第36話「追いかけてきた四人、あるいはレオンの書類が増えた日」
イリスが学院に来て三日目の朝だった。
正門が開いた。
馬車が四台、連なって入ってきた。
レオンは書類の整理をしていた。
ゴドフリーからの手紙を読んでいた。
カイが走ってきた。
「レオン様、正門に馬車が四台来ています」
「誰ですか」
「わかりません。しかし全員、剣を持っています」
レオンは手紙を置いた。
嫌な予感がした。
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四人が馬車から降りた。
全員、女性だった。全員、十四歳前後だった。全員、剣を持っていた。
一人目。金髪の長身。公爵家の紋章がついた外套を着ていた。
二人目。茶髪の中背。侯爵家の紋章だった。
三人目。黒髪のやや小柄。伯爵家の紋章だった。
四人目。赤髪の長身。辺境伯家の紋章だった。
全員が学院を見渡して、口を揃えたように言った。
「イリス様はどこですか」
レオンは書類を手に、その光景を見た。
仕方ない、と思った。
今日の「仕方ない」は、重かった。
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四人はイリスを探して廊下を歩き回っていた。
ミレーユがレオンに小声で言った。
「あの四人、全員イリス殿下を追いかけてきたんですか」
「そうだと思います」
「どういう関係ですか」
「イリス殿下に心酔しているようです」
「お姉様と呼んでいますね」
「ええ。先ほど聞こえました」
「四人とも」
「四人ともです」
ミレーユは少し間を置いた。
「……エルフィーナ様に報告しますか」
「しません。知ったら面倒なことになります」
「どう面倒になりますか」
「全員と手合わせをしようとします」
「……そうですね」
「しかし遅かれ早かれ会います。今日中に」
「そうですね」
ミレーユはその四人を見た。
「あの四人、強そうですね」
「ヴァルハイム王国でイリス殿下に次ぐ実力者たちだと思います」
「エルフィーナ様と会ったらどうなりますか」
「……手合わせになります」
「そうですね」
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イリスが廊下を曲がったところで、四人と鉢合わせした。
四人が同時に駆け寄った。
「イリス様っ」
「追いかけてきたのですか」
「当然です。イリス様を一人で留学させるわけにはいきません」
「私は一人で来たかったのです」
「なりません。イリス様の傍にいるのが私たちの役目です」
イリスは少し間を置いた。
「……あなたたちは本当に」
「イリス様、こちらの学院はいかがですか。強い相手はいましたか」
「いました」
「誰ですか」
「この国の王太子と、アルカディア家の令嬢です」
四人が顔を見合わせた。
「令嬢、ですか」
「ええ。アルカディア侯爵家の一人娘です。前世の記憶で武術を習得したと言っていました」
「前世の記憶で、ですか」
「信じがたいですが、本物です。三本打ち合って三本負けました」
四人が静かになった。
金髪の公爵令嬢が言った。
「……イリス様が三本負けた、ですか」
「そうです」
「それは」
「本物です。認めます」
四人はしばらく黙っていた。
赤髪の辺境伯令嬢が言った。
「その令嬢に、私たちも手合わせを申し込んでいいですか」
「好きになさい」
「イリス様が負けた相手なら、私たちにとっても腕試しになります」
「止めません。ただし」
「ただし?」
「覚悟しなさい」
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昼食の時間、四人がエルフィーナを見つけた。
食堂で静かに食事をしていた。
四人が向かい合って立った。
エルフィーナは食事を続けていた。
「アルカディアの令嬢か」金髪の公爵令嬢が言った。
「そうだ」
「イリス様が三本負けたと聞いた」
「そうだ」
「信じられない」
「信じなくていい。手合わせをすればわかる」
四人が顔を見合わせた。
「全員でお願いしたい」
「同時にか」
「順番に。四人全員と手合わせしてほしい」
「わかった。午後に道場で」
エルフィーナは食事に戻った。
レオンは隣で額に手を当てた。
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午後の道場に人が集まった。
今日は多かった。
イリスも来ていた。壁際に立って、腕を組んでいた。
四人が並んだ。
エルフィーナが向かい合った。
「一人ずつか」
「はい」金髪の公爵令嬢が代表して言った。「私が最初に」
「名前は」
「ルイーザ・フォン・グランツ。ヴァルハイム公爵家の長女です」
「わかった。来い」
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一人目、ルイーザとの手合わせが始まった。
ルイーザは速かった。イリスとは違うタイプだった。細かい技術よりも、速さと連続攻撃を得意としていた。
十合。十五合。
二十合目で、エルフィーナの木刀がルイーザの剣を弾いた。
「……参りました」
ルイーザは木刀を下げた。顔が驚いていた。
「二十合か」イリスが壁際で静かに言った。「私より二合少ない」
エルフィーナは次の相手を見た。
「二人目」
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二人目、茶髪の侯爵令嬢。エリカ・フォン・シュタイン。
重い剣術だった。力強さが武器だった。
十合。
「……参りました」
三人目、黒髪の伯爵令嬢。クラウディア・フォン・ベルク。
守備型だった。なかなか崩れなかった。
二十五合。
「……参りました」
四人目、赤髪の辺境伯令嬢。フレア・フォン・ロート。
荒々しかった。力任せに来た。しかし根性があった。
