小倉ももは、決して許さない。
「──それで、橙華さん、わたしと綾乃センパイの件……忘れてませんよね?」
「へ? ぃ、いや、綾乃センパイの件って……ぁ、ああ、しの……綾ちゃんのことね、も、もちろん、忘れてないよ? こ、今後の計画は着々と進行中だし、ハハ──」
なんやかんやで乗り切った「終末アオハル」の初収録から翌週。
そして今日、別の現場『オレの異世界転生が全然ハーレムじゃなかった件』の収録を終えた夕暮れ時。
もう仕事時はデフォとなった──フルメイクに薄手のロングスカートといった女装姿の僕、橙華は、帰りの駅近くのおしゃれカフェで待ち合わせた──(正確には呼び出された)ちょっと訳アリなJK(女子高生)と店奥のテーブルを挟んで向かい合っていた。
学校帰りなのか、クラシカルな紺のセーラー服姿が初々しいJK──ぱっと見た目は純粋無垢な妹系アイドル声優、小倉もも(本名不明)は、季節限定メニュージャンボマンゴーパフェ(当然、僕の奢り)のジェラートをスプーンで突っつきながら、不機嫌に唇を尖らせる。
「ふ〜ん、で? その今後の計画とやらを今具体的に教えてくれませんか、さあ早く」
「ぅ……」
何も言えない。ももちゃんの語調が刺々しく言葉が詰まってしまう。でもまぁたしかに、僕は全面的に協力するとは言った。
ももちゃんの淡い恋心(百合心)に。
(──けど、あの東雲だぞ!? つうか、絶対ムリゲーだろっ!)
ってことで、慌てて話を逸らす。
「そ、それはおいおいと……ぁ、ああ、そういえばももちゃん、たしか今、綾ちゃん(東雲)と共演している収録があったよね?」
ええっと、来期放送予定の深夜枠──だったよな?
「ええ。そうですね。わたし、ゔぁるれこ以来、別の作品で綾乃センパイとまたご一緒出来て……ぽわぁ〜、本当に嬉しかった──」
「ぁ、ああ、それは良かっ」
「──のに、綾乃センパイはもう現場には居ないんですっ! 麗華お嬢様……なのに、葵が◯しちゃったから……」
ううう……と、周囲の目なんてお構いなくテーブルにジタバタひれ伏すJK。
うん、なるほど……な。
東雲演じる悪役ヒロイン(真光寺麗華)が、ももちゃん演じる主人公(美樹谷葵)にキルされ──つうか、原作マンガ(R15)が百合百合なエログロの表現が結構エグくて、推しキャラがすぐに退場してしまうことが、ファンの間で評価が阿鼻叫喚だったりする魔法少女もの兼〝デス〟ゲームなんだし。
あ、そういえば、前に東雲が何かグチグチ文句を垂れていたような……? 全然聞いてなかったけど。
(……うん、取りあえず。ここはトイレでも行くふりをして、このままそっと逃げ──)
「逃がしませんから」
「あ、はい」
◇
「──ところで橙華さん、髪型ショートに変えたんですね〜、と〜っても似合ってますよ」
「えっ……そ、そう? というか、普通にウィッグを被ってないだけで」
「綾乃センパイの好みですか?」
「ぶっ」
二杯目のブレンドコーヒー(おかわり自由)を吹いてしまった。
「ちょ、ちょっと何言ってるか分から」
紙ナプキンでテーブルを拭き拭きしながら必死で弁明するも。
「綾乃センパイと同じ美容院でカットしたのはもう既に調査済みです。でもあの店って人気があって中々予約が取れないんですよね〜。橙華さんってば、もしかして綾乃センパイの顔利きですか?」
まじか。何で知ってるの……? ちょっと怖い。
「え、えーと。これから暑くなるし……だ、だから綾ちゃんに急遽紹介してもらって、ね」
と、正確には嘘だけど、無難な言い訳にしておいた。
ブスッ!
「ひっ!?」
突如、ももちゃんが追加注文したショートケーキの苺にフォークを思い切り突き刺した。
「ヘアピン」
「へ、ヘアピン?」
「その前髪を留めてる黒アゲハ蝶のヘアピン。前に綾乃センパイがつけてた」
というか、朝アパートのちゃぶ台に置いてあったから、適当に付けてきちゃったけど。
東雲のヘアピン……だったの、これ?
マジか(二度目)。
「橙華さん、一体どういう事か説明してくれますよね〜?」
で、期待の若手アイドル声優、小倉もも、テーブルを乗り出しての、さらには苺を乱暴に突き刺したフォークをキラリと向けての妹系改め、ヤンデレボイス。
「ねえ橙華さん、この苺、美味しいですよ〜、食べます? 食べますよね〜」
「ぁ、はい……ええっと、そのぉ……」
(……ってか、苺より、フォークの先端が妙に怖いんですけど?)




