第29話「白露完成、あるいは冬休みが始まった」
クラウスから手紙が届いたのは、二学期が終わる一週間前だった。
「完成した。来い。」
エルフィーナは手紙を読んだ瞬間、立ち上がった。
「レオン、今日の放課後に工房に行く」
「外出許可を取ります」レオンが言った。「殿下にも連絡しますか」
「頼む」
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工房に入ると、クラウスが作業台の前に立っていた。
その手に、黒嵐より短い刀があった。
「来たか」
「完成したか」
「ああ。思ったより時間がかかった」
「なぜですか」
「繰り返し作り直した。白露は黒嵐より繊細だ。バランスが難しかった」
クラウスは布を解いた。
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レオンは息を呑んだ。
白露は黒嵐の半分ほどの長さだった。しかし同じ白い刃、同じ緩やかな反り、同じ黒い柄だった。
黒嵐と並べると、確かに対になっていた。
黒と白。嵐と露。
エルフィーナは両手で受け取った。
左手に持った。重心を確認した。柄を握った。
それから黒嵐を腰から抜いた。
右手に黒嵐、左手に白露。
二刀を構えた。
空気が変わった。
シグルトが壁際で静かに見ていた。その目が真剣だった。
「……完璧だ」エルフィーナが言った。
「そうか」クラウスが言った。
「黒嵐と重心が合っている。左右の動きが一致する」
「三回作り直した甲斐があった」
「クラウス殿」
「何だ」
「ありがとう」
クラウスは少し間を置いた。
「礼はいらない。使い込んでくれれば十分だ」
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約束通り、手合わせをした。
クラウスが剣を構えた。
エルフィーナが二刀を構えた。
始まった。
今回はクラウスも本気だった。前回より踏み込みが深かった。白露への対応を考えてきていた。
しかしエルフィーナの二刀は、前回より洗練されていた。
十合。
二十合。
三十合目で、白露がクラウスの剣を絡め取り、黒嵐が首筋に止まった。
「……参った」
クラウスは剣を下げた。
「前回より速くなったな」
「白露が加わって動きの幅が広がった」
「なるほど。では俺も対応を変えなければならない」
「また来る」
「ああ、いつでも来い」
クラウスは少し笑った。
「旅に出る前に、もう一度来い。最後の手合わせをしたい」
「必ず来る」
「約束だ」
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工房を出た後、夕暮れの路地を歩いた。
シグルトがエルフィーナの隣を歩いていた。
「白露、使ってみてどうだ」
「完璧だ。黒嵐と合っている」
「二刀になると、間合いが変わるな」
「ああ。殿下との稽古でも変わる。対応を一緒に研究しよう」
「ああ」
シグルトは少し間を置いた。
「エルフィーナ」
「はい」
「冬休みはいつからだ」
「来週から二ヶ月だ」
「アルカディア家に行っていいか」
「来るなら歓迎する」
「今回は少し長く滞在したい。一ヶ月ほど」
エルフィーナは少し考えた。
「稽古が毎日できる」
「ああ」
「では来い。道場も使える」
「わかった」
シグルトは静かに笑った。
困ったような笑いだった。
エルフィーナはその笑いを見た。
見ていたい、と思った。
それから少し考えた。
殿下が一ヶ月来る。稽古が毎日できる。道場で二刀の研究ができる。
良いことばかりだと思った。
レオンがその会話を聞いて、少し遠い目をしていることには、気づかなかった。
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学院に戻ると、エルヴィンが廊下で待っていた。
「エルフィーナ」
「エルヴィン、どうした」
「白露が完成したと聞いた」
「ああ」
「見せてくれるか」
エルフィーナは白露を腰から外した。
エルヴィンに差し出した。
「持っていいか」
「持て」
エルヴィンは両手で受け取った。
重さを確かめた。刃を見た。
「……美しいな」
「クラウス殿の仕事だ」
「この刀を使えるようになりたい」
「まず黒嵐を使えるようになれ。一刀の前に二刀はない」
「いつになったら黒嵐を使えるようになるか」
「私が認めた時だ」
「……厳しいな」
「甘くしても意味がない」
エルヴィンは白露をエルフィーナに返した。
「冬休み、道場に来ていいか」
「来い。稽古をつける」
「兄上も来るか」
