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第11話 究極のスパリゾート計画始動

 イシュトヴァーン公爵と商業契約を結んでから数週間後。

 コヴァーチ家の客間に、うずたかく積まれた金貨の山と、分厚い権利書の束が置かれていた。


「これが、ハイナ嬢の今月分の特許収入と利益配分だ」

 向かいのソファで優雅にお茶を飲むイシュトヴァーンが、完璧な微笑みと共に言い放った。

「温度調節バルブ、魔法フライパン、お掃除魔道具ポルカ、そして『夢見のクッション』。どれも王都の貴族や豪商たちの間で爆発的に売れている。特にクッションの魔力はすさまじく、王宮の執務室にまで導入され、文官たちの作業効率が一時的に著しく低下する事態にまで発展した」

「それは申し訳ないことをしましたわね」

「いや、適度な休息を得たことで最終的な処理速度は上がったらしい。結果オーライだ」


 エルジェが金貨の山を見てくらくらと目眩を起こしかけているが、私は書類にサッと目を通しただけで頷いた。

「素晴らしいわ。で、公爵閣下。これでお風呂を作るための土地は買えますの?」

 私の問いに、イシュトヴァーンが楽しげに目を細める。

「王都近郊の貴族の別荘地でも、山一つでも余裕で買えるよ。だが、君が求める『究極のスパリゾート』を作るには、ただの土地では足りないだろう?」


「ええ」

 私は作業台に広げていた巨大な羊皮紙の図面を、バンッと叩いた。

「足を限界まで伸ばせる広大な内湯! 季節の風を感じられる露天風呂! そして何より、サウナと水風呂、外気浴のための完璧な動線! 温熱で血流を促し、冷水で引き締め、外気で深いリラックス状態ととのうに到達する……このサイクルこそが、人類の疲労を根絶する究極の休息施設よ!」


 部屋の隅で護衛(監視)をしていたファルカシュが、真顔で尋ねてきた。

「……極限の熱の後に、冷水を浴びるのか? それは新しい尋問の手法か、あるいは騎士団の耐久訓練か?」

「修行ではありませんわ。至福の儀式です」

「儀式……」

 図面を凝視していたゾルターンが、床から這い上がりながら目を輝かせる。

「温熱と冷水の急激な温度変化による、肉体と魔力回路の強制的な活性化と弛緩。なるほど、理にかなっている! その『ととのう』という境地、ぜひ私自身で人体実験してみたい!」

「人体実験ではなく入浴ですわ」


 私は図面を指差した。

「問題は、この広大な施設の湯温を安定維持するための熱源よ。それと、湯を清潔に保つための強力な循環・浄化システム」

「それならば、魔の山に眠る『極炎の耐熱魔石』と『深層の浄化魔石』が必要になるな」

 ゾルターンが即答する。

「純度の高いものは市場に出回らない。魔物が巣食う危険地帯だからね」

「魔物なら私がすべて斬り捨てる」

 ファルカシュが即座に剣の柄に手をかけた。

「火力の安定と安全の確保は、私の任務だ」

「頼もしいインフラ設備ですわね」


 イシュトヴァーンが優雅に立ち上がる。

「土地の確保、採掘権の取得、移動の馬車や物資の手配は私の商会が全て請け負おう。もちろん、利益配分の交渉は後できっちりさせてもらうがね」

イシュトヴァーン魔力ゾルターン物理ファルカシュ。完璧な布陣ね」

 私は満足げに頷き、工具箱を手に取った。

「では、さっそく行きましょう。最高のお風呂の素材を狩りに!」

「お嬢様、やはり今回も危険地帯への即決でございますね……」

 エルジェが深くため息をついたが、その手はすでに素早く旅の荷造りを始めていた。


 ▲▽▲▽▲▽▲▽


 数日後。私たちはイシュトヴァーンが手配した最高級の大型馬車に乗り込み、王都の北方にそびえる危険地帯『魔の山』へと向かっていた。


 馬車の中は、最高級のスライムクッションが敷き詰められ、振動を極限まで抑える魔術サスペンションが組み込まれた特別仕様だ。

「この車軸の魔力反発システム、実に興味深い。魔石の配置をあと三ミリずらせば、さらに揺れを相殺できるはずだ……」

 ゾルターンが床に這いつくばって馬車の構造を解析している。

「魔術師、見苦しいぞ。警戒を怠るな」

 ファルカシュは窓の外を鋭い金色の瞳で睨みつけながら、いつでも剣を抜ける態勢を崩さない。

「まあまあ、二人とも。長旅なのだから少しはリラックスしたまえ。ハイナ嬢が作ってくれたこの『さんどうぃっち』とやら、実に美味だ」


 イシュトヴァーンは優雅に足を組み、私が道中のために用意したサンドイッチを味わっていた。

 片手で食べられるように、薄く切ったパンに自家製の燻製肉と新鮮な野菜、少し酸味を効かせた特製ソースを挟んだものだ。

「片手で食事が完結し、しかも食材の調和が完璧に計算されている。戦場や馬車移動における革命的な携行食だな」

 ファルカシュも即座にサンドイッチを毒見(という名の味見)し、低い声で絶賛する。

「パンの層が障壁となり、ソースの水分が外に漏れ出さない設計か。これもまた結界の一種だな!」

 ゾルターンまで床から這い上がり、サンドイッチの構造解析を始めた。


「ただの携帯食ですわ。それより、あそこに見えるのが魔の山ですか?」

 私は馬車の窓から、遠くに見える険しい山肌を指差した。

 空はどんよりと薄暗く、木々は枯れ果て、山全体から禍々しい瘴気と魔力が立ち上っている。普通なら震え上がるような恐ろしい光景だ。


「ええ、そうです。あの中に極上の魔石が……」

 イシュトヴァーンが説明しようとした、その時。


「わあ……!」

 私は目を輝かせ、窓に顔を近づけた。

「空気がほんのり硫黄の匂いがする! 地熱も高そうだし、温泉の源泉みたいな素晴らしい気配がするわね!」

「……お嬢様。あそこから漂っているのは、危険な魔物の瘴気でございます」

 エルジェが冷静にツッコミを入れるが、私のワクワクは止まらない。

 あの禍々しい山は、私にとっては究極のスパリゾートを完成させるための、宝のホームセンターにしか見えなかったのだ。


「到着次第、私が前衛を務める。ハイナは私の後ろから離れるな」

「索敵と地形探査は私に任せたまえ」

「職人たちと輸送用馬車の防衛は商会の護衛に任せている。ハイナ嬢は安全な場所で指示を出してくれればいい」


 ハイスペックな男たちが次々と頼もしい言葉を口にする。

 かつては王子の顔色ばかり伺い、嫌われないようにビクビクしていた私が、今やこの国の頂点に立つ男たちを率いて、お風呂のために魔の山へ乗り込もうとしている。

 人生、何が起こるか分からないものだ。


「さあ、着いたわよ!」

 馬車が山の入り口で停車する。

 私は作業着の袖をまくり、愛用の工具箱をしっかりと握りしめた。

「究極のスパ計画、素材狩りクエストのスタートよ!」


 未踏の危険地帯へと足を踏み入れる私の足取りは、前世でホームセンターの資材館に向かう時と同じくらい、最高に弾んでいた。

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