第39話「三学期最後の試験、あるいは全員が変わっていた」
三学期最後の定期試験が始まった。
三日間、六科目。
一年間の総まとめだった。
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試験初日、魔法実技だった。
ファウルが全員の前に立った。
「今回は一年間の総合評価も兼ねている。各自、全力を出せ」
エルフィーナの番が来た。
ファウルは眼鏡を拭いた。
計測器を三台用意していた。
エルフィーナが魔法を放った。
一台目が限界を超えた。
二台目も超えた。
三台目は新しく取り寄せた強化型だった。
それも超えた。
「……アルカディア令嬢」
「はい」
「今学期も加減を」
「八分の一です」
「八分の一で三台とも」
「申し訳ありません」
ファウルは手帳に「評価不能、別途記録」と書いた。
一年間、変わらなかった。
レオンは天井を見た。
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カイの番が来た。
一学期とは別人だった。
魔力の精度が上がっていた。持続時間が伸びていた。イリス一行との稽古で鍛えた成果が出ていた。
ファウルが少し目を細めた。
「カイ・ヴェルナー、一学期から大幅に伸びた」
「ありがとうございます」
「夏休みからずっと伸びているな。何をしていた」
「道場の稽古と、色々な相手との手合わせです」
「色々な相手というのは」
「ヴァルハイムの方々とも稽古しました」
「ヴァルハイムの」
「イリス殿下と、ご一行の四名です」
ファウルは少し間を置いた。
「……なるほど」
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アロイスの番が来た。
入学当初とは全く別の動きだった。剣と魔法と体術の複合が滑らかだった。
ファウルが頷いた。
「クロイツェル家の嫡男、これは」
「ありがとうございます」
「体術が加わっている。学院の授業には体術はない」
「独自に研究しました。エルフィーナに助言をもらいながら」
「エルフィーナ・フォン・アルカディアにか」
「はい。カイさんと一緒に研究しました」
「なるほど。それで二人の動きが似ているのか」
「似ていますか」
「細部が違うが、基礎の考え方が同じだ。教えた人間が同じだからだろう」
アロイスは少し考えた。
「修正します」
「何を修正するのだ」
「独自性をもっと出します」
ファウルは少し笑った。
「それでいい」
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ミレーユの番が来た。
一学期からずっと上位だった。今学期も変わらなかった。
しかし今回は精度が上がっていた。
イリス一行との稽古で、様々な魔法への対応を学んでいた。
ファウルが言った。
「ロシャール家の令嬢、今回は一段階上の動きだ」
「ありがとうございます」
「何が変わったか、自分でわかるか」
「相手の魔法の特性を読んでから対応するようになりました」
「それはどこで学んだ」
「エルフィーナ様の稽古で学んだことです。相手を読んでから動く、という基本です」
「エルフィーナ・フォン・アルカディアか」
「はい」
「……あの令嬢は学院の外でも教えているのだな」
「道場があります」
「なるほど」
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試験二日目、剣術実技だった。
グラハムが全員を見渡した。
「今回の試験は、特別なものが混ざっている」
「特別なもの、とは」ミレーユが聞いた。
「ヴァルハイムからの留学生も参加する。イリス・フォン・ヴァルハイム殿下と、ご同行の四名だ」
道場が静かになった。
カイがレオンに小声で言った。
「一緒に試験を受けるんですか」
「聞いていませんでした」
「エルフィーナさんと同じ評価基準ですか」
「おそらく別評価だと思いますが」
「それでも」
「ええ。色々と複雑になりますね」
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剣術実技が始まった。
エルフィーナとイリスが同じ日に試験を受けることになった。
グラハムはエルフィーナの試験を先に見た。
エルフィーナが黒嵐と白露を構えた。
グラハムが相手をした。
二十合。
「……評価不能、別途記録」
グラハムはいつもの言葉を書いた。
次にイリスの試験を見た。
イリスがヴァルハイム流の構えを取った。
グラハムが相手をした。
三十合打ち合った。
「……これは」
グラハムは少し止まった。
「イリス・フォン・ヴァルハイム殿下、非常に高い水準だ」
「ありがとうございます」
「この学院に来てから、稽古は続けていたか」
「毎日エルフィーナに稽古をつけてもらっています」
「……なるほど」
グラハムはエルフィーナを見た。
「アルカディア令嬢、また弟子が増えたな」
「道場生です」
「同じだ」
「そうかもしれません」
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カイの剣術試験が来た。
相手はグラハムではなく、バルディだった。
「カイ・ヴェルナー、今日は俺が相手だ」
「よろしくお願いします」
始まった。
バルディは本気だった。複合戦術の教官として、本気で来た。
