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侯爵令嬢は恋を知らぬまま最強である 〜最強なのに、恋だけがわからない〜  作者: 翡翠


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第21話「刀を求めて、あるいは王都の鍛冶屋を全て回った話」

 校外学習の告知が出たのは、二学期が始まって五週目の朝だった。


 掲示板の前でレオンは内容を確認した。


 王立アルカディア魔法学院第一学年校外学習。場所:王都近郊、魔物の森。期間:一ヶ月後、二泊三日。目的:実戦魔法演習、魔物との実戦経験。持ち物:各自の武装一式。


 レオンは「武装一式」という文字を見た。


 それから隣のエルフィーナを見た。


 エルフィーナはその文字を見ていた。


 目が輝いていた。


「姉上」


「魔物の森か。よい稽古になりそうだ」


「それはいいんですが、武装一式と書いてあります」


「ああ」


「姉上の武装は今、木刀だけですが」


「知っている」


「木刀で魔物の森に行くつもりですか」


「それが問題だ」


 エルフィーナは掲示板から目を離した。真剣な顔だった。


「刀が欲しい」


「刀、というのは」


「前世で使っていた得物だ。この世界にはない形の刃物だが、作れる鍛冶屋がいれば頼みたい」


 レオンはしばらく考えた。


「……具体的にどんな形ですか」


「片刃で、反りがある。長さは腰から手首までの間。柄は両手で持てる長さ。鞘に収めて腰に差す」


「この世界には確かにない形ですね」


「だから鍛冶屋を探す必要がある」


「……わかりました。どこから探しますか」


「王都から始める」


---


 その日の放課後、エルフィーナとレオンは王都の鍛冶屋街に向かった。


 王都の鍛冶屋街は学院から馬車で三十分ほどの場所にあった。通りに沿って十数件の鍛冶屋が並んでいた。


 最初の店に入った。


 エルフィーナは陳列された剣を一本ずつ手に取った。構えた。重心を確認した。


「悪くないが、私が求めるものとは違う」


「どう違いますか」


「形が違う。片刃で反りのある刃物を作れるか聞いてくれ」


 レオンが店主に聞いた。店主は首を傾げた。


「片刃で反り? 聞いたことがない形ですが」


「形の説明ができますか」レオンがエルフィーナに聞いた。


 エルフィーナは紙と炭を借りて、刀の形を描いた。


 店主は見た。


「……こんな形の刃物は見たことがありません。技術的には作れるかもしれませんが、うちでは難しい」


 一軒目は空振りだった。


---


 二軒目も、三軒目も、同じだった。


 どの店主も刀の形を見て首を振った。技術が足りない、設備がない、経験がない。理由は様々だったが、答えは同じだった。


 五軒目を出たところで、シグルトが現れた。


 護衛を二人だけ連れて、平服だった。


「エルフィーナ、鍛冶屋を探していると聞いた」


「殿下、なぜ」


「レオンから連絡が来た」


 レオンがエルフィーナを見た。


「姉上一人では埒が明かないと思いまして」


「そうか」エルフィーナはシグルトを見た。「殿下が来てくれるのは有難い。この形の刃物を作れる鍛冶屋を知っているか」


 シグルトは刀の絵を見た。


「……見たことのない形だ」


「前世で使っていた得物だ」


「なるほど」シグルトは少し考えた。「王都には腕のいい鍛冶屋が何人かいる。当たってみよう」


「頼む」


 シグルトは護衛に何かを囁いた。護衛が動き始めた。


 レオンは小さく息を吐いた。


 王太子を巻き込んだ鍛冶屋探しが始まった。


---


 翌日から、エルフィーナとシグルトは毎日のように王都の鍛冶屋を回った。


 レオンは最初の二日だけ同行し、その後は学院での書類仕事を引き受けることになった。二人の外出許可の手続き、教官への説明、道場生への連絡。全部レオンがやった。


「姉上、毎日行くんですか」


「鍛冶屋が見つかるまで行く」


「学業は」


「授業は全部出ている。課題も終わっている。問題があるか」


「……ありません」


「では問題ない」


 エルフィーナはシグルトと並んで出かけていった。


 レオンは書類を手に、その背中を見た。


 二人が並んで歩く姿は、どこから見ても似合っていた。


 ――仕方ない。


 今日の「仕方ない」は、少し複雑な意味を持っていた。


---


 シグルトの視点では、この毎日が悪くなかった。


 エルフィーナは鍛冶屋を一軒ずつ丁寧に回った。陳列された剣を手に取り、重心を確認し、店主と話し、納得できなければ次へ向かう。その繰り返しだった。


 その間、エルフィーナはシグルトに色々な話をした。


 前世で使っていた刀のこと。兄二人と稽古をした道場のこと。刀と剣の違い。切る技術と突く技術の差。


 シグルトは黙って聞いていた。


 エルフィーナが前世の話をすることは少なかった。しかし刀の話になると、自然に前世の記憶が出てきた。それが嬉しかった。


 また、エルフィーナが隣を歩く時間が長かった。


 鍛冶屋街の狭い路地を、二人で並んで歩いた。人通りが多い場所では、自然にエルフィーナの少し前を歩くようになった。エルフィーナは気にしていなかった。しかしシグルトは気にしていた。


