「烈火の如く ~後編~」
烈の身体から、赤い光が溢れ出していた。
揺らめくそれは、まるで燃え盛る“炎”のようだった。
「テメェら……“覚悟”できてんだろうな……」
烈は低く呟いた。
その声には、子供とは思えないほど冷たい怒気が滲んでいた。
男たちは、その異様な雰囲気に思わずたじろぐ。
「こ、このガキ——」
1人が言い終えるより早く、その身体が宙を舞った。
「がぁっ!?」
烈が、一瞬で間合いを詰めて、目にも止まらぬ速度で放たれた拳が、男の顔面を捉える。
数メートル先まで吹き飛ばされ、男は壁へ激突した。
「……は?」
残る3人は、何が起きたのか理解できなかった。
だが次の瞬間——烈の姿が掻き消える。
「ぼっ!?」
「がっ……!!」
「ぎぃぃぃ!?」
連続する衝撃音。
3人は次々と殴り飛ばされ、地面へ叩きつけられていった。
あまりにも速く、まるで人間離れした動きだった。
「……れ、烈……?」
清司は呆然と呟く。
男たちにはもちろん、清司にもエーテルは見えない。
だが、それでも分かった。
直感だった。
——烈は今、エーテルファクターに覚醒したのだ、と。
だが、烈の怒りは止まらなかった。
「まだだ……!!こんなんじゃ足りねぇ!!」
赤いエーテルを纏った烈は、すでに倒れている男たちに、容赦なく蹴りを叩き込んだ。
「ぐぁっ!!」
「や、やめ——」
「も、もう……やべで……」
男の1人が、血に濡れた顔で掠れ声を漏らした。
その瞬間、烈の目がさらに険しく歪む。
「ふざけんなァッ!!」
怒号とともに、再び拳が振り抜かれる。
「——っ!! 烈!! もういい!! もう……十分だ!!」
清司は痛む身体を引きずりながら、必死に烈のもとへ向かった。
だが烈は、なおも暴力を振るい続けていた。
相手はすでに血まみれ——それでも烈は止まらない。
怒りだけに突き動かされるように、拳を振るい続けていた。
「烈っ!!それ以上はダメだっ!!」
清司は烈へしがみつくように、その腕を掴む。
「それ以上は……死んでしまう!!」
その必死の叫びが、ようやく烈へ届いた。
「……っ」
烈の身体が止まる。
「ハァ……ッ……ハァ……ッ……」
烈は肩を大きく上下させながら、ようやく我に返った。
そして同時に——烈の身体を包んでいた赤いエーテルは、静かに消えていった。
◆
それから間もなく。
静かな夜道に、サイレンの音が響き渡った。
やって来たのは、数台のパトカー。
だが、通報した人間は誰もいない。
周囲に人影もなかった。
それでも警察が駆けつけた理由は一つ。
エーテルコードは、常に監視対象に置かれている。
そして、ファクターへの覚醒反応は、警察やオルフェ研究機関へ自動的に共有される仕組みになっていた。
車両から降りてきたのは、武装した5人の警官。
張り詰めた空気の中、1人が無線へ向かって報告する。
「“ファクター”を発見。直ちに保護します」
その声は事務的で、淡々としていた。
別の警官が、血まみれで倒れている男たちを見下ろし、それから烈へ視線を向ける。
「……これ、君がやったのか?」
「あぁ。そうだよ」
烈は迷うことなく答えた。
まだ怒りの熱が残っているのか、その声は刺々しい。
警官は一瞬だけ眉をひそめる。
それから、清司へ視線を向けた。
「君も……たんぽぽ荘の子だね?」
「は、はい! あのっ……!」
清司は痛みに顔を歪めながらも、必死に声を上げた。
「烈は何も悪くないんです! 烈は、俺を助けようとして——」
「詳しい話は署で聞かせてもらう」
警官は静かに遮った。
責めるような口調ではなく、公的な対応として感情を挟まない声音だった。
清司と烈は、大人しく従った。
そして2人は、別々の車両へ乗せられた。
清司は通常のパトカーへ、烈は、まるで護送車のような装甲エレカへ。
扉が閉まる直前、烈はちらりと清司の方を見た。
清司もまた、不安そうな目で烈を見返していた。
その視線が交わったまま、車両は静かに動き出す。
1人の警官は現場に残り、救急搬送の手配と検証を開始した。
そして残る車両は、夜の街を抜け、警察署へと向かっていった。
◆
警察署へ到着すると、清司はまず応急処置を受けた。
治療を終えたあと、清司は別室で事情を聞かれていた。
いつから暴力を受けていたのか、相手は誰なのか、他にも被害者はいるのか。
清司は俯いたまま、途切れ途切れに答えていく。
烈は別の部屋にいるらし、それが清司にはたまらなく不安だった。
