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侯爵令嬢は恋を知らぬまま最強である 〜最強なのに、恋だけがわからない〜  作者: 玉響すばる


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第25話「二学期の試験、あるいは変わっていくものたち」

 定期試験の告知が出たのは、校外学習から戻って四日後だった。


 一週間後、六科目、三日間。一学期と同じ形式だった。


 違うのは、今回は全員が一学期より成長していることだった。


---


 試験前日の夜、談話室にレオン、ミレーユ、カイが集まっていた。


 アロイスも来た。


「明日から試験ですね」カイが言った。


「ええ」レオンが言った。「カイさんは準備できていますか」


「魔法理論が少し不安です。座学は苦手で」


「一学期よりは伸びているはずです」


「そうだといいんですが」


 アロイスが言った。


「カイ・ヴェルナー、魔法理論の第三章は理解できているか」


「……第三章の後半が怪しいです」


「教えてやる。来い」


 カイはアロイスを見た。


「アロイス様が教えてくれるんですか」


「魔法理論は得意だ。三十分あれば整理できる」


「……ありがとうございます」


 二人が隅の席に移動した。


 レオンはその光景を見た。


 夏休み前のアロイスが見たら、信じないだろうと思った。


「アロイス様、変わりましたね」ミレーユが静かに言った。


「ええ」


「エルフィーナ様の影響ですね」


「そうだと思います。しかしカイさんの影響もあると思います」


「カイさんが交渉術を教えたり、平民の生活を見せたり」


「ええ。互いに変えていっています」


 ミレーユは少し微笑んだ。


「この学院、一学期とは随分変わりましたね」


「変えたのは姉上です」


「エルフィーナ様は何もしていないつもりだと思いますが」


「それが一番大きいんです」


---


 試験初日、魔法実技だった。


 カイの番が来た。


 一学期の時とは別人だった。魔力操作の精度が上がっていた。夏休みの道場稽古と、二学期の授業の成果だった。


 ファウルが目を細めた。


「カイ・ヴェルナー、一学期からかなり伸びた」


「ありがとうございます」


「誰かに習ったか」


「エルフィーナ様と、道場の皆さんです」


「道場?」


「アルカディア侯爵邸に道場ができました。夏休み中に通いました」


「……なるほど」


 ファウルは何かを書き留めた。その横でエルフィーナが的を消した。


 ファウルは眼鏡を外した。レンズを拭いた。もう一度かけた。


「……アルカディア令嬢、今学期も加減を」


「しています。八分の一です」


「八分の一で壁が」


「申し訳ありません」


 レオンは天井を見た。


 一学期と全く同じ展開だった。


---


 試験二日目、剣術実技だった。


 エルヴィンが出た。


 一学期から通い始めた道場と、エルフィーナの稽古の成果が出ていた。構えが安定していた。踏み込みに迷いがなかった。


 グラハムが少し目を細めた。


「エルヴィン殿下、前回より格段に伸びている」


「ありがとうございます」


「誰に習った」


「エルフィーナに」


 グラハムは短く「よし」と言った。


 エルヴィンはその言葉を聞いて、少し顔が変わった。


 試合後、エルヴィンが廊下でレオンと鉢合わせした。


「レオン」


「殿下、今日はよかったですね」


「……グラハム教官に評価してもらえた」


「ええ」


「兄上の時と同じ言葉だった」


「そうですね」


 エルヴィンは少し間を置いた。


「初めてだ。兄上と同じ評価をもらったのは」


「嬉しかったですか」


「……嬉しかった。しかし兄上と同じということは、まだ兄上には届いていないということでもある」


「それはそうですが」


「それでいい」エルヴィンは静かに言った。「兄上に届かなくていい。俺は俺の強さを作る。エルフィーナがそう言っていた」


「エルフィーナ様が」


「比べる必要はない。お前の強さはお前のものだ、と言っていた」


 レオンはその言葉を聞いた。


「……姉上らしい言葉ですね」


「ああ」エルヴィンは少し笑った。「あの人は、そういうことを当然のように言う」


「ええ」


「だから好きなんだろうな、みんな」


 レオンは何も言わなかった。


 エルヴィンは歩き出した。


---


 試験の合間、エルフィーナとシグルトは工房に寄っていた。


 脇差はまだ完成していなかった。クラウスが首を振った。


「急ぐな。白露は黒嵐より繊細だ。一日で変わるものじゃない」


「わかった」


「来週また来い」


「試験が終わったら来る」


「試験か。お前は勉強もするのか」


「全科目一位を取る」


「そうか」クラウスは少し笑った。「勉強と稽古と工房通い、全部やるのか」


「睡眠と食事を削らなければ問題ない」


「体は大丈夫か」


「問題ない」


 クラウスはシグルトを見た。


「お前、この娘が無茶をしていたら止めろ」


「努力しています」シグルトが言った。「あまり聞いてもらえませんが」


