スペースインベーダー (後編)
一九七八年、後の日本に大きな社会現象を巻き起こしたゲームが現れる。スペースインベーダーだ。
今のシューティングゲームの元祖とも呼ばれ、当時としては画期的な「敵が攻撃してくる」という擬似的な対戦が好評を博したらしい。
それらも既に半世紀以上も前の話、千歳からすればお爺ちゃん、ともすれば曾お祖父ちゃんの世代の話ともなりえる。
「コイン投入口は、ここね。値段は……百円、レバーは二つあるけど……あぁ二人プレイできるのか」
レバーとボタンは手前に突き出しており、そのおかげでテーブルの画面を見ようとすると少し身を乗り出す必要があった。
更に二人プレイのためレバーとボタンが並んでいるのだが、その間隔が一センチ程しかないため、これでは一緒に遊ぶ友達と密着する事になってしまう。
そこまで考えてから、脳天に雷が落ちたかのように閃きが頭の先から足の先まで駆け巡り、ハッと顔を上げてから虚無となる。
「こんな密着してプレイするって事は、リア充のためのシステムだっ」
盛りのついた若い男女が肩と肩、腕と腕、挙句には頬すらくっ付けてイチャイチャとするシステムなのだ!
急に俗っぽいゲームに見えてしまった。
「説明書きについてるロゴが旧版じゃん、時代だなあ」
ナポリタンとコーヒーはまだかかりそうなので早速ワンプレイ、百円玉を投入してゲームスタート。オープニングなんてものは当然存在しないため、いきなり始まる。
BGMもなく、今となっては安っぽいSEが聞こえてくるだけ、画面にはインベーダーを表すドット絵が整列しており、手前に自機でもある砲台、その前にトーチカがある。
「こうして見ると確かに砲台だな」
砲台を動かしながら一機ずつ順番に落としていく。
少し前まで砲台は戦闘機だと思っていたので、侵略してきたインベーダーを砲台で迎撃するゲームだったとわかった時は、途端にこのゲーム画面の手前が地上で、インベーダーのいる上半分が空だとイメージできたものだ。
まだ最初なのでトーチカに隠れながら一機ずつ落としていく。ビュウビュウという砲撃の音、そして小さいながらも小気味良い爆発音、少しずつ敵が減ってきてすっきりする画面。
開発者はブロック崩しを参考にしたとの事、敵を全滅させた時の達成感はブロック崩しから来たのだなと思うと納得である。
終わったタイミングを見計らってか、画面の邪魔にならない位置にナポリタンとコーヒーが置かれ、遅れてミオの揶揄うような声が頭上から注がれる。
「クリアおめでとう。はいご褒美のナポリタンとフラットホワイトのブラックじゃないやつ」
「くっそ! しばらくこれで弄るつもりだな!」
二面が始まったのでミオの顔は見えないが、きっとニヤニヤ笑っているに違いない。視界の端に映るナポリタンは小さな鉄板皿の上でジュウジュウと音を立てており、ほのかに香るケチャップがお腹の底でナリをひそめていた食欲を刺激してくる。
しかし今はゲーム中、手を止めるわけには……。
「いただきます」
食欲には勝てなかった。ゲームは放置した結果ゲームオーバーとなっている。
鉄は熱いうちに打てと言う、ならば鉄板焼きナポリタンも熱いうちに食うべきだ。
「た、食べづらい……」
レバーが前にある、テーブルに身を乗り出す必要がある。それはつまりナポリタンを食べるのがやや大変ともとれる。
これは確かにゲームテーブルが廃れても仕方ない。反対側にレバーはないので、そちらに回って鉄板焼きナポリタンに舌鼓を打つ。グルメではないので気の利いた表現もレビューもできないが、ケチャップがよく効いており、それでいて口の中がくどくならない。一緒に入った野菜もシャキシャキしててたまらない。
つまり美味い!
