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侯爵令嬢は恋を知らぬまま最強である 〜最強なのに、恋だけがわからない〜  作者: 翡翠


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第24話「告白、あるいは王太子は返事に困った」

 学院に戻ったのは三日目の夕方だった。


 馬車を降りた瞬間、エルフィーナが言った。


「レオン、今夜シグルト殿下に話がある。場を作ってくれ」


 レオンは少し止まった。


「……今夜、ですか」


「ああ。馬車の中で決めた」


「考えてから伝えると言っていましたが」


「考えた。整理がついた」


「……何を伝えるつもりですか」


「殿下のことを刀と同じくらい好きだということだ」


 レオンは空を見た。


 夕暮れの空が赤かった。


 ――仕方ない。


 今日の「仕方ない」は、重かった。


---


 レオンはシグルトの護衛に連絡を入れた。


 三十分後、シグルトから返事が来た。


 「中庭で待っている」


 レオンはその返事を見た。


 シグルトは何かを感じ取っているのかもしれなかった。


 レオンはエルフィーナに伝えた。


「殿下が中庭で待っています」


「わかった」


「姉上、一つだけ確認させてください」


「何だ」


「伝える内容を、もう一度教えてください」


「殿下のことを刀と同じくらい好きだということだ」


「……それだけですか」


「それだけだ。殿下が好きだと伝えてくれた。私も同じ気持ちがあると伝える。筋が通っている」


「……はい」


 レオンは何も言えなかった。


 言えることが何もなかった。


---


 中庭に向かうエルフィーナを、レオンは見送った。


 ミレーユが隣に来た。


「レオン様、どんな顔をしているんですか」


「……複雑な顔だと思います」


「何かありましたか」


「エルフィーナ様がシグルト殿下に気持ちを伝えに行きました」


 ミレーユは少し止まった。


「……それは」


「刀と同じくらい好き、と伝えるつもりです」


 ミレーユはしばらく黙った。


「刀と同じくらい……」


「ええ」


「エルフィーナ様らしいですね」


「ええ」


「シグルト殿下はどんな顔をするでしょうね」


「……困ったような笑いをするんじゃないかと思います」


「エルフィーナ様がそれを見て、また見ていたいと思うんでしょうね」


「そうだと思います」


 二人は中庭の方向を見た。


 ミレーユが静かに言った。


「……それでも、進んでいますね」


「ええ」


「エルフィーナ様なりの、確かな一歩です」


 レオンは何も言わなかった。


---


 中庭では、シグルトが一人で待っていた。


 護衛を遠ざけていた。


 エルフィーナが来た。


「待たせた」


「いや」


 シグルトはエルフィーナを見た。


 校外学習から帰ったばかりで、まだ旅装だった。腰に黒嵐が差してあった。


「話があると聞いた」


「ああ」


 エルフィーナはシグルトの前に立った。


 真剣な顔だった。いつも真剣だったが、今日は少し違う種類の真剣さだった。


「殿下は先日、私のことが好きだと言った」


「言った」


「恋愛的な意味で、と」


「そうだ」


「私はその時、整理ができなかった。しかしその後考えた」


「ああ」


「昨夜、馬車の中でも考えた。結論が出た」


 シグルトは黙って聞いていた。


「殿下のことを、刀と同じくらい好きだ」


---


 沈黙があった。


 シグルトは少し止まった。


「……刀と、同じくらい」


「ああ」


「それはどういう意味だ」


「見ていたいと思う。殿下の困ったような笑いを見ると、見ていたいと思う。それは黒嵐を見ていたいと思うのと同じ感情だ」


「……」


「黒嵐は好きだ。大切にしている。見ていると落ち着く。殿下もそうだ。戦いの後に殿下の顔を見ると落ち着いた。同じ種類の感情だと思う」


 シグルトはしばらく黙っていた。


 エルフィーナを見た。


 その目は真剣だった。本気だった。嘘も冗談もなかった。


 ただ純粋に、自分の中を整理して、それを伝えに来ていた。


 シグルトは少し間を置いた。


 それから、笑った。


 困ったような笑いだった。


---


「……刀と同じくらい、か」


「足りないか」


「足りない、というわけではないが」


「では十分か」


「……十分ではないかもしれない」


 エルフィーナは少し考えた。


「刀は私にとって命と同じくらい大切なものだ。それと同じくらいと言っている。低い評価ではないはずだが」


 シグルトは空を見た。


「エルフィーナ」


「はい」


「俺はお前のことが好きだと言った。恋愛的な意味で、と言った」


「ああ」


「刀と同じくらい好き、というのは、恋愛的な意味での好きだと思うか」


 エルフィーナはしばらく考えた。


「……違うのか」


「俺には判断できない。お前の中でどういう感情なのかは、お前にしかわからない」


「そうか」


「ただ」シグルトは続けた。「お前が伝えに来てくれたことは、嬉しい」


「そうか」


「ああ。それは確かだ」


 エルフィーナはシグルトを見た。


 困ったような笑いだった。


 見ていたい、と思った。


「殿下」


「何だ」


「その笑いをするといつも見ていたいと思う」


 シグルトは止まった。


「……今もか」


「今もだ」


 シグルトは少し間を置いた。


「エルフィーナ、一つだけ聞いていいか」


「はい」


「黒嵐を見ていたい時と、俺を見ていたい時、何か違いはあるか」


 エルフィーナはしばらく考えた。


「……ある」


