けものティータイム (後編)
「トイレ行ってくる」
紅茶を飲みすぎたかもしれない、膀胱だけでなくお腹もタプタプだ。
トイレから戻ると詩織はまた新しく紅茶を淹れている、なんだろう、今度はリンゴみたいな匂いがする。
「この短時間で紅茶淹れられるんだ」
「いえ、これは家で使用人に頼んで作った物でして、ここで温めてるだけですよ。淹れたてが一番なんですけど、こういうのも悪くないでしょ?」
「確かにまあ、僕みたいな紅茶素人が気楽に楽しめるし」
「ちなみにこれはアッサムをベースにしてジャーマンカモミールをブレンドしました」
「アッサム……シャーマン、カモミール……わからない」
「シャーマンは祈祷師ですね。もしくは南北戦争の将軍か木の名前」
「アッサムはわかる、コーヒーで例えるとマンデリンみたいな」
「下手すると紅茶党とコーヒー党の双方から睨まれそうな例えですね、コクのある茶葉でよくミルクティーとして飲まれてますわ。ジャーマンカモミールはハーブの一種で、日本だとカミツレの事です」
「カミツレか! こないだ花屋で見かけたよ!」
白い花弁とぷっくりした黄色い筒状花が特徴の小さくて可愛い花だった。確か写真にも撮ってた筈だ、どこにあったかな。
画像フォルダをスワイプしながら、詩織が淹れた紅茶を啜ろうとすると、鼻先にリンゴの香りが漂う。
「リンゴの匂い」
「カモミールの語源はカマイメーロンと言いまして、これは日本語で大地のリンゴを意味するんです。実際リンゴの香りがするでしょう?」
「うん」
思ったより熱くて舌が火傷しそうになったが、喉奥へ流れ込むリンゴの香りするアッサムは口腔内にまろやかさをもたらした。
「いいですよねアッサムとカモミール、マカロンちゃんの好きなブレンドなんですよ」
「マカロンちゃん?」
「先程話したけものティータイムの主人公の妹です、とっても可愛いんですよ」
ほら! とSwitch2の画面を顔面に押し付けられる、うざい。受け取って画面に付いた顔の油をティッシュで拭き取ってから件のマカロンちゃんを見る。
ゲーム画面にあるキャラプロフィールをみると、マカロンちゃんはケモ耳と尻尾の生えた十二歳の女の子らしい。
「なんか音小っちゃくない?」
「それはですね、えっと……どうぞ」
イヤホンの片方を渡される。何やら高そうな無線イヤホンだ、後で値段を聞くと十一万もするらしく、迂闊にイヤホンを受け取った事を後悔して家路に着いたのは別の話。
「お、おぉ??」
イヤホンを付けた途端、耳に入る独特な心地の良いサウンド、ただBGMを流しているわけではない、これは間違いなく。
「もしかしてASMR?」
「ほほー、お目が……いえお耳が高い。その通りこのゲームは全編バイノーラル録音されているんです、音が小っちゃく感じたのはそのせいですね、スピーカーよりイヤホンやヘッドホン推奨です」
「なるほど、雰囲気だけでなく音でも癒されるというわけか」
「はい、雰囲気で癒され、可愛いドット絵の女の子で癒され、そして音で癒されるんです」
画面の中では可愛いドット絵の女の子が紅茶を淹れており、SEがまた心地の良い。調べてみたらコトネイロというASMRで有名なサークルが監修しているらしく、どおりでと納得した。
由良の熱弁はまだ続いており、段々テンションが上がっていくのだが、不意にそれが急降下した。
「キャラクターも魅力的で! どのキャラにも感情移入しちゃうんですよ! ……感情移入して情緒がおかしくなるんです……はぁ」
「浮き沈み激しいなぁ」
見た感じそんな暗いゲームには思えないが。
ポチポチとキャラプロフィールを眺めていると、ある事に気付いた。
「そういえば、この主人公のタルトちゃんって、ケモミミ生えてないよね? マカロンちゃんとは義理の姉妹とか?」
何気無しに聞いた事だったのだが、詩織は突然ダバーーと滝のように涙を流し始めた。
