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けものティータイム (前編)

 四月も終わりに近付き、ゴールデンウィークが目の前で胡座をかいている頃、千歳はいつものように電脳遊戯部のドアを開いた。

 まだ一ヶ月だというのに最早「いつもの」となってしまっている事に内心ほくそ笑みつつ、いつものように由良詩織が待つ部屋へと赴いた。

 ドアを開けた瞬間、華やかかつ上品な匂いが鼻腔をくすぐる。

 これは、紅茶だろうか。


「いらっしゃいませー」


 紅茶の良い香りと共に詩織の鈴を転がすような声が耳を撫でた、遅れてコポコポと器に水が注がれる音が聞こえる。

 案の定というか、部屋の真ん中で詩織が紅茶を淹れていた。


「珍しいね、由良さんが炭酸水以外を飲むのって」


 由良詩織と言えば炭酸水、そう千歳は認識している。ゲームする時はいつも傍らに炭酸水を置いており、お茶やジュース等は一切見かける事は無かった、何かこだわりがあるのかと一度聞いて見たことがあるが「別にただ、炭酸水が一番好きなだけですの」と返した。


「私だって炭酸水以外も飲みますわよ」


 それもそうだ。


「にしてもそうやって紅茶飲んでる姿って、お嬢様って感じがするよね」


 背筋を伸ばし、静かにティーカップを傾ける仕草は礼儀作法を知らない千歳から見ても綺麗に見えた。


「あらご存知なかったんですの? 私ってお嬢様なんですことよ」

「はいはい」


 最早定位置と化した由良の隣に腰掛けてふぅと息をついた。隣に座ると紅茶の匂いがよりダイレクトに伝わってくる。

 そうなると不思議な事に、自分も喉が乾いて飲みたくなるものだ。


「僕も紅茶もらってもいいかな」

「どうぞどうぞ」


 と陶器製のティーカップを渡される。花柄のシンプルなデザインであるが、肌触りがどこかティーカップらしくない、まるで最初から身体の一部だったかのように馴染む。

 続けて詩織が紅茶を注いでくれた時は、取っ手にまで紅茶の温度が仄かに伝わってきたような錯覚に陥り、極めつけは口を付けた時だ、唇越しに伝わるカップの縁はまるで紅茶の美味しさを最大限伝えるために滑らかに、いやそれすらも紅茶と化したかのよう、素人でもわかる、このティーカップはめちゃくちゃ高い。

 そして紅茶も美味しい!


「美味しいね、紅茶は詳しくないんだけど、これってハーブティーかな。なんかすごくフレーバーていうか不思議な香りがする」

「おおー、お目が高いですね。ダージリンをベースにネトルをブレンドしてるんですよ」

「ネトルというのは、ハーブなのかな? 初めて聞いた」

「ネトルは英名で、日本だとイラクサて呼ぶ方が多いですね」

「イラクサなら名前だけ聞いた事ある、へー、ネトルて言うんだ」

「ネトルは天然のマルチビタミンて呼ばれるくらい栄養豊富で、浄血効果にアレルギーや花粉症、貧血等にも効くんですよ」

「まじか、すご。あと二杯くらい欲しい」

「どうぞどうぞ」


 おかわり助かる。

 二杯目を飲み干して「ほぅ」と一息。


「ところでどうして急に紅茶を?」

「昨日の夜、とあるゲームをクリアしまして……ええ、つい衝動に駆られたんです」

「ふーん」


 頭の中で紅茶を題材にしたゲームを探してみるが、パッとは思いつかない、意外とそういうのって少ないのかもしれない。


「こちらのゲームです」


 詩織の手にはSwitch2が。画面にはドット絵の可愛らしい女の子のイラストが表示されていた。


「今見せているのはアートブックなんですけどね、けものティータイムて言いまして」

「なんかの記事で見たな、凄く癒されるゲームらしいね」

「その記事は詐欺ですのでお気をつけください」

「え?」

「癒しだけを求めてこのゲームをプレイしたら、死にますよ?」

「そんなに!?」

「実際に私は心が切なくなって死にそうになりました」


 何やら熱弁が始まった。遠くを見つめる彼女の瞳には一筋の涙が見えた。


「でも今は、この切なさすら愛おしい」


 よくわからないが、けものティータイムはプレイした人を詩人に変えてしまうのだろうか。よくわからないのでとりあえず三杯目をおかわりした。 

 

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