幕間 「父と娘のことについて、侯爵は語らない」
ガルディアス・フォン・アルカディアは、書斎の窓から道場を見ていた。
エルフィーナが素振りをしていた。
いつも通りだった。
さすがだと思った。
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エルフィーナが生まれた日のことを、ガルディアスは今でも覚えていた。
黒い髪だった。
アルカディア家には珍しい色だった。イゾルデも金髪だった。ガルディアスも茶色だった。
しかし生まれた瞬間、産婆が「黒髪のお嬢様です」と言った。
ガルディアスは抱いた。
重かった。小さかった。しかし目が開いていた。
黒い瞳だった。
その目がガルディアスを見た。
怖くもなく、泣きもせず、ただ真っ直ぐに見てきた。
さすがだと思った。
それが最初だった。
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三歳の時、道場の木刀を見てガルディアスの騎士に「それをよこせ」と言った。
騎士が困った顔をしてガルディアスを見た。
ガルディアスは頷いた。
騎士が渡した。
エルフィーナは木刀を持ったまま、しばらく眺めた。
それから振った。
一回だけだったが、それが素振りの形をしていた。
さすがだと思った。
イゾルデが「三歳に木刀を持たせないでください」と言った。
ガルディアスは「さすがだ」と言った。
イゾルデが遠い目をした。
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五歳の時、庭でガルディアスの騎士団員と組手をした。
ガルディアスは縁側から茶を飲みながら見ていた。
騎士団員が手加減をしていた。
しかし三合目で、エルフィーナが騎士団員の足を払った。
騎士団員が転んだ。
エルフィーナは立ったまま騎士団員を見下ろした。
「弱い」
それだけ言った。
騎士団員が起き上がった。顔が赤かった。
さすがだとガルディアスは思った。
その後ガルディアスは騎士団員を呼んで「手加減するな」と言った。
騎士団員が「五歳のお嬢様にですか」という顔をした。
ガルディアスは「さすがな娘だ」と言った。
翌日から騎士団員はエルフィーナに本気で挑むようになった。
一ヶ月後、エルフィーナはその騎士団員に勝った。
さすがだと思った。
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六歳の時、ロシャール家の庭でミレーユと出会った。
夜、帰ってきたエルフィーナに「今日はどうだったか」と聞いた。
「ロシャールの娘に稽古をつけた」
「何歳だ」
「同い年だ。筋がある」
「そうか」
「また行っていいか」
「好きにしろ」
翌日からエルフィーナはロシャール家に通い始めた。
ミレーユがよく屋敷に来るようになった。
ガルディアスはミレーユを見て、さすがな娘が友人を見つけたと思った。
後にミレーユがエルフィーナに心酔していることがわかった。
さすがだと思った。
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八歳の時、レオンを養子に迎えた。
最初の日、エルフィーナが木刀を持って出迎えた。
「今日からお前の姉だ」
レオンが固まっていた。
ガルディアスは縁側から見ていた。
エルフィーナが稽古をつけ始めた。
初日から本気だった。
レオンが転がされた。何度も転がされた。しかし一度も泣かなかった。
夜、食事の席でレオンが「姉上は強いんですね」と言った。
エルフィーナは「当然だ」と言った。
さすがな姉弟だとガルディアスは思った。
イゾルデが「初日から稽古をつけなくてもいいんですよ」と言った。
ガルディアスは「さすがだ」と言った。
イゾルデが遠い目をした。
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十歳の時、エルフィーナが街から孤児を連れてきた。
ソフィアだった。
ガルディアスは縁側から見ていた。
エルフィーナがソフィアに「道場で稽古をする。来るか」と言っていた。
ソフィアが頷いた。
ゴドフリーが後ろで手帳を開いていた。
さすがだとガルディアスは思った。
その後も孤児が増え続けた。
増えるたびに、さすがだと思った。
イゾルデが「一体何人連れてくるつもりですか」と言った。
ガルディアスは「さすがだ」と言った。
イゾルデが遠い目をした。
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十四歳の時、学院に入った。
入学初日の報告をゴドフリーから受けた。
剣術教官を一本で仕留めた。
さすがだと思った。
続けて報告を受けた。
魔法実技で的を消した。
さすがだと思った。
続けて報告を受けた。
王太子に「殿下は強いのか」と言った。
さすがだと思った。
イゾルデが手紙で「あの子、大丈夫でしょうか」と書いてきた。
ガルディアスは「さすがだ」と返した。
イゾルデから返事が来なかった。
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今冬、シグルトが領地に来た。
王太子が娘の道場で稽古をしていた。
騎士団員と並んで素振りをしていた。
ゴドフリーが手帳に書き続けていた。
さすがだとガルディアスは思った。
何がさすがなのかと言えば、全部だった。
シグルトがここに来ることも。
エルフィーナが王太子を道場生として扱っていることも。
シグルトがそれを当然のこととして受け入れていることも。
全部さすがだった。
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夕食の席で、シグルトが隣に座った。
「侯爵、今日はお世話になりました」
「さすがだったぞ、今日の稽古は」
「ありがとうございます」
「エルフィーナの稽古は厳しかったか」
「厳しかったです。しかし充実していました」
「さすがな娘だろう」
「はい」
シグルトは少し間を置いた。
「……侯爵、一つ聞いていいですか」
「何だ」
「エルフィーナが修行の旅に出ることを、反対しなかったのはなぜですか」
ガルディアスはしばらく考えた。
「さすがだと思ったからだ」
「さすがだから反対しない、ということですか」
「あの子がやりたいことをやる。それがさすがだということだ」
「……心配ではないんですか」
「心配か」ガルディアスは娘を見た。「あの子より強い人間はそうそういない。安全については心配していない」
「では何か心配することはありますか」
ガルディアスは少し間を置いた。
「一つだけある」
「何ですか」
「あの子は恋愛というものがわかっていない」
シグルトは少し止まった。
「……それは」
「お前が好きだということはわかる。しかしどう好きかがわかっていない」
「おっしゃる通りです」
「旅に出て、各地を回って、いつかわかる日が来るかもしれない。しかしわからないまま旅が終わるかもしれない」
「それが心配、ですか」
ガルディアスは娘を見た。
道場でシグルトと並んで素振りをしていた。
「心配というより」ガルディアスは言った。「もったいないと思う」
「もったいない」
「あの子は素直だ。ただ、気づくのが遅い。気づいてしまえば、全力でそこに向かう」
「そうだと思います」
「お前が待てるなら、いつか気づく日が来る」
「待ちます」
「さすがだな、お前も」
シグルトは少し笑った。
「ありがとうございます」
「礼はいらない。強くなれ」
シグルトはその言葉を聞いて、また笑った。
「……エルフィーナと同じことを言いますね」
「そうか?」
「はい。礼はいらない、強くなれ、とよく言います」
「さすがわしの娘だ」
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夜、書斎に戻ったガルディアスは窓から道場を見た。
エルフィーナがまだ素振りをしていた。
シグルトも隣にいた。
二人が並んで夜の道場で動いていた。
ガルディアスはお茶を一口飲んだ。
さすがだと思った。
イゾルデが書斎に入ってきた。
「あなた、また窓から見ているんですか」
「さすがな光景だ」
「何がさすがなんですか」
「全部だ」
イゾルデは窓から道場を見た。
しばらく黙っていた。
「……そうですね」
「珍しいな、同意するとは」
「たまにはします」
「さすがだ、イゾルデも」
「あなたは本当に」
イゾルデは遠い目をした。
ガルディアスはお茶を飲み続けた。
道場から素振りの音が続いていた。
夜が静かだった。
さすがな夜だと、ガルディアスは思った。