——烈は、大丈夫だろうか。
あんな姿を見せてしまった。
自分を守るために、あんなことをさせてしまった。
そのことが胸を締めつけていた。
そして、しばらくして取調室の扉が開いた。
「清ちゃん……!!」
美晴だった。
その表情には、隠しきれないほどの心配と安堵が浮かんでいる。
「美晴さん……」
清司は声を震わせた。
「……心配かけて、ごめんなさい」
言葉を口にした瞬間、張り詰めていたものが切れた。
ぽろぽろと涙が溢れ落ちる。
ずっと耐えていた。
誰にも迷惑をかけないように。
心配をかけないように、と。
そんな清司を見た美晴は、何も言わなかった。
ただ静かに歩み寄り、優しく清司を抱きしめた。
その温もりに触れた瞬間、清司の涙はさらに溢れた。
◆
「美晴さん、御足労おかけしますねぇ」
低く落ち着いた声とともに、1人の男が近づいてきた。
体格のいい、中年の刑事。
「あっ、藤村さん。いつもご迷惑おかけします」
美晴は立ち上がり、丁寧に頭を下げる。
すると藤村は、豪快に笑いながら大きく手を振った。
「ははは!気にせんといてください」
その気さくな態度は、張り詰めていた空気を少しだけ和らげた。
だが次の瞬間、藤村の表情は少しだけ真面目になる。
「——ただ、烈はやっぱり“エーテルファクター”になったようで
「オルフェを含めて、色々と検査や確認をせなあきませんので——」
「烈は、しばらくこちらで預からせてもらいますわ」
藤村は、美晴へ穏やかな口調で告げた。
美晴は一瞬だけ目を伏せ、それから静かに頷く。
「……ええ。わかりました」
その横で、清司が勢いよく顔を上げた。
「刑事さん……! 烈は、何も悪くないんです!!」
震える声だった。
「烈は俺を助けようとして……!」
藤村はそんな清司を見つめ、それからふっと優しく笑った。
「そんなことは、ちゃんと分かっとるよ」
穏やかな声。
「別に、烈を解剖するわけやない。安心してくれ」
藤村は少年課の刑事だった。
以前から、たんぽぽ荘の子供たちをよく知っている。
特に烈に関しては、以前から関わりがあった。
問題を起こした子供を取り締まるだけではなく、守ることもまた仕事としている。
その日、清司は美晴と共に、たんぽぽ荘へ帰ることになった。
◆
帰りの車内。
窓の外には、静かな夜の街が流れていく。
だが清司は、ずっと黙ったままだった。
膝の上で拳を握りしめ、ただ俯いている。
そんな清司に、美晴は無理に話しかけなかった。
ただ静かにハンドルを握り、隣にいる彼の心が落ち着くのを待つように、穏やかに車を走らせていた。
◆
後日。
あの夜の出来事は、すでに清司の通う高校にも伝わっていた。
清司をいじめていた空手部の先輩たちは、全員入院。
烈に叩きのめされた傷は、想像以上に深刻だったらしい。
だが意外にも、彼らは清司や烈、そしてたんぽぽ荘に対して被害届を出すつもりはないという。
おそらく——烈を恐れたのだろう。
さらに、これまで標的にされていた他の部員たちの証言も次々に明るみに出た。
その結果、彼らは空手部を退部処分となった。
清司を苦しめ続けていた“特別指導”は、ようやく終わりを迎えたのだった。
◆
烈がたんぽぽ荘へ戻ってきたのは、それから3日後のことだった。
学校を終えた清司が玄関を開ける。
すると——
「烈!!」
そこには、いつものように立っている烈の姿があった。
清司は目を見開き、反射的に駆け寄る。
「清にぃ!!」
烈は、いつも通りの笑顔を浮かべていた。
その顔を見た瞬間、清司の胸に張りついていた不安が、一気にほどけていく。
「烈っ!大丈夫だったか!?」
「あぁ! 別になんともねーよ!」
烈はケロッとした様子で答えた。
その無邪気な声に、清司の目元がじわりと熱くなる。
「よかった……! 本当によかった……!」
清司は堪えきれず、烈を強く抱きしめた。
「うおっ!?」
烈は少し驚いたあと、どこか照れ臭そうに顔を逸らす。
「な、なんだよ急に……」
耳がほんのり赤くなっていた。
そんな2人を見て、結菜がくすりと笑う。
「積もる話もあるでしょ? さ、ご飯食べよ?」
そしてその夜。
たんぽぽ荘では、久しぶりに皆揃って食卓を囲んだ。
賑やかな声、温かな料理の匂い、笑い声。
いつも通りの日常。
だがその“当たり前”が、今夜はひどく愛おしく感じられた。
そして清司は、その輪の中で、久しぶりに心から笑っていた。