カイは受けた。
押されなかった。
二十合。三十合。
四十合目で、カイが新しい動きを出した。
魔力を足に集めた踏み込みと体術を組み合わせた動きだった。
バルディが一瞬崩れた。
カイが制した。
バルディは止まった。
「……今の動き、どこで習った」
「自分で作りました。アロイス様と研究しました」
「複合戦術に体術を組み込んだか」
「エルフィーナさんの動きを参考にしました」
「エルフィーナ流か」
「そうかもしれません」
バルディは少し間を置いた。
「……三学期の授業に組み込む価値がある動きだ。詳しく教えてくれるか」
「喜んで」
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試験三日目、座学だった。
結果が出た。
全科目総合一位、エルフィーナ・フォン・アルカディア。
歴史は今回も二位だった。
「また歴史が二位ですね」レオンが言った。
「悔しい」
「一位は殿下ですが」
「わかっている」
「ただ、今回は全体の点数が上がっています」
「そうか」
「一年間で全科目が伸びています」
「当然だ」
「当然という顔をしないでください」
エルフィーナは少し考えた。
「カイはどうだった」
「総合で上位十位に入りました」
「そうか。よくやった」
「アロイス様は総合で上位五位に入りました」
「アロイスも伸びた」
「ミレーユ様は総合二位でした」
「ミレーユは優秀だ」
「レオンも聞いてください」
「レオンはどうだった」
「……総合三位でした」
「そうか。よくやった」
「姉上に言われると複雑ですが、ありがとうございます」
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掲示板の前でミレーユがレオンに言った。
「レオン様、三位おめでとうございます」
「ありがとうございます。ミレーユ様こそ二位です」
「エルフィーナ様が一位でなければ、もう少し緊張したかもしれません」
「エルフィーナ様が一位なのはいつも通りですから」
「そうですね」
ミレーユは掲示板を見た。
イリスの名前があった。
外国人留学生として別枠だったが、単独評価で上位相当の成績だった。
「イリス殿下も優秀ですね」
「ヴァルハイム王女ですから」
「しかしこの学院の授業を受けたのは一学期分だけですよ」
「そうですね。頭もいい方なんでしょう」
「エルフィーナ様と稽古をすると、頭もよくなるんでしょうか」
「……考えすぎかもしれませんが、そういう側面はあると思います」
「どういう意味ですか」
「相手を読んで、状況を判断して、次の動きを考える。稽古でそれを繰り返すと、物事の考え方が変わります」
「バルディ教官もそんなことを言っていましたね」
「エルフィーナ流武術は、技術だけでなく考え方を変える、と」
「そうですね」
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試験が終わった夜、イリスがエルフィーナに話しかけた。
「エルフィーナ」
「何だ」
「試験が終わった。しばらくしたら卒業だと聞きました」
「そうだ。来月だ」
「卒業したら旅に出るのですね」
「ああ」
「私も帰国します」
「そうか」
イリスはしばらく間を置いた。
「一つ聞いていいですか」
「言え」
「旅の途中で、ヴァルハイムに来ることはありますか」
エルフィーナは少し考えた。
「強い相手がいれば行く」
「ヴァルハイムには強い相手がいます」
「では行くかもしれない」
「……その時は、また手合わせをしてください」
「望むところだ」
イリスは少し笑った。
「この学院に来てよかったです」
「そうか」
「強くなれました。しかしそれだけではありません」
「他に何があった」
「本気で向かい合ってくれる人間に出会えました」
「それは」
「あなたのことです」
エルフィーナはしばらく考えた。
「私もよかった。毎日変わる相手は、稽古のしがいがある」
「それは褒め言葉ですか」
「ああ」
「では受け取ります」
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その会話を少し離れたところから見ていたミレーユが、レオンに小声で言った。
「イリス殿下、変わりましたね」
「ええ。最初の高圧的な感じが、だいぶ薄れました」
「エルフィーナ様の影響ですね」
「そうだと思います」
「エルフィーナ様は何もしていないつもりでしょうが」
「いつも通りです」
ミレーユはエルフィーナとイリスを見た。
「二人が並んでいると、似ていますね」
「雰囲気がですか」
「ええ。銀髪と黒髪で、外見は全然違います。しかし」
「しかし?」
「強さを真っ直ぐ追いかけている顔が、似ています」
「そうですね」
「エルフィーナ様は旅に出て、各地でこういう出会いをするんでしょうね」
「そう思います」
「羨ましいですね」
「ミレーユ様も旅に行くでしょう」
「ええ。一緒に行きます」
「それは決めているんですね」
「決めています」ミレーユは静かに言った。「エルフィーナ様の傍にいることは、私の役目です」
レオンは少し間を置いた。
「……私も同じです」
「そうですね」
「二人とも、同じ役目を持っています」
「そうですね」
二人は少し笑った。
道場から素振りの音が聞こえた。
試験が終わった夜も、エルフィーナは変わらなかった。




