表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
侯爵令嬢は恋を知らぬまま最強である 〜最強なのに、恋だけがわからない〜  作者: 玉響すばる


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

50/56

第36話「追いかけてきた四人、あるいはレオンの書類が増えた日」

 イリスが学院に来て三日目の朝だった。


 正門が開いた。


 馬車が四台、連なって入ってきた。


 レオンは書類の整理をしていた。


 ゴドフリーからの手紙を読んでいた。


 カイが走ってきた。


「レオン様、正門に馬車が四台来ています」


「誰ですか」


「わかりません。しかし全員、剣を持っています」


 レオンは手紙を置いた。


 嫌な予感がした。


---


 四人が馬車から降りた。


 全員、女性だった。全員、十四歳前後だった。全員、剣を持っていた。


 一人目。金髪の長身。公爵家の紋章がついた外套を着ていた。


 二人目。茶髪の中背。侯爵家の紋章だった。


 三人目。黒髪のやや小柄。伯爵家の紋章だった。


 四人目。赤髪の長身。辺境伯家の紋章だった。


 全員が学院を見渡して、口を揃えたように言った。


「イリス様はどこですか」


 レオンは書類を手に、その光景を見た。


 仕方ない、と思った。


 今日の「仕方ない」は、重かった。


---


 四人はイリスを探して廊下を歩き回っていた。


 ミレーユがレオンに小声で言った。


「あの四人、全員イリス殿下を追いかけてきたんですか」


「そうだと思います」


「どういう関係ですか」


「イリス殿下に心酔しているようです」


「お姉様と呼んでいますね」


「ええ。先ほど聞こえました」


「四人とも」


「四人ともです」


 ミレーユは少し間を置いた。


「……エルフィーナ様に報告しますか」


「しません。知ったら面倒なことになります」


「どう面倒になりますか」


「全員と手合わせをしようとします」


「……そうですね」


「しかし遅かれ早かれ会います。今日中に」


「そうですね」


 ミレーユはその四人を見た。


「あの四人、強そうですね」


「ヴァルハイム王国でイリス殿下に次ぐ実力者たちだと思います」


「エルフィーナ様と会ったらどうなりますか」


「……手合わせになります」


「そうですね」


---


 イリスが廊下を曲がったところで、四人と鉢合わせした。


 四人が同時に駆け寄った。


「イリス様っ」


「追いかけてきたのですか」


「当然です。イリス様を一人で留学させるわけにはいきません」


「私は一人で来たかったのです」


「なりません。イリス様の傍にいるのが私たちの役目です」


 イリスは少し間を置いた。


「……あなたたちは本当に」


「イリス様、こちらの学院はいかがですか。強い相手はいましたか」


「いました」


「誰ですか」


「この国の王太子と、アルカディア家の令嬢です」


 四人が顔を見合わせた。


「令嬢、ですか」


「ええ。アルカディア侯爵家の一人娘です。前世の記憶で武術を習得したと言っていました」


「前世の記憶で、ですか」


「信じがたいですが、本物です。三本打ち合って三本負けました」


 四人が静かになった。


 金髪の公爵令嬢が言った。


「……イリス様が三本負けた、ですか」


「そうです」


「それは」


「本物です。認めます」


 四人はしばらく黙っていた。


 赤髪の辺境伯令嬢が言った。


「その令嬢に、私たちも手合わせを申し込んでいいですか」


「好きになさい」


「イリス様が負けた相手なら、私たちにとっても腕試しになります」


「止めません。ただし」


「ただし?」


「覚悟しなさい」


---


 昼食の時間、四人がエルフィーナを見つけた。


 食堂で静かに食事をしていた。


 四人が向かい合って立った。


 エルフィーナは食事を続けていた。


「アルカディアの令嬢か」金髪の公爵令嬢が言った。


「そうだ」


「イリス様が三本負けたと聞いた」


「そうだ」


「信じられない」


「信じなくていい。手合わせをすればわかる」


 四人が顔を見合わせた。


「全員でお願いしたい」


「同時にか」


「順番に。四人全員と手合わせしてほしい」


「わかった。午後に道場で」


 エルフィーナは食事に戻った。


 レオンは隣で額に手を当てた。


---


 午後の道場に人が集まった。


 今日は多かった。


 イリスも来ていた。壁際に立って、腕を組んでいた。


 四人が並んだ。


 エルフィーナが向かい合った。


「一人ずつか」


「はい」金髪の公爵令嬢が代表して言った。「私が最初に」


「名前は」


「ルイーザ・フォン・グランツ。ヴァルハイム公爵家の長女です」


「わかった。来い」


---


 一人目、ルイーザとの手合わせが始まった。


 ルイーザは速かった。イリスとは違うタイプだった。細かい技術よりも、速さと連続攻撃を得意としていた。


 十合。十五合。


 二十合目で、エルフィーナの木刀がルイーザの剣を弾いた。


「……参りました」


 ルイーザは木刀を下げた。顔が驚いていた。


「二十合か」イリスが壁際で静かに言った。「私より二合少ない」


 エルフィーナは次の相手を見た。


「二人目」


---


 二人目、茶髪の侯爵令嬢。エリカ・フォン・シュタイン。


 重い剣術だった。力強さが武器だった。


 十合。


「……参りました」


 三人目、黒髪の伯爵令嬢。クラウディア・フォン・ベルク。


 守備型だった。なかなか崩れなかった。


 二十五合。


「……参りました」


 四人目、赤髪の辺境伯令嬢。フレア・フォン・ロート。


 荒々しかった。力任せに来た。しかし根性があった。