十五合。
「……参りました」
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四本全部、エルフィーナが制した。
道場が静かになった。
四人が並んで立っていた。全員、顔が変わっていた。
ルイーザが言った。
「……信じられない」
「そうか」
「イリス様が負けたのは、これか」
「強かったか」エルフィーナが聞いた。
「強かった。本物だ」
フレアが言った。
「あなた、何者ですか」
「アルカディア侯爵家の令嬢だ」
「侯爵家の令嬢が、なぜここまで強いのか」
「前世の記憶がある。別の世界で武術を学んでいた」
四人が顔を見合わせた。
クラウディアが言った。
「……イリス様はこの方の道場に通っているのですか」
「通い始めました」イリスが壁際から言った。
「では私たちも」
「好きになさい」
四人がエルフィーナを見た。
「道場に通わせていただけますか」
「強くなりたいなら来い」
それだけだった。
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レオンはその会話を聞きながら、手帳を開いた。
書き始めた。
ミレーユが隣に来た。
「レオン様、何を書いているんですか」
「新しい道場生の名前と身分を記録しています」
「四人分ですか」
「四人分です」
「大変ですね」
「王都道場の生徒録を更新して、ゴドフリーに連絡して、学院の外国人留学生管理の書類も確認して」
「一日では終わりませんね」
「三日かかります」
ミレーユは少し間を置いた。
「レオン様、仕方ないと思っていますか」
「思っています」
「どんな仕方ないですか」
「今日は諦めの仕方ないです」
「珍しいですね。最近は穏やかな仕方ないが多かったのに」
「四人増えましたから」
「そうですね」
ミレーユは道場を見た。
エルフィーナが四人に稽古をつけ始めていた。
イリスもその輪に入っていた。
「エルフィーナ様、嬉しそうですね」
「稽古相手が増えたので」
「そうですね」
「姉上にとって、稽古相手が増えることは純粋によいことです」
「私たちにとっては色々増えますが」
「ええ」
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夕方、イリスがレオンに話しかけた。
「アルカディアの弟ですか」
「レオン・フォン・アルカディアです」
「一つ聞いてもよろしいですか」
「はい」
「エルフィーナは、あの強さで婚約者が王太子だけなのですか」
レオンは少し間を置いた。
「そうです」
「なぜあの強さで複数の婚約者を持たないのですか。この国では一人が普通なのですか」
「普通です。それに姉上は婚約に興味がありません」
「興味がない?」
「修行の旅に出ることの方が大事なようです」
イリスはしばらく黙った。
「旅に出るのですか」
「卒業後に」
「強い相手を求めて」
「そうです」
「……なるほど」
イリスはしばらく考えた。
「もう一つ聞いてもよろしいですか」
「はい」
「エルフィーナは王太子のことをどう思っているのですか」
レオンは少し間を置いた。
「刀と同じくらい好きだと言っています」
「刀と同じくらい」
「はい」
「それは……どういう意味ですか」
「姉上にとっては最上位の評価です。しかし本当の意味はまだ理解していないかもしれません」
イリスはしばらく黙った。
「……不思議な人間ですね、エルフィーナは」
「そうだと思います」
「強すぎて、恋愛がわからない、ということですか」
「そういうことかもしれません」
「……私も似ているかもしれません」
「そうですか」
「強さを基準にしすぎると、他のことが見えなくなります。エルフィーナはその極端な例です」
「極端な例、というのは」
「武術だけを追いかけてきた人間が、婚約者の別の強さに気づき始めている。それは変化です」
レオンは少し驚いた。
「……イリス殿下、鋭いですね」
「見ていればわかります。エルフィーナが王太子を見る時の顔が、稽古相手を見る顔と少し違います」
「気づいていたんですか」
「ええ。あの人は気づいていないでしょうが」
「……おそらく気づいていません」
イリスは少し笑った。
初めて見る笑いだった。高圧的な顔が、少し柔らかくなっていた。
「面白い人間です。エルフィーナは」
「そうですね」
「この学院にいる間、多くのことを学べそうです。武術だけでなく」
「それはよかったです」
「礼は結構です。強くなるために来ました。ただ予想外のものが学べそうです」
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夜、ゴドフリーへの手紙を書いた。
エルフィーナが書いた内容をレオンが確認した。
「四人来た。全員道場生になった。名前は別紙の通り。イリス殿下も続けている。稽古の計画を頼む。エルフィーナ」
「……別紙に五人分の詳細が書いてあります」
「そうだ」
「ゴドフリーはどう反応すると思いますか」
「喜ぶだろう」
「覚書が増えますね」
「そうだろう」
翌日、ゴドフリーから返事が来た。
「エルフィーナお嬢様。五名のご報告、確かに受け取りました。道場生録に追加いたします。現在の道場生総数は三十六名となりました。なお覚書は七冊目が本日終了し、八冊目に入りました。イリス殿下ご一行の稽古計画を別紙にてお送りします。敬具 ゴドフリー・ハルト 追伸:ヴァルハイム王国の剣術体系について文献を取り寄せました。比較研究を始めます」
レオンはその返事を読んだ。
「……覚書が八冊目に入りました」
「そうか」エルフィーナが言った。「ゴドフリーは元気そうだ」
「元気すぎると思います」
「追伸が面白いな」
「比較研究を始めるそうです」
「ゴドフリーらしい」
レオンは返事を手帳に挟んだ。
道場生三十六名。
覚書八冊目。
三学期が始まって三日目だった。




