大根で殴るよりマシ
うーん、大根。分かっていたけど大根。役者という技能が一夕一朝で身につくわけもなし。掛ける日数が4日だろうと4年だろうと、モノにならないやつはならない。それが芸術分野というものだ。
話のスジを変えて若侍が恋をするパターンを起こしたはいいが、できるだけ演技とセリフを削っても相手役にだって多少は見せ場が必要だ。でなければ書き割りと変わらない。
いっそ下手な役者より人形のほうがマシまである。物なら見ている側で脳内補完できるからね。
となると相手役を仰せつかった屏風覗きだって、相応に演技をしなければいけないのだが――――
「――――どうしたもんやろかぁ」
先輩役者、お栄さんの『心底困った』感のある一言が静まり返った部屋に突き刺さる。
デビルニャンコからデリバリーされた巨大おにぎりをムシャりながら、なんとかおやつ前に仕上げた新シナリオ。さあここから特訓だと意気込んだはよいものの、芝居の稽古の感触は暗雲が立ち込めている。
叱咤激励の段階はとうに過ぎ、普通なら『君、才能無いよ』と監督や共演者に真顔で言われる状態だ。なんでここまでの下手クソをよこしたと、初日に事務所へと苦情が入るレベルである。
屏風覗きの演技、ドがつく下手クソであると判明しました。
いや、分かっていた。分かっていたの。だから初めの相手役が惚れる側のプロットだって、情緒もクソも無く叫ぶようなセリフばっかにしてたんだし。
アイドル掛け持ちイケメン俳優のドラマにありがちな、『無駄に叫ぶ・やたら怒鳴る・周りが話を転がすから無言』の三種の神器を参考に、演技の未熟さを誤魔化していく手法にしたのだ。
一応、セリフ覚えと滑舌だけは自信があったんです。書いた本人だし。だが、いざ演技となるとまるでダメ。ただの台本読みと芝居における『俳優の存在感・説得力』はまったく別物だった。
屏風覗きが壇上に居るだけで場が『物語の場面』ではなく、宿の部屋になってしまうほど周りの白け加減が伝わってくると言いましょうか。
役のキャラクターになりきっている他のうまい俳優たちでさえ、屏風覗きがいると『演じている人』に成り下がってしまうのだ。これはアカン。数日でどうにかなるもんじゃないぞ。
「浦の字、おまえもどうした? もうちょっと白石様を引っ張ってやらんか」
座長の設樂氏から叱るというか、困惑交じりの言葉が漏れた。
この一座の花形役者たる浦衛門は主役であり、今回の色恋パートで屏風覗きの演じる『九朗』とは当然もっとも絡みが多い。
関係ないがネーミングセンスは勘弁してほしい。小洒落た名前つけてもしょうがないし。とある時代劇の主役からお借りしたわりと由緒正しい名前だ。なお他の候補は長七郎と平蔵である。
「分かってるよぉ。けど、なんかこう、入ってこないんだよ」
言葉がちょっと足りないが、たぶん『役が入ってこない』と浦衛門は言いたいのだろう。役者の間ではよく聞かれるセリフかもしれない。屏風覗きは役が入る入らない以前の段階なので天上人の悩みだ。
「まずあんたが『好きや!』いう気持ちを出さんと話にならんやろ。なに照れてますの」
先輩である浦衛門たちに舞台の空気を作ってもらうことで素人演技にブーストを掛ける算段をしたのだが、そのための点火剤とも言える主役がいまいち色恋の空気に乗れていない。その結果、ただひたすら舞台がギクシャクしてしまう。
いつもの芝居ではいないメンバーなわけだし、異物がいると勝手が違うのもあるんだろうな。
せめてもの策としてセリフの無い見つめあうシーンを作ってみたのだが、これが一番ダメだった。視線が合うと顔真っ赤にした浦衛門にメッチャ笑われる。屏風精一杯の真面目顔が普段のアホ面とギャップがありすぎて笑いを誘うのだろう。