「いーーーえ! 本物の! 血の! 繋がった姉妹なんです!! だから切ないんですよぉ!!」
何やら変なスイッチを押してしまったようだ。
「まずこの世界からお教えしましょう! ネタバレです!」
「は、はい」
「この世界の人類はパンデミックによって五分の一くらいにまで減ってます」
「へぁ!?」
「そしてケモミミが生えると平均して半年程で亡くなります」
「へぁっ!?」
「尻尾が生えると約一ヶ月です」
「へぁっっ!?」
「それを踏まえたうえでマカロンちゃんのプロフィールを見てください」
「い、いやだ!!」
「先月末に、尻尾が生え……」
「うわああああ」
別にこのゲームをプレイしたわけではないに既に大きなダメージを受けている。いや辛い、まだ小学六年の女の子が間もなく……なわけであるからして、考えるだけで辛い。
「これらの情報は序盤で提示されます」
「嘘でしょ、こんな重たい情緒を抱えてプレイするわけ??」
「はい、そして主人公を除く登場人物は皆……ケモミミ」
「うっ」
「つまりこのゲームは癒しのサウンドと可愛いドット絵で誤魔化した……メメントモリ!」
「常に死を考えながらプレイだなんて、癒され……だから情緒おかしくなるのか!!」
癒しのサウンドに癒しのドット絵、に相反するシナリオと世界観。五感で受ける情報は癒しなのに、思考で受ける情報は悲壮感漂うわけで、温度差の激しいものを浴びれば情緒もおかしくなっても仕方ない。
「もう少し踏み込んだ設定を語りますか?」
「いや、実際にプレイするからここで止まってほしい」
「あ、じゃあおすそ分けしますよ。今Switch持ってますか?」
「うん」
Switchのおすそ分け機能を使って、けものティータイムが自分のSwitchにダウンロードされる。可愛い姉妹の絵が目を引くサムネ、これが、あんな……。
二日後。
いつもの放課後、いつもの電脳遊戯部に足を踏み入れると、そこでは由良詩織が紅茶を淹れていた。
「本日は何にしますか?」
ただ静かに詩織は尋ねる。
「ネパールをベースに……ニワトコを」
「かしこまりました」
それから温め直したポットから注がれる紅茶を見て、千歳の胸に熱いものが込み上げてくる。
これが……ブリンツ君の好きな紅茶か。
「美味しいね、由良さん」
「推しは……ブリンツ君……ですか」
「推しというか、あのビデオレターでのブリンツ君がさ……あの子の言葉が一番胸に刺さったんだよね」
「いいですよね、ビデオレター」
「あれは卑怯だよ、ポケ戦のバーニィのビデオレター並にずるいよ」
「ポケ戦てなんです?」
「機動戦士ガンダム0080ポケットの中の戦争ていうアニメがあってね、少年と軍人の青年の心温まる交流を描いた物語があるんだ、その中にビデオレターがあってさ、そのビデオレターを経て主人公の男の子はちょっとだけ大人になるんだよ」
「へぇ、面白そうですね。今日家に帰ったら見てみます」
それはそれとして。
「にしても切なくなるゲームだったよけものティータイム」
「作中でも言ってた通り、切なくなる程愛おしくなるゲームですね」
けものティータイムをプレイすると詩人と化す理由がとくと理解できた。
しばらくはこの切なさを胸に詩人として生きようと思う。
いまを噛み締めて笑おう、幸福な旅立ちのために。
その日の夜、もう寝ようと思っていたところに、詩織からメッセージが飛んできた。
『あの、ポケットの中の戦争を観終わったんですよ』
『どうだった?』
『とても、切ないです……それと』
『それと?』
『何が「少年と軍人の青年の心温まる交流を描いた物語」ですか!? それどころじゃないじゃないですかぁ!!』
『草』
『絶対に許しませんからね!! あと面白かったです!!』
『それは良かった、あと可愛いOPで癒される「なるたる」ってアニメもおすすめだよ』




