「メルのラーメン」
とある日の昼。
午前中のパトロールを終えた光井は、オルフェへ帰還していた。
現在、ファクターズはトレーニングに集中するため、通常の巡回や警戒任務は訓練生が担当している。
だが——ここ最近は、驚くほど平穏な日々が続いていた。
(……平和すぎるのも、それはそれで怖いんだよな)
光井も、他の訓練生も、どこか同じ不安を抱きつつ日々を過ごしていた。
◆
(午後からは特に予定ないし……久々に外でメシでも食うかな)
光井がそんなことを考えながら歩いていると、後ろからひょいっと声が飛んできた。
「光井じゃん。なにしてんのー?」
振り向くと、そこにはメルがいた。
「あー、外にメシ食い行こうかなーって考えてて……」
すると、メルの目がぱぁっと輝く。
「えっ!!どこ行くの!?」
「いや、まだ決めてないけど……」
そう言った瞬間、メルはずいっと距離を詰めてきた。
「メルも連れてってよー!」
期待に満ちた目で見上げてくる。
メルは現在、保護観察中の立場ではあるものの、職員や関係者が同行する形であれば外出自体は許可されていた。
「まぁ、いいけど……」
そう答えた瞬間——
「やったぁ♡」
メルはぴょんぴょん飛び跳ねながら喜び始めた。
◆
「ちなみに、メルは何が食べたい?」
歩きながら、光井は何気なく聞いた。
「えっとねー、ラーメン!」
満面の笑みで答えるメル。
「ラーメンか……」
その瞬間、光井の目がキラリと光った。
「——ズバリ、たくさん食べたいかい?」
「うん!」
メルは元気よく頷いた。
すると光井は、ふっと不敵な笑みを浮かべる。
「よぉし……では、このグルメマスターが、とっておきの場所に連れて行ってやろう」
「おぉ〜!」
メルは素直に目を輝かせた。
こうして、(自称)グルメマスターとメルは、とあるラーメン屋へ向かうことになった。
◆
光井の運転するエレカに乗り、目的地へ向かっていた。
昼下がりの街並みを抜け、オルフェからおよそ15分ほど走る。
やがて少し離れた場所にある駐車場へエレカを停め、そこから徒歩で5分。
目的の店は、細い路地の先にあった。
“ラーメン五九”。
年季の入ったのれんに、そう書かれていた。
すでに昼のピークは過ぎている時間帯だったが、それでも店の前には5人ほどの列ができている。
それを見た光井は、どこか嬉しそうに口を開いた。
「お、今日は空いてるなー」
その言葉から、普段はさらに長蛇の列ができていることが容易に想像できる。
「えぇ〜、並ぶの〜?」
メルは露骨に不満そうな声を漏らす。
「まぁまぁ。これでも今日はかなり少ない方だし、すぐ回ってくるって」
「むぅ」
メルは頬を膨らませつつも、結局は大人しく光井の隣へ並んだ。
◆
そして、待つこと10分。
ようやくメルと光井の順番が回ってきた。
年季の入ったカウンター席に座る2人。
すると、店主が光井の顔を見るなり声をかけた。
「いつもの?」
「はい!」
光井は迷いなく答える。
その返事に、店主は慣れた様子で頷いたあと、ちらりとメルへ視線を向けた。
「……となりの嬢ちゃんは?」
「俺と同じで」
光井は真顔で言った。
その瞬間、店主の動きがぴたりと止まる。
「……そりゃ、いくらなんでも——」
店主はさすがに少し困ったような顔をした。
だが光井は、冗談を言っている様子もなく、真剣な表情のまま頷く。
「大丈夫です」
その妙な自信に、店主は少し黙り込む。
「……ま、兄ちゃんがそう言うなら」
そう呟くと、鍋の前へ戻り、ラーメンを作り始めた。
◆
「おまち!五九盛り2丁!!」
店主が勢いよくカウンターへ置いた瞬間、器がわずかに揺れた。
目の前に現れたのは、まるで小さな山だった。
巨大な丼の中に極太麺が沈み、その上には山のように盛られた野菜。
さらに、分厚く切られたチャーシューが何枚も重なり、半熟卵が10個近く並んでいる。
その量は、軽く5人前を超えており、圧倒的な暴力感すら感じられた。
この店の名物——五九盛りラーメン。
普通サイズですら十分多いこの店において、五九盛りは完全に別格。
そもそも注文する客自体が少ない。
だが光井は、ここへ来るたび毎回これを注文していた。
しかも、10分前後で食べ切る。
その食べっぷりから、店主や常連客たちの間では、ちょっとした有名人になっていた。
初めて見る五九盛りに、さすがのメルも圧倒されているだろう——光井はそう思っていた。
だが——
「わぁ〜♡」
メルは、目をキラキラに輝かせていた。
そして次の瞬間——
「いただきまーす!!」
メルは凄まじい勢いで食べ始めた。
◆
5分後。
光井がようやく半分ほどを食べ終えた頃。
「おかわり〜」
その一言に、光井は勢いよく隣を振り向いた。
メルの丼は、すでに空だった。
その光景に、光井の動きが完全に止まる。
そして、それは光井だけではない。
店主も、厨房スタッフも、周囲の客たちも——店内全体が、静まり返っていた。
それも無理はない。
五九盛りを5分で完食。
それだけでも前代未聞なのに、おかわり。
そんな客は、この店始まって以来1人もいなかった。
「お、おかわり……?」
「嘘だよな、嘘だよな?」
「あの身体のどこに入ってんだ……?」
「あの子、もしかして有名な人だったりする?」
店内がザワザワと騒ぎ始める。
一方、メル本人はまるで気にした様子もなく、空になった丼を店主へ差し出していた。
「い、いやメル……?おかわりって言ったって、俺、今日そんな金持ってきてないし——」
光井は焦りながら小声で言う。
するとメルは、きょとんとした顔で首を傾げた。
「アンタの分も出したげるから、いーでしょ?」
あまりにも軽い口調。
光井はしばらく固まり、それから恐る恐る店主の方を見る。
店主は無言のまま、静かにメルを見つめていた。
やがて——
ふっ、と口元を歪める。
「……五九盛り、もう1丁」
◆
10分後。
ようやく光井が食べ終え、ふぅ……と息を吐く。
そして恐る恐る、隣へ視線を向ける。
メルは、丼を両手で持ち上げ、最後のスープを飲み干していた。
「ぷはぁ」
満足そうに息を吐き、カウンターへ器を置く。
当然のように、完食である。
どよめく店内。
気づけば、店の外にまで人だかりができている。
「メ、メル……?さすがにもう、いいよな?」
光井は若干引きつった顔で聞いた。
するとメルは、少し考えるように首を傾げる。
「ま、今日はここまででいいよ」
そんな中、店主がおそるおそるカウンター越しに近づいてくる。
「あ、あの……お嬢さん。お名前は?」
「メル!」
メルはいつもの調子で答えた。
「メルさん……サインとか、いただけますか?」
店主は神妙な顔で何度か頷く。
「サインなんて書いたことないよぉ」
「な、なら!写真撮ってもいいですか!?」
「いいよー」
あまりにも軽い返事だった。
店主は慌ててスマカを取り出し、メルと記念写真を撮る。
その顔は完全に少年のように輝いていた。
「あ、あのっ!この写真、お店に飾ってもいいですか!?」
「いいよー」
またしても軽くOKを出すメル。
店主は深々と頭を下げた。
もはや、完全にメルのファンになっていた。