 悪くなかった。


---


 三日目、十二軒目の鍛冶屋を出た時だった。


 路地の奥に、小さな看板が見えた。


 「クラウス工房」


 他の鍛冶屋と違って、看板が古びていた。通りから少し引っ込んだ場所にあった。人通りも少なかった。


「あそこはまだ行っていないな」エルフィーナが言った。


「寂れていますね」シグルトが言った。


「行く」


 エルフィーナは迷わず路地に入った。


---


 工房の扉は古かった。


 エルフィーナが押すと、錆びた音を立てて開いた。


 中は薄暗かった。炉の残り火が赤く光っていた。壁に剣が並んでいたが、数は少なかった。


 奥から人が出てきた。


 七十代、小柄で白髪の老人だった。作業着が煤けていた。目が鋭かった。


「何の用だ」


 愛想がなかった。


「刀を作ってほしい」エルフィーナが言った。


「刀? 何だそれは」


「この形の刃物だ」


 エルフィーナは紙を取り出した。刀の絵だった。何度も描いたので、今や精密な図になっていた。


 老人は受け取った。


 見た。


 しばらく黙っていた。


「……片刃で反りがある。鞘に収めて腰に差す」


「そうだ」


「見たことがない形だ」


「前世の記憶にある得物だ」


 老人はエルフィーナを見た。


 その目が変わった。品定めをする目だった。


「構えを見せろ」


「何もない状態で、か」


「木刀でもいい。持っているか」


「持っている」


 エルフィーナは腰に差していた木刀を取り出した。


 構えた。


 老人の目がさらに変わった。


---


「……どこで習った」


「独学だ」


「独学でその構えは」


「前世の記憶がある」


 老人はしばらくエルフィーナを見た。


「素振りを一度してみろ」


 エルフィーナは素振りをした。


 工房の中で、鋭い音が響いた。


 老人は動かなかった。


 しばらくして、低い声で言った。


「……本物だな」


「何が本物なのか」


「お前の武術が本物だということだ」


 老人は壁の剣を一本取った。構えた。


 シグルトが少し前に出た。


 老人はシグルトを一瞥した。


「下がれ。試すだけだ」


 シグルトは止まった。


 老人とエルフィーナが向かい合った。


 老人が動いた。


 速かった。鍛冶屋の老人とは思えない速さだった。


 エルフィーナは受けた。木刀で剣を受けた。


 五合打ち合った。老人が剣を下げた。


「……参った」


 声は静かだった。しかし目が輝いていた。


「お前、この刀を、本当に使えるのか」


「使えると思う。前世では使っていた」


「この形の刃物は、特別な鍛え方が必要だ」


「知っているか」


「理論上は知っている。しかし作ったことはない」


「作れるか」


 老人はしばらく考えた。


「……挑戦してみたい」


「では頼む」


「ただし時間がかかる。一ヶ月では間に合わないかもしれない」


「校外学習は一ヶ月後だ」


「間に合わせる努力はする。しかし保証はできない」


「努力してくれれば十分だ」


 エルフィーナは老人を見た。


「一つ聞いていいか」


「何だ」


「鍛冶屋なのに剣が使えるのはなぜか」


 老人は少し笑った。皺の深い顔に笑みが浮かんだ。


「使えない鍛冶屋が、いい剣を作れると思うか」


「なるほど」


「お前の刀、作ってやる。ただし条件がある」


「何だ」


「完成したら、俺と手合わせをしろ。この刀を本当に使える人間の動きを見てみたい」


「喜んで」


---


 工房を出た後、シグルトが言った。


「見つかったな」


「ああ。よい鍛冶屋だった」


「老人、強かった」


「ええ。五合でわかった。本物だ」


 シグルトは少し間を置いた。


「エルフィーナ」


「はい」


「刀が完成したら、俺にも見せてくれるか」


「もちろんだ。殿下にはいつでも見せる」


「……稽古で使うところを見たい」


「では手合わせをしよう。刀の手合わせは剣とは間合いが違う」


「俺も学べることがあるということか」


「あると思う」


 シグルトは静かに笑った。


 その笑いをエルフィーナは見た。


 困ったような笑いではなく、純粋に嬉しそうな笑いだった。


 エルフィーナは少し止まった。


 なぜか、見ていたいと思った。


 それからまた歩き出した。


---


 その夜、レオンに報告した。


「鍛冶屋が見つかった」


「よかったです。どんな方でしたか」


「偏屈な老人だが、本物だ。剣も使える」


「鍛冶屋なのに」


「使えない鍛冶屋がいい剣を作れるか、と言っていた」


「なるほど」


「一ヶ月で間に合わないかもしれないが、努力するとのことだ」


「では毎日通うつもりですか」


「進捗を確認したい」


「……それは殿下と一緒にですか」


「殿下も来るとおっしゃっていた」


 レオンは少し間を置いた。


「……そうですか」


「何か問題があるか」


「……ありません」


「では明日の外出許可を頼む」


「わかりました」


 エルフィーナは自室に向かった。


 レオンは書類を手に、その背中を見た。


 今夜の「仕方ない」は、昨日より少し重かった。

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