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第23話 内通者狩り――穴は“刺した瞬間”から開いていた

訓練場の砂がまだ舞っている。

 背教の刺客が消えた場所だけ、影が薄く残っていた。


 騎士たちは口々に怒鳴る。

 誰が呼び込んだ、誰が見逃した。

 責任の押し付け合い。


 俺の首の銀鎖が熱い。

 “第三候補”の穴が、匂いを出している。


 リナが俺の前に立ち、剣を下ろさず言った。


「彼は囮にされた。

 伯爵家の内部に、背教がいる」


 若い騎士――昨日、真名薬を運んだ男が、俺を睨んだ。


「お前が来てからだ」


 セラが冷たく返す。


「あなたが“穴の匂い”を嗅がせたんじゃない?」


 若い騎士の眉が動く。

 否定しない。できない。


 そこへ、伯爵の命令が飛んだ。


「全員、広間へ」


 *


 広間は“家”の顔だ。

 だからこそ、嘘が混ざるとすぐ濁る。


 伯爵が座り、護衛が並び、

 侍女が息を殺して立つ。

 夫人は顔色が悪い。


 伯爵が一言だけ言った。


「内通者を炙る」


 言葉が落ちた瞬間、空気が冷えた。

 俺は心の中で名を握りしめる。


(堀口健太)


 セラが一歩前へ出た。

 机に、あの銀の針を置く。


「これ、どこから出た?」


 伯爵が視線を針へ落とす。


「登録針だ」


 セラは首を振った。


「違う。

 “登録針のふりをした呼び針”」


 呼び針。

 背教を呼ぶための針。


 セラは針の柄をひねり、

 小さな溝を見せた。


 溝に、舟の紋章。

 背教の印。


 広間がざわめく。


 伯爵の目が鋭くなる。


「……誰がこれを持ち込んだ」


 若い騎士が反射的に言った。


「俺じゃない」


 早すぎる否定。

 それは“知っている者”の速度だった。


 リナが一歩前へ出る。


「昨日、針は書庫にあった。

 鍵は伯爵家の者しか触れない」


 伯爵の指が机を叩く。


「鍵を扱える者を全員呼べ」


 その瞬間――

 広間の隅の影が揺れた。


 免疫。


 目の薄い人影が、淡々と呟く。


「観測:家族」


 家族。

 内通者は“外”じゃない。

 “内”にいる。


 夫人の手が震えた。

 それが目に入った瞬間、胸がざわつく。


 セラが続ける。


「針だけじゃない。

 台帳の穴にも“返し”がある」


 彼女は台帳の該当ページを開き、

 穴の周りを指でなぞった。


 紙の繊維が、逆向きに毛羽立っている。

 まるで釣り針の返し。


「刺した瞬間から、

 外へ匂いを流す仕掛け」


 伯爵が低く言った。


「……つまり、第三候補登録は最初から漏れる前提だった」


 セラが頷く。


「ええ。

 あなたが“餌にする”と言った、その通りに」


 伯爵の目が一瞬だけ細くなる。

 怒りではない。

 評価。


 その時、扉が開いた。

 白い装束の使者が入ってくる。


 教会の使者。

 胸に銀の輪。


 使者は広間の中央で膝をつき、

 伯爵へ巻物を差し出した。


「聖光教会より」


 伯爵が巻物を開く。

 文字を追うにつれ、顔が硬くなる。


 リナが唇を噛んだ。


「……私?」


 伯爵が淡々と読み上げる。


「リナ・ベルハルト。

 異端者として指名手配」


 広間が凍る。


 リナの肩が僅かに震えた。

 彼女は教会を裏切った。

 ついに“名簿に殺された”。


 使者が続ける。


「そして第三候補ブレード・ファン・エイル。

 回収対象として指定」


 指定。

 名簿が動いた。


 セラが俺の袖を掴む。


「来る……回収班が」


 免疫が淡々と言った。


「傷、拡大予告」


 伯爵は巻物を丸め、床へ投げた。


「帰れ」


 使者が驚く。


「伯爵閣下、これは――」


「帰れと言った」


 伯爵の声が広間を切った。

 使者は顔を青くして退く。


 伯爵はリナを見る。


「教会に戻るか」


 リナは即答した。


「戻らない」


 その一言で、彼女の逃げ道が消えた。

 でも目は揺れていない。


 伯爵が俺へ視線を移す。


「第三候補。

 お前は餌として価値が上がった」


 最悪の言い方。

 でも現実だ。


 セラが囁く。


「今夜、動く。

 内通者が針を仕込んだなら、次は“門”を開ける」


 門。

 伯爵家の門が開けば、回収班が入る。

 背教も入る。


 俺は心の中で名を握りしめた。


(堀口健太)


 そして、舌の上に乗らないはずの言葉が滲んだ。


 ――俺は、どうやって死んだ?


 思い出せない空白が、

 また別の嘘で埋まり始めている。

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