「やっほ、席変えたの?」
ナポリタンを七割食べ終えたところでミオが再び現れる、今度は制服を着ておらず私服姿だ。
「サボり?」
「休憩時間という発想はないのかな」
なかった。
「ウチもやってみよっかな、千歳がやってるの見てたらやりたくなっちゃった」
「いいと思うよ」
残りのナポリタンを書き込んで満足。紙ナプキンで口周りを拭いてからコーヒーを手にとる。その間にミオはゲームを初めており、千歳はカップを片手に反対側からスペースインベーダーを覗き込む形となった。
思えばゲーム画面を上下逆に見る機会はほとんど無いというか皆無な気がする、これはこれで貴重な経験だなあ。
「あぁ、ダメだわ」
千歳側からは照明が反射して見えなかったのだが、ちょうどその部分でミオの機体が被弾して爆発したようだ。残機もなくなったのでタイトル画面へ容赦なく戻される。
「残念だったね」
「結構難しいんだねこれ、シンプルだから簡単かと思ってた」
「名古屋撃ちとか京都撃ちとか使うと楽ではあるんだけど、ハイスコア取ろうとしたら、もう少し踏み込んだテクニックがいるんだわこれが」
「名古屋? 京都?? な、なにそれ」
名古屋撃ちと京都撃ちは将棋で言うところの定石みたいなものなのだが、何故名古屋なのか、何故京都なのかはわかっていない。
いやほんとになんでなんだろう、色んな説があるが何故こんな謎めいた名前になったのかわからない。
「ねぇ千歳、せっかくだから二人プレイしようよ」
「なんですと!?」
スペースインベーダーの二人プレイ、それはカップルがイチャイチャするためのリア充システム、肩と肩、腕と腕を密着させてお互いのドキドキを共有する爆ぜろ空間、それを、やれと、申すのか。
「なんで千歳はそんな強ばった顔してるのさ」
「あ、いや、ちょっと色々考えて」
舐めないで欲しい、ソロボッチ極めた自分がそんな誘いに乗るわけがない。
「一緒に遊んでくれないの?」
と上目遣いで捨てられた子犬のように甘えた声音をもって頼まれたとあっては。
「やります」
こうもなろうて。
ミオが壁側に詰めて千歳が隣に座る。1P側がミオで2P側が千歳だ。
「そういえば二人プレイてどんな感じなんだろ」
やった事なければググッた事もない、二機同時に操作するのだから難易度は低くなるだろう。コインを二人分投入してレバーに手を掛けた瞬間、ボタンに指を掛けていたミオの右手にピタッと触れ合う。
驚きと照れで手を引っ込めようとするも、いやここで手を引いたらまたからかわれるに違いないと思い直して、平常心をつとめた。
チラッとミオの表情を伺ってみると、頬を少し染めて目が潤んでいるのが見え。
あれ? もしかして意識してる? と思うも束の間、ゲームが始まるのであった。
「あれ? 動かせるのウチだけ?」
しかし二人プレイの筈が、実際に動かしているのはミオだけで、千歳もガチャガチャとレバーやボタンを押したりするが、二機目が現れる事はなかった。
「何か間違えたのかな、ググるからとりあえずそのままやっといてよ」
「うんわかっ……あっ」
ちょっと余所見したのが良くなかった、その瞬間被弾してミオ機が爆散してしまったのだ。
「あれ? 今度はウチが動かせないんだけど」
「ん? あ、僕が動かせるや……あぁなるほどそういう事か」
つまりこれは一度に動かせるのは一機だけで、死亡すると交代するシステムなのだ。
「スコアは別々か。つまり、これ二人協力プレイじゃなくて二人対戦プレイだ」
いやしかし同じ面を交互にやるのだからある意味協力とも、グルグル思考の渦にハマりながら、千歳の意識は自然とゲーム画面に集中していく。
一方ミオはミオでままならない気持ちと格闘しており。
兄や弟とは違う同い年の男の子とこんなに密着したのは初めてであり、そもそもこんなに密着するとは思っていなかった。
意外と筋肉あるんだなあとか、さっき触れ合った手が大きくてドキっとしたとか、やっぱり千歳も男の子なんだなと意識してしまい、心臓がずっと早鐘を打って止まらない。
これではまるで恋をしているようではないか。 ないない、それはない、千歳とはあくまで友達で。
横顔をチラリと見ると、千歳は目を輝かせて夢中になってゲームをしている。まるで子供のような無垢な表情で。
あぁ、いいな。
と思った理由を知るのは、まだずっと先の話。