 十五合。


「……参りました」


---


 四本全部、エルフィーナが制した。


 道場が静かになった。


 四人が並んで立っていた。全員、顔が変わっていた。


 ルイーザが言った。


「……信じられない」


「そうか」


「イリス様が負けたのは、これか」


「強かったか」エルフィーナが聞いた。


「強かった。本物だ」


 フレアが言った。


「あなた、何者ですか」


「アルカディア侯爵家の令嬢だ」


「侯爵家の令嬢が、なぜここまで強いのか」


「前世の記憶がある。別の世界で武術を学んでいた」


 四人が顔を見合わせた。


 クラウディアが言った。


「……イリス様はこの方の道場に通っているのですか」


「通い始めました」イリスが壁際から言った。


「では私たちも」


「好きになさい」


 四人がエルフィーナを見た。


「道場に通わせていただけますか」


「強くなりたいなら来い」


 それだけだった。


---


 レオンはその会話を聞きながら、手帳を開いた。


 書き始めた。


 ミレーユが隣に来た。


「レオン様、何を書いているんですか」


「新しい道場生の名前と身分を記録しています」


「四人分ですか」


「四人分です」


「大変ですね」


「王都道場の生徒録を更新して、ゴドフリーに連絡して、学院の外国人留学生管理の書類も確認して」


「一日では終わりませんね」


「三日かかります」


 ミレーユは少し間を置いた。


「レオン様、仕方ないと思っていますか」


「思っています」


「どんな仕方ないですか」


「今日は諦めの仕方ないです」


「珍しいですね。最近は穏やかな仕方ないが多かったのに」


「四人増えましたから」


「そうですね」


 ミレーユは道場を見た。


 エルフィーナが四人に稽古をつけ始めていた。


 イリスもその輪に入っていた。


「エルフィーナ様、嬉しそうですね」


「稽古相手が増えたので」


「そうですね」


「姉上にとって、稽古相手が増えることは純粋によいことです」


「私たちにとっては色々増えますが」


「ええ」


---


 夕方、イリスがレオンに話しかけた。


「アルカディアの弟ですか」


「レオン・フォン・アルカディアです」


「一つ聞いてもよろしいですか」


「はい」


「エルフィーナは、あの強さで婚約者が王太子だけなのですか」


 レオンは少し間を置いた。


「そうです」


「なぜあの強さで複数の婚約者を持たないのですか。この国では一人が普通なのですか」


「普通です。それに姉上は婚約に興味がありません」


「興味がない?」


「修行の旅に出ることの方が大事なようです」


 イリスはしばらく黙った。


「旅に出るのですか」


「卒業後に」


「強い相手を求めて」


「そうです」


「……なるほど」


 イリスはしばらく考えた。


「もう一つ聞いてもよろしいですか」


「はい」


「エルフィーナは王太子のことをどう思っているのですか」


 レオンは少し間を置いた。


「刀と同じくらい好きだと言っています」


「刀と同じくらい」


「はい」


「それは……どういう意味ですか」


「姉上にとっては最上位の評価です。しかし本当の意味はまだ理解していないかもしれません」


 イリスはしばらく黙った。


「……不思議な人間ですね、エルフィーナは」


「そうだと思います」


「強すぎて、恋愛がわからない、ということですか」


「そういうことかもしれません」


「……私も似ているかもしれません」


「そうですか」


「強さを基準にしすぎると、他のことが見えなくなります。エルフィーナはその極端な例です」


「極端な例、というのは」


「武術だけを追いかけてきた人間が、婚約者の別の強さに気づき始めている。それは変化です」


 レオンは少し驚いた。


「……イリス殿下、鋭いですね」


「見ていればわかります。エルフィーナが王太子を見る時の顔が、稽古相手を見る顔と少し違います」


「気づいていたんですか」


「ええ。あの人は気づいていないでしょうが」


「……おそらく気づいていません」


 イリスは少し笑った。


 初めて見る笑いだった。高圧的な顔が、少し柔らかくなっていた。


「面白い人間です。エルフィーナは」


「そうですね」


「この学院にいる間、多くのことを学べそうです。武術だけでなく」


「それはよかったです」


「礼は結構です。強くなるために来ました。ただ予想外のものが学べそうです」


---


 夜、ゴドフリーへの手紙を書いた。


 エルフィーナが書いた内容をレオンが確認した。


「四人来た。全員道場生になった。名前は別紙の通り。イリス殿下も続けている。稽古の計画を頼む。エルフィーナ」


「……別紙に五人分の詳細が書いてあります」


「そうだ」


「ゴドフリーはどう反応すると思いますか」


「喜ぶだろう」


「覚書が増えますね」


「そうだろう」


 翌日、ゴドフリーから返事が来た。


 「エルフィーナお嬢様。五名のご報告、確かに受け取りました。道場生録に追加いたします。現在の道場生総数は三十六名となりました。なお覚書は七冊目が本日終了し、八冊目に入りました。イリス殿下ご一行の稽古計画を別紙にてお送りします。敬具 ゴドフリー・ハルト 追伸:ヴァルハイム王国の剣術体系について文献を取り寄せました。比較研究を始めます」


 レオンはその返事を読んだ。


「……覚書が八冊目に入りました」


「そうか」エルフィーナが言った。「ゴドフリーは元気そうだ」


「元気すぎると思います」


「追伸が面白いな」


「比較研究を始めるそうです」


「ゴドフリーらしい」


 レオンは返事を手帳に挟んだ。


 道場生三十六名。


 覚書八冊目。


 三学期が始まって三日目だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