スペースインベーダー (前編)
昭和レトロ、数十年前の時代に思いを馳せるロマン、時折そういった物へ無性に触れたくなる時がある。特に今のように雨が続いていると尚更だ。
六月の二週目、梅雨はまだまだ始まったばかり。
折り畳んだ傘の先端から滴る水がズボンを濡らすのを仕方ないものと思いながら、千歳は屋根を打ち付ける雨音の下を歩いていた。
「アーケード街にある純喫茶……お、ここだハイスコアカフェ」
地図アプリを頼りに家から雨の中を歩く事三十分、様々な店が軒を連ねる一画に、煉瓦を使ったクラシカルな建物があった。
ドアにOPENの看板が掛かっているのを見てひとまずホッと一息ついた。せっかく雨の中を根気よく歩いてきたのに閉店していたらガッカリしていただろう。
窓から店内を見るとお客さんは五人くらい、時刻は午後二時を回ったところだからランチタイムの忙しい時間は越したのだと思う。
お店自体は夜までやっているみたいだからゆっくりできそうだ。
自前で用意した傘袋に傘を入れて、カランカランとベルを鳴らしながら店の中へ入る。このベルの音は自分とこの店と同じ音だと気づくと親近感が湧いてきた。
「いらっしゃいませー」
若いウェイトレスの歓迎の声が聞こえる。
オジサンみたいな感想になるけど若い女の子の「いらっしゃいませ」は疲れた身体に効く。しかしどうにも、どこかで聞いた事のある声のような。
外装に負けず内装も昭和レトロを意識したレトロモダンな雰囲気で落ち着く。
どうでもいいけどレトロモダンて六文字で矛盾起こしてるよな。
「大変お待たせしましたぁ」
少し慌ただしい様子で、紺色のブラウスに黒いエプロンを腰に巻いた同い歳のウェイトレスが早足で千歳の前に立つ。亜麻色の長い髪を後ろに纏めてポニーテールにしたその子は息を整え。
「ご来店ありがとうございます、お一人様で……あっ」
訪れた千歳の顔を見て硬直した。
先程同い歳だとわかった理由だが、目の前にいるウェイトレスが見知った顔だったからだ、より具体的に言えば学校では後ろの席に座っているギャル。
最近交流が増えてお互いにゲームの話をよくするようになったクラスメイトこと、寺崎ミオだったのだ。
「あぁー、ええっとぉ……はい、お一人様です」
知り合いが働いてる所へ知らずに遭遇した時、そして働いている店に突然知り合いがやってきた時、微妙に気まずくなる事があるのは何故だろうか。
きっと人類の命題に違いないので、そのうち東大やらハーバード大学とかで研究されて答えが出るのを待つとしよう。
「まさか寺崎さんがここで働いてるなんてね」
「ウチもまさか千歳が来るとは思ってもなかったわ、とりあ席は空いてるとこでいいよ」
「接客モードが崩れるの早くない?」
「いや、友達とかに仕事してるとこ見られるの恥ずいし」
ここ学校からも割と近いと思うのだが。
「今学校から近いのにとか思ったっしょ?」
何故バレた。
「顔に書いてあんのよ」
脇に置いてある姿見をチラッと覗けば、なるほど確かに顔に「何故バレた」と墨で書いてある。わかりやすいことだ。
という冗談はさておいて。
「席なんだけど、ここってゲームテーブルがあるんだって?」
「ん? あぁなるほど。千歳らしいね、あるよ案内する」
アンティーク調の照明が眩しすぎない絶妙な光量で薄暗さを演出する店内を、縦断するかのように真っ直ぐ奥へ、日の光が当たらない一角にそれはあった。
「おおおおお! ゲームテーブルだ!」
ゲームテーブル、またはテーブルゲーム、またはテーブル筐体、呼び方はいくつかあれど意味は同じ。今回はゲームテーブルで統一する。
かつてインベーダーブームが巻き起こった時に現れたこのゲームテーブル、その名の通りゲームが出来るテーブルであり、昭和を生きたかつての若者はゲームテーブルでコーヒーを飲みながらゲームをした……らしい。
今のゲームセンターの形が出来上がったのもこのインベーダーブームとゲームテーブルからというのだから、ゲームのルーツを辿ろうとすると避けては通れない箇所だ。
「最近こち亀を読んでてさ、両さん達がゲームテーブルでコーヒー飲みながらゲームしてる姿に憧れちゃったんだよね」
「ふぅん、良かったじゃん。それでこち亀って何?」
「昔のジャンプ漫画だよ。貸そうか?」
「何巻あるの?」
「二〇〇巻くらい」
「なっっが」
とドン引きしつつも、読むらしい。今度家まで持っていこう。
「ゲームもいいけど注文は?」
「おっと何にしようかな」
慌ててメニューを開いて、逆さだったから持ち直す、その滑稽さを見たミオがクスッと笑ったのでややいたたまれなくなり、照れから頬を染めて拗ねた面持ちでメニューを流し読みしていく。
ひとまずコーヒーは欲しい、あとお腹空いてるから軽食も。
「この鉄板焼きナポリタンと、アイスコーヒーの……えっと」
コーヒーと言っても種類が豊富で何が何なのかわからない。ブラックと微糖とカフェオレしか知らない身としてはどれも魔法の呪文に見えて仕方ない。
通ぶりたい思春期なのでここはコーヒー通ぶりながら新しいのに挑戦しよう。大人っぽくブラックで頼むのも忘れずにだ。
「じゃあ、このフラットホワイトを……ブラックで!」
「ブッ!」
ミオが吹き出した、しかも腹まで抱えて笑いだした。流石に仕事中だからか声を上げて笑うのを必死に堪えている。
失礼なウェイトレスだな、まるで僕がおかしな注文をしたみたいではないか。
えっと、フラットホワイトを検索と。
「なになに、フラットホワイトはコーヒーとミルクを1:3に……」
検索結果を閉じた。
なるほど理解した。僕がおかしな注文をしたようだ。
冷静に考えればフラットホワイトのブラックなんて、白黒ハッキリしろと言いたくなるわ。
寺崎ミオはまだ笑いの底から帰ってこれないでいる。そろそろ笑い死にするんじゃないだろうか。