「来る」
エルヴィンは少し間を置いた。
「……兄上と同じ道場で稽古か」
「問題があるか」
「問題はない。ただ」
「ただ?」
「昔は兄上と比べられるのが嫌だった。しかし今は違う」
「どう違う」
「兄上と同じ師に教わっているということが、誇らしい気がする」
エルフィーナはしばらく考えた。
「それは成長だ」
「そうか」
「ああ。来い。冬休みに稽古をつける」
エルヴィンは深く頭を下げた。
「ありがとうございます」
「礼はいらない。強くなれ」
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二学期最後の夜、談話室にレオン、ミレーユ、カイが集まった。
「白露が完成しましたね」カイが言った。
「ええ」レオンが言った。
「二刀になったエルフィーナさん、どうなるんでしょう」
「さらに強くなります」
「もっと強くなるのか……」
「ええ」
「俺、追いつけるのかな」
「追いつけなくてもいいんじゃないですか」ミレーユが言った。「カイさんはカイさんの強さを作ればいい。エルフィーナ様もそう言っていました」
「そうですね」
「それより」ミレーユは少し間を置いた。「冬休みはアルカディア家に行きますか」
「行きます」カイが即答した。
「私も行きます」
「殿下が一ヶ月滞在するそうです」レオンが言った。
「一ヶ月」
「エルヴィン殿下も来るそうです」
「賑やかになりますね」
「ええ」
レオンは少し間を置いた。
「……賑やかすぎるかもしれません」
「レオン様、また管理が増えますね」
「増えます」
「仕方ないですね」
「仕方ないですね」
ミレーユが静かに笑った。
「でも、冬休みが楽しみです」
「私もです」カイが言った。「エルフィーナさんの道場で、毎日稽古できる」
「白露が加わった二刀を見られます」
「見たいですね」
レオンは窓の外を見た。
夜が冷たかった。冬休みが近かった。
シグルトが一ヶ月来る。エルヴィンも来る。カイもミレーユも来る。道場生も集まる。
そしてエルフィーナは毎日稽古をする。
何も変わらなかった。
しかし少しずつ、確実に変わっていくものがあった。
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その夜、エルフィーナが手紙を書いていた。
クラウスへの礼状だった。
レオンが覗いた。
「何と書いていますか」
「白露は完璧だ。黒嵐と合っている。二刀の稽古を毎日続ける。旅に出る前に必ず会いに行く。それだけだ」
「短いですね」
「事実を書いた」
「もう少し感謝の言葉を」
「ありがとうと書いた」
「それだけですか」
「十分だろう」
レオンは少し考えた。
「クラウス殿は、もう少し喜びの感情も伝えると嬉しいと思います」
「喜びの感情」
「はい。白露を受け取った時、どう思いましたか」
「完璧だと思った」
「それだけですか」
「……黒嵐と合わせた時、前世の兄たちを思い出した」
「どういう意味ですか」
「颯太兄と蓮兄が、いつか二人で一緒に稽古してやると言っていた。二刀流の研究だと言っていた。結局できなかった。しかし今、自分で二刀を持てた」
レオンは少し黙った。
「……それを手紙に書いてください」
「クラウス殿には関係ない話だ」
「関係あります。クラウス殿が作った刀が、そういう意味を持っているということを、知ってもらうべきだと思います」
エルフィーナはしばらく考えた。
「……そうか」
「はい」
エルフィーナは手紙に一段落追加した。
「白露を黒嵐と合わせた時、前世の兄たちを思い出した。二人が言っていたことを、今世で自分でできた。それはクラウス殿のおかげだ。感謝している。」
レオンはその一段落を読んだ。
「……よい手紙になりました」
「そうか」
「クラウス殿は喜ぶと思います」
「そうか。ならよかった」
エルフィーナは手紙を封筒に入れた。
窓の外が暗かった。
明日から冬休みだった。
「レオン」
「はい」
「冬休みの稽古計画を立てた。確認してくれ」
手帳を渡した。
レオンは開いた。
二ヶ月分の稽古計画が、細かく書いてあった。
「……シグルト殿下との二刀研究が毎日入っていますね」
「ああ」
「エルヴィン殿下の稽古も毎日」
「ああ」
「道場生全員の計画も」
「ああ」
「姉上、休む日はありますか」
「必要ない」
「……一日くらいは」
「睡眠と食事は取る。それで十分だ」
レオンは手帳を返した。
仕方ない、と思った。
今日の「仕方ない」は、穏やかだった。
白露が完成した。冬休みが始まる。
長い冬休みが、始まろうとしていた。




