「姉妹 -凛-」
とある日の昼過ぎ。
テツの散歩から帰ってきていた烈は、施設の外庭にいた。
その日は晴れ渡る空で、いい散歩日和だった。
「気持ちいい日だな、テツ」
烈は背を伸ばしながら、テツに声をかけた。
テツも気持ちよさそうに、芝生の上に横たわっていた。
そこへ、見知らぬ女性がやってきた。
(ん?誰だ?)
Tシャツに短パン、大きなリュックという非常にラフな格好をしており、顔立ちは非常に美人。
どう見てもオルフェの関係者には見えなかった。
職員以外でオルフェを訪れる人間は、大体限られている。
烈が不思議そうに眺めていると、女性の方から声をかけてきた。
「ハァイ!キミ、オルフェの人ね?」
見た目通りというべきか、非常にフランクな挨拶だった。
「そっすね。んで、あんたは?」
烈が返すと、女性はフフッと笑顔を見せた。
「ウチの妹が、いつもお世話になってるわ」
(妹?……誰の姉貴だ?アンジュか?いや、アンジュに姉貴はいねーか)
なんとなく雰囲気がアンジュに似ていると感じた烈は一瞬そう思った。
女性はテツに気づくと、しゃがみ込んでその頭を撫でた。
「カワイイコね〜♪お名前は?」
テツは、初対面の女性に頭を撫でられ、しっぽを振りながら起き上がると、近づいていった。
「テツって言うんスけど……あんま人に懐かないんスよ。でもお姉さんのことは気に入ってるみたいっスね」
烈は驚きながらも、思わず笑顔で答えた。
「そっか!うれしいワ♪キミは?」
「自分は烈っス」
「烈くんにテツくんか♪2人ともカッコイイわね」
「あ……ドモ」
不意に褒められ、烈は思わず照れてしまった。
「ところで、誰の姉さんなんスか?」
女性はテツを撫でつつ答えた。
「白木 怜の姉よ。あ、名前は凛って言うの」
「えっ……!?」
昔、怜には姉がいると聞いたことはある。
しかし折り合いが良くないのか、怜は自分から話そうとはしなかった。
周りも無理に聞くことはなく、いつしか記憶の片隅のことになっていた。
「怜の……ねーちゃん……?」
まったくタイプの違う姉妹に、烈は驚きを隠せなかった。
「フフフ♪ナイスリアクション」
凛は、そんな烈を見てクスクスと笑っていた。
「今日は、久しぶりに怜に会いに来たの」
「あ……そうだったんスね」
つい昨日、怜と共に任務にあたっていたが、そんな話は一切聞いていない。
「そろそろ行こうかな。またね〜♪」
そう言って、凛は受付棟の方へ歩いていった。
「……びっくりだな、テツ」
その後ろ姿を眺めながら烈は呟き、テツの方を見た。
テツはしっぽを振り、上機嫌だった。
◆
受付をすませると、スタッフが出迎えた。
凛は案内され、応接室へと通される。
「少々お待ちください」
そう言い残し、スタッフは外へ出た。
凛は荷物を置き、ソファーに腰を下ろした。
(あの子に会うの、お母さんの七回忌以来かな……)
◆
凛は、怜の11歳歳上の姉だ。
バックパッカーとして、世界中を旅して暮らしている。
それは父の影響でもあった。
父に憧れ、その背中を見て育った。
幼いころから、父と何度も旅に出た。
母は生まれつき身体が弱く、一緒についてくることはできなかった。
それでも2人は旅先の写真をスマカに送り続けた。
母はいつも、それを楽しそうに眺めていた。
そして、怜が産まれて1年が経った頃のこと。
シリアで内紛に巻き込まれ、父は亡くなった。
遺体も残らなかった。
訃報を受けた凛も母も、泣き崩れた。
危険なのはわかっていた。
いつ、こうなってもおかしくない——頭ではわかっていた。
その後、母は凛にもうバックパッカーを辞めてほしいと頼んだ。
しかし凛は、首を縦に振らなかった。
父との時間、語り合った日々——それを消すことはできない。
わがままなのは重々承知している。
それでも——父の想いは、私が継ぐ、と。
15歳になった凛は、母や周りの反対を押し切って、再び旅へと出た。
今度は父のいない、1人きりの旅。
その1年後、母は急逝した。
その知らせが凛のもとに届いたのは、母が亡くなって2ヶ月後のことだった。
◆
15分ほど待った頃、扉がそっと開いた。
怜だった。
凛は思わず立ち上がった。
「怜……!!こんなに可愛くなって……」
数年ぶりの再会に、その成長ぶりに素直に驚いていた。
しかし怜は、目も合わそうとしなかった。
「……なんか用?」
冷たく言い放つ怜。
「久しぶりに日本に帰ってきたから、会いたくて……サ」
凛は少し俯きながら答えた。
「私は、あなたに会いたくない」
怜は再び冷たく返した。
「……でも、会ってくれたじゃん。ありがとね」
「……もう、いい?」
「ねぇ……怜」
凛が何かを言おうとした。
「まさか、和解したい……なんて言わないよね?」
怜は静かに、しかし強い口調で遮った。
少しの沈黙のあと、凛は口を開いた。
「今より少しでも、仲良くなりたい……」
「なんで?」
怜は低い声で問い返した。
「大切な妹だから……唯一の家族だから」
それを聞いた瞬間、怜は声を荒らげた。
「!!今更、何!?散々好き勝手しといて、ママにもずっと心配させてた癖に!!」
「私は、あなたのような勝手な人間とは話したくない!!家族とも思ってない!!」
凛はその言葉を、黙って受け止めていた。
「もう、二度と来ないで!!私の邪魔をしないで!!」
「……今まで通り、好き勝手すればいいでしょ……?もう帰って」
怜は少し息を切らしていた。
少し間を置いて、凛は再び口を開いた。
「全て怜の言う通り。本当にわがままで、ママにも最後まで心配をかけて……」
「だから、私に残された、たった1人の家族には——」
「もう、聞きたくない!!」
言葉を遮り、怜は叫んだ。
そして、勢いよく部屋から出て行った。
凛は1人、応接室に残されていた。