まあこれに関してはいずれ収まるはず。問題はやはり屏風覗きの大根ぶりだろう。
ブリと大根と言えば寒い時期だしホクホクのブリ大根が食べたい。ダイコンに含まれる消化酵素アミラーゼは天然の胃薬なのです。毎度胃袋にドッカリ居座る白米をなんとかしたい。毎度主食だけで胃下垂になりそうだ。
「真剣味が足りぬ」
例によって余計な事を考えていた時、それまでずっと置物のように稽古を眺めていた東名山様がポツリと、それでいて全員の耳に届く鋭い一言を漏らした。
「山ン本の。先ほどから見ておれば貴様が一番気が散っているではないか。どういう了見か」
内心で自覚するところがあるのだろう。浦衛門は東名山様の指摘に露骨に狼狽した。
「此度の芸の勝負、一座の側から白石殿に売り込んできたと聞いている。それがこの体たらく――――無礼」
慌てて浦衛門との間に入ろうとするより早く、鞘に入ったままの彼女の刀を向けられ遮られてしまう。
刀身さえ見えていないというのに、まるで氷のように冷たい鋼の気配が突き刺さる。
「貴様ら、これで何を売り込みに来た? 童が拙い芸をして飴玉を貰えるのは客の情けからぞ。本職でありながらこのような有様で――――我が君にかような三文芝居を披露するつもりか?」
いっそお目汚しにならぬよう、一人残らず切り殺してやろうか?
最後の言葉は東名山様の口から放たれてはいない。ただ、そう言い放ったと思えるほどの怒りがそこにある。
駄作もいいところの映画を見せられた客のような気分なのだろう。普通の観客と彼女の違いは、本当に関係者を軒並み切り殺せる力があることだ。
「白石殿。これは我が君はもちろん黄の方も御観覧なされる勝負であることをお忘れか? そなたの縁故だけでこのような木っ端芸人どもを場に出せば、恥をかくのは御前なのですよ?」
「こっ、そこまで仰いますかい!」
ども、という言葉で自分だけでなく仲間まで下げられたことに思わず言い返した浦衛門に対し、東名山様は『芸に中身が無い』と吐き捨て侮蔑の視線を向けた。
練習中という事を差し引いても練習にも身が入っておらず、あまりに不真面目だと思われたようだ。
――――痛感する。確かに不真面目だった。これは黄と白の国人の御前で披露し、神に奉納する芸のはず。なあなあの甘えた持たれ合いなど許されていいはずがない。
そう、素人を大事な役で出そうとか最初から何様の話。
これは学芸会でも部活動のお見送りでもない。実力も無いのに花を持たせてやろうと見せ場を作るなど、見に来た観客にこそ無礼千万ではないか。
まさしく金返せである。そんなお情けだけのお点前行為は身内だけでやれってものだ。ああ、強烈なビンタでも受けたように目が覚めた。
ありがとうございます、東名山様。
身を正して大げさなまでに礼をする。厳しくも暖かいお叱り、確かに頂戴いたしました。
「え? あ、そう、ね? 分かってくだされば我は」
――――時に東名山様。そういえばこの旅路の間は建前上は屏風と同格でしたよね? そしてこの勝負、御前の名を辱める結果となることを当然よしとはしておられない。
「え? え? 白石、殿?」
美しくも凛々しく担架を切るそのお姿。まさしくこの物語の若侍そのもの!
あなたさまが木っ端芸人と呼ぶ彼らに、ぜひ模範となる侍の姿をお見せください。我らが愛しき白玉御前のために!
「ちょっと、ちょっと待ちなさいっ」
よもや嫌とは言いますまいねっ!? 役者をこき下ろしてあれだけ担架切ったんですから!
同格として! 白の勝利のために! 協力してくれますよねぇ!?
「ちょ、ちょーっ!?」
<実績解除 寄り切り 3000ポイント>




