああっ、お嬢様が壊す!」

「壊すんじゃない。分解するの。愛よ」

「意味が分かりません!」


 魔石ケースを取り出し、中身を確認する。

「やっぱりね。温水と冷水をただぶつけてるだけ。温度を監視する仕組みがない」

 私は工具箱から、宝飾用の『感応石』を取り出した。温度変化に反応して魔力波長が変わる石だ。

「これを中継させて、温度が高すぎたら火魔石の出力を絞る。低すぎたら上げる。前世でいうサーモスタット式混合栓よ」

「さもすた???宝石を水回りに!?」

「美しいだけの石より、役に立つ石の方が偉いわ」


 前世の知識と、今世の魔法技術を噛み合わせる。

 回路を組み替え、調整弁を作る。

 ……すごく楽しい。王子に愛されようと必死だった時より、ずっと胸が躍る。


「よし、試運転するわ」

「爆発しませんように!」

「しないわよ。前世の叡智を信じなさい」


 温水の取っ手を捻る。魔石が起動し、魔導噴水頭シャワーヘッドから水が出た。

 指先を入れる。

 冷水から、少しずつ温かくなり……。

「……来たわ」

 熱すぎず、冷たすぎない。完璧な適温。

「成功よ、エルジェ!」


 カチン。

「あ」

 配管が震え、シャワーヘッドからとんでもない水圧の湯が噴き出した。

「きゃああああ!」

「ぐっ、圧力逃がし忘れてた!」

 天井に当たった湯が浴室中に降り注ぐ。二人してずぶ濡れだ。

「お嬢様ぁ!」

「でも温度は安定してる! 水圧はあとで絞ればいいの!」

「私は今、びしょ濡れでございます!」


 ▲▽▲▽▲▽▲▽


 その夜。

 私は、この世界で初めて「まともなシャワー」を浴びた。

「……はあああ。これよ、これなのよ」

 一定の温度で降り注ぐ優しい湯。熱湯に怯えることもない。

 王子に捨てられたことなど、完全にどうでもよくなった。


「人類は……ここから始まるのね」

「浴室から人類史を始めないでくださいませ」

 扉の向こうから、呆れたエルジェの声がする。

「明日からあなたも使っていいわよ。ただし使用後は水滴を拭くこと」

「……ありがとうございます、お嬢様」

 エルジェの声は嬉しそうだ。


 自分の手で不便を解体し、快適さを組み上げる。最高じゃないか。

 だが、一つ快適になると、次の不快が気になり始める。

 脳裏に蘇るのは、昨日のパサパサで焦げた魚料理。

「……次は、厨房ね」

「お嬢様? 今度は魚と戦うのですか?」

「違うわ」

 私はシャワーを止め、にやりと笑った。

「魚を冒涜する調理器具(鉄鍋)と戦うのよ」


 次なる敵は、焦げ付く鉄鍋。

 目標は、完璧な魚のムニエルである。

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