表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
侯爵令嬢は恋を知らぬまま最強である 〜最強なのに、恋だけがわからない〜  作者: 玉響すばる


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

36/56

第27話「修行の旅、あるいは全員が頭を抱えた日」

 ゴドフリーからの手紙が届いたのは、試験が終わって三日後の朝だった。


 いつもより分厚かった。


 エルフィーナは封を開けた。朝食の席で声に出して読んだ。


「『エルフィーナお嬢様。巻藁の断面報告、確かに受け取りました。木の芯まで一刀とのこと、黒嵐の出来栄えをクラウス殿に感謝申し上げます。覚書に詳細を記録いたしました。さて、本題に入ります。先日、侯爵様より伺ったのですが、お嬢様は卒業後に修行の旅に出るご意向があるとのこと。誠に僭越ながら、確認させていただきたく存じます。修行の旅の行程、期間、目的地についてお教えいただければ、準備を進めることができます。なお奥様は現在、遠い目をしておられます。敬具 ゴドフリー・ハルト』」


 食堂が静まり返った。


 レオンが口を開いた。


「……姉上」


「何だ」


「修行の旅に出るつもりがあったんですか」


「ある」


「いつ決めたんですか」


「ずっと前から」


「ずっと前から」


「ジークハルト殿に会ってから、より強くなった」


 レオンはゆっくりと手紙を置いた。


「……父上に話したんですか」


「先日話した」


「母上には」


「まだだ」


「……順番が逆ではないですか」


「父上が一番賛成してくれると思った」


「『さすがだ』と言いましたか」


「言った」


 レオンは天井を見た。


---


 その日の昼、話が広まった。


 速かった。


 昼食の時間にはカイが知っていた。


「エルフィーナさん、卒業後に旅に出るんですか」


「ああ」


「どのくらいの期間ですか」


「決めていない。強くなるまでだ」


「行き先は」


「決めていない。強い相手がいると聞いたところへ行く」


「一人でですか」


「そのつもりだ」


 カイはしばらく黙った。


「……俺も行っていいですか」


「強くなってからなら来い」


「それまでに強くなります」


 エルフィーナは頷いた。当然だという顔で。


 レオンはその会話を聞いて、額に手を当てた。


---


 午後、ミレーユがレオンを呼んだ。


「レオン様、聞きましたか」


「聞きました」


「修行の旅」


「ええ」


「エルフィーナ様、本当に行くつもりなんですね」


「本気だと思います」


「婚約はどうなるんですか」


「姉上に聞いたところ、両立すると思っているそうです」


 ミレーユは少し間を置いた。


「両立……どうやって」


「そこまで考えていないと思います」


「殿下に伝えてあるんですか」


「……まだだと思います」


 ミレーユは少し遠い目をした。


「殿下のお顔が心配です」


「私もです」


「レオン様、殿下には先に伝えておいた方がいいんじゃないですか」


「……そうですね」


「エルフィーナ様が直接伝えるより、レオン様が先に文脈を整理してから」


「そうします」


 レオンは立ち上がった。


---


 シグルトを廊下で捕まえた。


「殿下、少しよろしいですか」


「何だ」


「シグルト殿下は姉上から聞いていないことがあります」


「何を」


「卒業後の話です」


 シグルトは少し目が細くなった。


「……聞かせろ」


「エルフィーナ様は卒業後、修行の旅に出るつもりです」


「修行の旅」


「はい。行き先未定、期間未定、強い相手がいる場所を目指すそうです」


 シグルトはしばらく黙っていた。


「婚約は」


「両立すると思っているそうです」


「両立、というのはどういう意味だ」


「旅をしながら婚約者でもある、という認識だと思います。詳細は考えていないかと」


 シグルトは少し間を置いた。


「……なるほど」


「殿下、どう思いますか」


「エルフィーナらしい」


「それだけですか」


「それだけではない。しかし」


 シグルトは静かに笑った。


 今日は困ったような笑いではなかった。少し、遠くを見るような笑いだった。


「正直に言えば、予想していた」


「予想していたんですか」


「あの人が卒業後に王宮に大人しく収まると思っていなかった。いつかこういう話が出ると思っていた」


「対策は考えていましたか」


「一つだけ考えている」


「何ですか」


 シグルトはレオンを見た。


「俺も一緒に行く」


 レオンは少し止まった。


「……王太子が修行の旅に」


「王太子である前に、エルフィーナの婚約者だ。あの人が行くなら、俺も行く」


「国王陛下が許可しますか」


「説得する。父上はエルフィーナのことを評価している。あの人と一緒なら許可が下りる可能性がある」


「……それは本気ですか」


「最初から本気だ」


