第24話 異端の烙印――教会は“名前”で首を締める
夕刻。
伯爵邸の門前に、教会の隊列が到着した。
白いローブではない。
戦う装備の巡察隊。
中央に、黒い外套の巡察司祭。
その手には――黒い手帳。
回収班の携行版より分厚い。
教主の原本より軽い。
中間の階級。
つまり今夜は“圧”で押し潰しに来た。
伯爵が門前に出る。
護衛が並ぶ。
巡察司祭は礼もなく言った。
「異端者リナ・ベルハルトの引き渡し」
リナが一歩前へ出かけ、俺は止めた。
出たら終わる。
名が確定し、首が締まる。
伯爵が冷たく返す。
「我が屋敷に異端者はいない」
巡察司祭は笑った。
「ならば確認する」
彼は黒い手帳を開く。
風もないのにページがめくれ、
ある行で止まった。
「リナ・ベルハルト。
処置:烙印」
烙印。
次の瞬間、リナの首筋が熱を持った。
彼女は息を呑み、膝をつきかける。
見えない輪が、首に締まる感覚。
銀鎖じゃない。
でも同じだ。
リナが歯を食いしばる。
「……っ!」
俺の胸の奥がざわついた。
アークが低く言う。
――名簿で首を締めている。
――教会は“名を言い当てた瞬間”に縛れる。
巡察司祭が淡々と続ける。
「ブレード・ファン・エイル。
第三候補――だが未確定」
俺の銀鎖がぎち、と鳴った。
熱が走る。
巡察司祭が俺を見て、優しく言う。
「君の本名を教えて」
優しい声は罠だ。
俺の中の空白が、甘い誘いに弱い。
死の記憶を捨てた。
だから“始まり”がぐらつく。
その瞬間、偽記憶が差し込んだ。
――俺は自分で教会へ行った。
――助けを求めて。
――首輪をお願いして。
違う。
そんなはずない。
でも記憶がないと、
嘘は真実の顔をする。
俺は口を開きかけた。
セラが俺の指を強く掴み、
痛みで現実に引き戻した。
「声に出すな」
リナが掠れ声で叫ぶ。
「健太! 内側で言って!」
俺は心の中で名を打つ。
(堀口健太)
すると舌が止まった。
銀鎖が一拍緩む。
伯爵が巡察司祭へ言った。
「交渉しろ。
我が領での勝手な処置は許さん」
巡察司祭は肩をすくめた。
「交渉?
では見せましょう」
彼は手帳の別のページを開く。
そこには、伯爵家の者の名が並んでいた。
夫人の名。
護衛長の名。
若い騎士の名。
伯爵の目が冷たくなる。
「……脅しか」
「保護です」
巡察司祭は微笑む。
「従えば守られる。
逆らえば“烙印”は増える」
最悪だ。
教会は家族ごと縛る。
その時、門の影が遅れて揺れた。
免疫が現れる。
淡々と呟く。
「観測:支配」
支配。
世界は、今の状況を“傷”として見ている。
伯爵が一歩前へ出る。
「帰れ」
巡察司祭は微笑んだまま、引いた。
ただし最後に言った。
「夜明けまでです」
夜明け。
それまでに引き渡さなければ、
処置が本格化する。
隊列が去った瞬間、
リナが壁にもたれた。
首筋を押さえ、息を吐く。
「……焼かれた」
セラが低く言う。
「烙印が入ったら、
教会の言葉だけで縛られる」
俺は掌を握った。
痛みは遠いまま。
感覚が薄い。
それが怖い。
セラが言った。
「今夜、伯爵家を出る」
「出る?」とリナ。
「ここにいたら、家族が折れる。
折れた家族は、私たちを売る」
現実。
冷たいほど正しい。
セラが俺を見た。
「健太。
空白に偽記憶が入ってる顔」
見抜かれた。
怖い。
セラは囁く。
「空白を埋めたがるのは本能。
だから埋めさせない。
“欠け”は、欠けのまま抱く」
欠けのまま抱く。
それは強さだ。
俺は心の中で名を握りしめた。
(堀口健太)
今夜、動く。
夜明けまでに。