「そうだろうな」


 クラウスは工房に戻った。


 シグルトがエルフィーナに言った。


「クラウス殿に心配されているぞ」


「問題ない。睡眠は六刻取っている」


「それは知っている。しかし」


「しかし?」


「試験勉強はいつしているんだ」


「稽古の後と、朝食の前と、就寝前だ」


「……それで足りているのか」


「今のところ問題ない」


 シグルトは少し間を置いた。


「エルフィーナ」


「はい」


「試験が終わったら、少し休め」


「稽古は続ける」


「稽古以外の意味で」


「稽古以外に何がある」


 シグルトは空を見た。


「……一緒に食事でもしよう。学院の外で」


 エルフィーナは少し考えた。


「食事か」


「ああ」


「市場の屋台か」


「もう少し落ち着いた場所を考えていたが」


「屋台の方が好きだ。夏休みに行ったところが美味かった」


 シグルトは少し笑った。


「……わかった。屋台でいい」


「では試験が終わったら行く」


「ああ」


 エルフィーナは歩き出した。


 シグルトはその背中を見た。


 試験が終わったら一緒に食事、というのが、自分にとって意味を持っていることを、エルフィーナは知らないだろうと思った。


 しかしそれでよかった。


 少しずつ、確実に。


---


 試験三日目、座学が終わった。


 翌日、掲示板に結果が出た。


 全科目総合一位、エルフィーナ・フォン・アルカディア。


 歴史は今回も二位だった。


「姉上、また歴史が二位です」レオンが言った。


「悔しい」


「一位は殿下ですが」


「わかっている。だから悔しい」


「……試験が終わったら食事に行くと聞きましたが」


「ああ。殿下と屋台に行く」


「デートですか」


「食事だ」


「……そうですね」


 レオンは結果を見た。


 カイは魔法理論で一学期より二十点上がっていた。ミレーユは魔法実技で二位だった。アロイスは剣術実技で三位になっていた。エルヴィンは総合で中位から上位に上がっていた。


 全員が伸びていた。


 エルフィーナは何もしていないつもりだった。


 しかし全員が、エルフィーナの周りで伸びていた。


---


 試験の夜、談話室に全員が集まった。


 カイ、ミレーユ、アロイス、エルヴィン、レオン。


「みんな伸びましたね」カイが言った。


「ええ」ミレーユが言った。「一学期と比べると全員違います」


「俺は魔法理論が上がった」カイが言った。「アロイス様のおかげです」


「俺はカイから交渉術を学んだ」アロイスが言った。「互いに補い合っただけだ」


「エルヴィン殿下も剣術が上がりましたね」ミレーユが言った。


「エルフィーナのおかげだ」エルヴィンが言った。


「エルフィーナ様は全員に影響を与えていますね」カイが言った。


「本人は気づいていないですが」レオンが言った。


「それがエルフィーナ様ですよね」ミレーユが言った。


 全員が少し笑った。


 エルヴィンが言った。


「レオン」


「はい」


「エルフィーナはどこにいる」


「稽古場だと思います」


「そうか」エルヴィンは少し間を置いた。「俺、来学期も稽古を続けていいか」


「エルフィーナ様に聞けばいいと思います。断らないと思いますが」


「断らない、か」


「姉上は強くなりたい人間を断りません」


「……そうだな」


 エルヴィンは少し笑った。


「あの人は不思議だ。何もしていないのに、傍にいると変わっていく」


「ええ」


「兄上もそうだろうな」


「殿下も、随分変わりました」


「どう変わった」


「笑うようになりました」


 エルヴィンはしばらく黙った。


「……そうか」


「ええ」


「兄上が笑うのを久しぶりに見た気がする。今学期」


「エルフィーナ様がいるからだと思います」


「そうだな」エルヴィンは静かに言った。「あの人は、そういう人だ」


---


 その夜、レオンは自室で今日を振り返った。


 試験が終わった。全員が伸びた。エルヴィンが変わった。シグルトとエルフィーナが試験後に食事に行く約束をした。


 エルフィーナはそれを「食事だ」と言った。


 シグルトはおそらくそれ以上の意味を持たせていた。


 エルフィーナは「刀と同じくらい好き」という誤解のまま、少しずつシグルトに近づいていた。


 誤解のままでも、近づいていた。


 それが、今の状況だった。


 レオンは窓の外を見た。


 稽古場の灯りがついていた。


 エルフィーナはまだ稽古をしていた。


 試験が終わった夜も、変わらなかった。


 その変わらなさが、レオンは好きだった。


 仕方ない、と思った。


 今日の「仕方ない」は、穏やかだった。


 明日、エルフィーナとシグルトが食事に行く。


 それでも、穏やかだった。


 少しずつ、諦め方を覚えていくのかもしれないと思った。


 ミレーユが言っていた言葉を思い出した。


 四年分、諦め方を学べましたから。


 レオンはまだ、途中だった。

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