 シグルトは歩き出した。


「レオン、一つだけ聞いていいか」


「はい」


「エルフィーナは、俺が一緒に行くことを歓迎すると思うか」


 レオンは少し考えた。


「強い稽古相手が来ると思って喜ぶと思います」


「それだけか」


「……それ以上かどうかは、まだわかりません」


「そうか」


 シグルトは振り返らずに言った。


「十分だ」


---


 夕食の席で、エルフィーナがイゾルデから手紙を受け取った。


 開けると一言だけ書いてあった。


 「帰省した時に話し合いましょう。イゾルデ」


 エルフィーナはその手紙を読んだ。


「母上が話し合いたいそうだ」


「当然です」レオンが言った。


「何を話し合うのか」


「修行の旅のことです」


「問題があるか」


「あると思います」


「なぜ」


「婚約者がいる身で、行き先も期間も未定の旅に出ると言えば、普通は問題になります」


「婚約は続く」


「それをどう続けるかが問題です」


 エルフィーナはしばらく考えた。


「シグルト殿下に相談するべきか」


「先に相談すべきでした」


「そうか。では今夜話す」


「話すんですか」


「婚約者なのだから、こういうことは伝えるべきだろう」


「……それは正しいです」


「レオン、場を作ってくれ」


「……わかりました」


 レオンは書類を手に取った。


 今夜も、場を作ることになった。


---


 夜、中庭でエルフィーナとシグルトが向かい合った。


 レオンは遠くから見ていた。


「殿下、修行の旅の話をしたい」


「聞いている」


「もう知っていたのか」


「レオンから聞いた」


「そうか。では単刀直入に言う。卒業後、修行の旅に出たい」


「ああ」


「期間は未定。行き先は未定。強い相手がいる場所を目指す」


「わかった」


「婚約は続ける。両立できると思っている」


 シグルトは少し間を置いた。


「エルフィーナ」


「はい」


「俺も一緒に行く」


 エルフィーナは少し止まった。


「殿下が修行の旅に」


「ああ」


「王太子が旅に出ることは簡単ではないのでは」


「父上を説得する」


「なぜそこまでする」


 シグルトはエルフィーナを見た。


「お前が行くからだ」


「稽古相手として来るのか」


「それも含めて、だ」


 エルフィーナはしばらく考えた。


「殿下が来るなら、稽古相手が増えて助かる」


「……それだけか」


「それだけではないかもしれないが、今は言葉にできない」


「そうか」


「しかし、来るなら歓迎する」


 シグルトは静かに笑った。


 今夜は困ったような笑いだった。


 エルフィーナはその笑いを見た。


 見ていたい、と思った。


「殿下」


「何だ」


「その笑いを見るとまた見ていたいと思う」


「……知っている」


「今日で何回目か数えていないが、よく見る」


「それは嬉しい」


「嬉しいのか」


「ああ」


 エルフィーナは少し考えた。


「殿下と一緒に旅をすれば、その笑いをもっと見られるかもしれない」


 シグルトは空を見た。


「……それは俺にとって、十分な理由だ」


「何の理由だ」


「父上を説得する理由だ」


 エルフィーナは少し首を傾げた。


 意味がよくわからなかった。


 しかしシグルトが嬉しそうだったので、良いことなのだろうと思った。


---


 遠くから見ていたレオンの隣に、ミレーユが来た。


「どんな話をしていると思いますか」


「修行の旅の話です。殿下も一緒に行くとおっしゃったようです」


「殿下が」


「ええ」


「エルフィーナ様は」


「稽古相手が増えて助かると言ったと思います」


「そうですか」


 ミレーユは中庭を見た。


 エルフィーナとシグルトが並んで夜空を見ていた。


「……きれいですね」


「ええ」


「二人が並んでいる姿が」


「ええ」


 ミレーユは少し間を置いた。


「レオン様」


「はい」


「修行の旅、私も行ってもいいですか」


「エルフィーナ様に聞けば」


「断りませんよね」


「強くなりたいなら来いと言うと思います」


「じゃあ行きます」


「……みんな行くんですね」


「カイさんも行くでしょうし、アロイス様も行くかもしれません」


「そうですね」


「レオン様は」


 レオンは少し間を置いた。


「……行きます」


「姉上のそばにいる、ということですか」


「それが私の役目ですから」


 ミレーユは静かに笑った。


「役目だけじゃないと思いますが」


「……今夜はそういうことにしておきます」


 夜が更けていた。


 中庭でエルフィーナが何かを言い、シグルトが笑った。


 遠くからでも、困ったような笑いだとわかった。


 エルフィーナが見ていたいと思っているだろうと、レオンは思った。


 仕方ない。


 今夜の「仕方ない」は、穏やかだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