「どんな違いだ」


「黒嵐を見ていたい時は、静かな気持ちだ。しかし殿下を見ていたい時は、少し落ち着かない」


 シグルトは静かに言った。


「その落ち着かない感じが、恋愛に近いのかもしれない」


「そうか」


「ただし、俺には断言できない。お前の感情はお前のものだ」


「……もう少し考える」


「急がなくていい」


「しかし、今日伝えたかったことは伝えた」


「ああ、受け取った」


 エルフィーナは頷いた。


「では戻る。稽古がある」


「今日は休んでいいんじゃないか。校外学習から帰ったばかりだ」


「稽古が気になる」


「……そうか」


 エルフィーナは歩き出した。


 シグルトはその背中を見ていた。


 刀と同じくらい好き、という言葉が、頭の中に残っていた。


 普通であれば傷つく言葉かもしれなかった。


 しかしシグルトは笑っていた。


 エルフィーナにとって刀がどれほど大切なものかを、三週間工房に通いながら見ていた。


 刀と同じくらい、というのは、エルフィーナにとっては最上位の評価だった。


 それをそのまま伝えに来た。


 それがエルフィーナだった。


 シグルトはもう一度、困ったような笑いをした。


 誰も見ていなかったが、構わなかった。


---


 中庭から戻ったエルフィーナは、レオンと鉢合わせした。


「伝えてきたか」


「ああ」


「殿下の反応は」


「困ったような笑いをしていた」


「……そうですか」


「見ていたいと思った」


「……はい」


「殿下が、落ち着かない感じが恋愛に近いのかもしれないと言っていた」


「そうですか」


「もう少し考えることにした」


「……わかりました」


 エルフィーナは稽古場の方へ歩き出した。


 レオンは一人残った。


---


 その夜、談話室にレオン、ミレーユ、カイが集まった。


「エルフィーナさん、殿下に伝えたんですか」カイが言った。


「はい」レオンが言った。


「どう伝えたんですか」


「刀と同じくらい好きだと」


 カイは少し間を置いた。


「……刀と同じくらい」


「ええ」


「それって、すごく好きってことですよね、エルフィーナさんにとっては」


「そうです」


「でも殿下は困ったような笑いをしたんですよね」


「そうです」


「エルフィーナさんはその笑いを見て、見ていたいと思ったんですよね」


「そうです」


 カイはしばらく考えた。


「……なんか、進んでいるんですか、これは」


「進んでいると思います。エルフィーナ様なりに」


 ミレーユが静かに言った。


「エルフィーナ様が自分から気持ちを伝えに行ったのは、初めてです。それは確かな一歩です」


「そうですね」レオンが言った。


「殿下はどんな気持ちなんでしょう」カイが言った。


「おそらく……複雑だと思います」レオンが言った。「嬉しいと思います。しかし刀と同じくらい、という言葉の意味を整理しているかもしれません」


「俺が殿下なら、泣くか笑うかどちらかです」


「困ったような笑いをしていたそうです」


「それが殿下らしいですね」


 三人は少し黙った。


 カイが言った。


「レオン様は、どう思いますか」


「何がですか」


「エルフィーナさんが殿下に気持ちを伝えたことについて」


 レオンは少し間を置いた。


「……よかったと思います」


「本当に」


「本当に。姉上が一歩踏み出した。それは、よかったことです」


「レオン様、顔が少し複雑ですよ」


「……カイさん、それ以上は聞かないでください」


「わかりました」


 ミレーユがレオンを見た。


 その目が、少し優しかった。


 何も言わなかった。


 ただ、静かに頷いた。


---


 その夜、シグルトはレオンを廊下で呼び止めた。


「レオン」


「殿下」


「今夜の話を聞いたか」


「エルフィーナ様から報告を受けました」


「刀と同じくらい好き、という言葉を、お前はどう思う」


 レオンは少し間を置いた。


「……エルフィーナ様にとっては、最上位の評価だと思います」


「そうだな。俺もそう思う」


「殿下は嬉しかったですか」


「嬉しかった。しかし」


「しかし?」


「あの人が本当に意味していることと、あの人が言葉で表現していることの間に、まだ距離がある気がする」


「それは……そうかもしれません」


「焦らない。あの人のペースで進む。それは最初から決めていた」


「はい」


「ただ」シグルトは静かに言った。「一つだけ聞いていいか」


「何ですか」


「エルフィーナは本当に、刀を見る感情と俺を見る感情が同じだと思っているのか」


 レオンは少し考えた。


「……姉上は落ち着かない感じが違うと言っていました」


「ああ、そう言っていた」


「その落ち着かない感じが何なのかを、まだ整理できていないのだと思います」


「なるほど」


「しかし殿下、一つだけ申し上げていいですか」


「何だ」


「姉上が今日、自分から気持ちを伝えに来た。それは姉上にとって、大きな一歩です」


 シグルトはしばらく黙っていた。


「……わかっている」


「ならよかったです」


 シグルトは歩き出した。


 途中で振り返った。


「レオン」


「はい」


「お前は、エルフィーナのことをよく見ている」


「……義弟ですから」


「そうだな」


 シグルトは廊下の奥に消えた。


 レオンは一人残った。


 義弟ですから、という言葉が、口の中に残っていた。


 正しい言葉だった。


 正しいはずだった。


 レオンは自室へ向かった。


 今夜の「仕方ない」は、言葉にならなかった。

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