「烈の傷跡」
とある日の夜。
夕食を終えた烈と光井は、談話室でくつろいでいた。
「ところでよー」
光井がふと、烈に声をかける。
「ちょっと気になってたことがあってさ……」
「ん?」
烈は軽く返した。
「その“左目の傷跡”のことなんだけど——」
烈の左目の下には、2本の傷跡がある。
光井は、初めてそれを見たとき、過去の喧嘩か何かでついたものだろうと考えていた。
だが後に、その傷はそうしたものではなく、テツによるものだと知ることになる。
経緯はこうだ。
今でこそ慣れているが、もともとテツは大の風呂嫌いだった。
烈も当初は、入浴させるのに相当苦労していたという。
ある日、暴れるテツをなだめていた最中、振り回された腕に引っかかる形で、鋭い爪が烈の左目付近に当たった。
——それが、あの傷の由来だった。
なお烈いわく、喧嘩でついた傷は一つもないらしい。
◆
しかし、光井にはどうしても引っかかることがあった。
「ファクターってよ、普通の人より身体能力とか免疫力とか、色々強くなるだろ?」
「ああ」
烈は短く頷く。
「だから、病気にも怪我にもなりにくいし、もしなったとしてもすぐ治る——そういうもんだよな?」
光井は確認するように言った。
「特にさ……烈って、その中でもそういうの、かなり高い方なんだろ?」
「あー、そうだな」
烈はあっさりと答える。
光井の言う通り、烈は“強化”という特性の影響で、他のファクターと比べても高かった。
「ならよ、その傷だって……すぐ治って、跡も残らなかったんじゃねーの?」
光井は首をかしげる。
その疑問はもっともだった。
だが——
「ああ、これな。ちゃんと理由があんだよ」
烈は少しだけ視線を落とし、そう言った。
◆
「確かに、これくらいの傷ならすぐ治る。なんなら、音が心配して、すぐに治そうとしてくれたんだけどさ——断ったんだ」
「なんで?」
光井が眉をひそめる。
「ほら……なんか、いい感じに傷入ってるし——」
烈は少しだけ笑いながら言いかけて、ふっと表情を緩めた。
「この傷跡見るとさ……あんときのテツ、めちゃくちゃ風呂嫌がってたなーって、思い出すんだよなー」
どこか懐かしむような口調だった。
「……つまり、その傷跡は、デザインが気に入ってるのと……テツとの思い出ってことか?」
「そういうこった!」
烈はあっけらかんと笑った。
◆
「じゃあ、その傷跡が治らないのは?」
「あー、それな。俺とか閃って、ピアスつけてるだろ?」
烈は左耳の銀のピアスを軽く指で弾いた。
「こういうのって、要するに“体に穴が空いてる状態”だろ?」
「そうだな」
光井は頷く。
「つまり——自分が“怪我”って認識しなきゃ、それは怪我じゃない。だから、治す必要もないって、エーテルが判断してるんじゃないか」
「——って、松永主任が言ってたぜ」
「……なるほどな!」
光井はぱっと表情を明るくした。
「ってことは、タトゥーとかも同じで、“怪我じゃない”って認識してりゃ、そのまま残るってわけか!」
「たぶんな」
烈は気楽に答える。
実際、烈の左目の傷跡も、テツとの思い出として消したくないという意思が、そのまま反映された結果だと言える。
「いやー!なんかスッキリしたぜー!」
光井は満足そうに伸びをした。
「そんなに気になってたのかよ……」
烈は呆れたように笑った。




